「来週,ニューヨークで開かれるイベントで米MicrosoftがタブレットPC用OSの最新版を披露する」――つい先日,米メディアでこのような報道が流れた。そのイベントとは6月25~27日の「TECHXNY」。なじみのない名前かもしれないが,展示会としては「PC EXPO」なので,これならご存じの方も多いことだろう。そのキーノート・スピーチでMicrosoft社のJeff Raikesグループ副社長が「Windows XP Tablet PC Edition」をデモするというのだ。
Windows XP Tablet PC EditionはMicrosoft社が2000年11月にラスベガスの「COMDEX Fall 2000」で華々しく発表したOSである(関連記事)。このOSで実現されるタブレットPCは,Palmなどの液晶タッチパネル式の携帯情報端末を巨大化したような携帯型パソコンである。発表から早いもので1年半。Microsoft社はその間いく度となくベータ版をリリースしてきたが,それもいよいよ大詰めを迎えてきたようだ。今秋には複数の大手パソコン・メーカーから製品が登場するという。
MicrosoftのBill Gates会長はタブレットPCは「5年後に携帯型パソコンの主流となる」と豪語しているようだが,どこがそんなにすごいのか,今ひとつよく分からない。そこで今回はTECHXNYに一足先がけて,この新型パソコンについて考えてみたい。「我々にどういう使い方が用意されているのか」「米国ではどのように受け止められているのか」――をIT Proの記事や米メディアの最新報道を見ながら整理していきたい。
■Windowsの新しい使い道を提案
タブレットPCと現在のノート・パソコンの大きな違いはその形状にある。従来のノート・パソコンが“クラム・シェル”と呼ばれる「貝殻型」であるのに対し,タブレットPCの基本形状は「パネル型」である(写真1)。 また従来のノート・パソコンは,本体を机や膝の上に置いて操作していた。これに対しタブレットPCでは人が立ったまま使えるようになる。これにより「今まで不可能だった屋内外のさまざまな場面でパソコンが利用できるようになる」(Microsoft社)。 タブレットPCは入力デバイスとして,スタイラス(注1),タッチ・パネル式のディスプレイ,音声入力を用意する。 これらの入力デバイスは従来からも実現されており,格段に目新しいというものではない。しかし「Windows XP ProfessionalというWindows XPの上位バージョンのフル機能を搭載し,既存のWindowsアプリケーションを利用できることが新しい」とMicrosoft社は説明する。 |
写真1 Microsoft社が2001年3月にWinHECで披露したプロトタイプ。Windows XP Tablet PC Editionでは,画面の縦横表示を,再起動することなく,フル画面/ネイティブ解像度で切り替えられる![]() |
また,こうした入力デバイスを使うことでユーザーはこれまでに比べ,より直感的にパソコンを操作できるようになるという。Microsoft社では,「“ナチュラル・コンピューティング”(ユーザーにとって最も自然な方法で作業できるパソコンの環境)を目指しており,タブレットPCはこのビジョンを実現するための第一歩」(Microsoft社Tablet PC Worldwide Marketing and Planning担当ディレクタ,Leland Rockoff氏)という。
注1:スタイラス。PDA(携帯情報端末)やタッチ・パネル上で利用するペン型の入力装置。スタイラスの語源は「尖筆」あるいは「鉄筆」。古代の人がこのスタイラスを使って「書字板」(タブレット)に文字などを書いたことに由来する。
■ソフトの“ウリ”は手書き入力
スタイラス(ペン入力)を利用することのメリットとしてMicrosoft社が強調するのが「デジタル・インク」である。これはインクを使って紙に「書く」あるいは「描く」のと同様のことを実現する機能。同社は,昨年11月の「COMDEX Fall 2001」で「Journal」という手書きメモ用のユーティリティ・ソフトを披露(関連記事)しており,このデジタル・インクの具体的な使い方を示している。
このJournalは,けい線付きのメモ用紙と同じような見栄えとなっている(写真2)。ここにスタイラスを使って文字を書くのだが,スタイラスをディスプレイに直接あてて書くので,まさに紙にインクをつけながら書いているという感覚である。
このJournalは,すでに書いた手書き文字を移動できるという機能を持っている。例えば1段落をそっくり下方にずらして空白のスペースを作り,そのスペースに図を挿入する,といったことが可能になる(写真3)。この手書き文字は画像データとして保存されるが,テキスト・データに変換することも可能である。その場合は手書き文字を丸で囲めばよい。
写真2 Journalの画面![]() |
写真3 図を挿入した![]() |
このほかCOMDEX Fall 2001では,電子メール・ソフトでメッセージ本文に手書き地図を入れて送受信するというデモも行っていた。双方が地図に書き込みをしながらメールのやりとりができるので,詳細な確認作業ができるという。
これらソフトはWindows XP Tablet PC Editionに同梱して出荷されることになるのだが,米メディアが最近,こうした一連のソフトを試した,という関係者のコメントを掲載していた。それによると,「(これらのソフトは)まだ改良の余地はあるもものの,以前のバージョンに比べてより洗練され,より直感的になっている」という。「Microsoft社は1年半前に設定した目標をおおむね達成している」というのがおおまかな感想。ただし手書き文字認識については「いくらか動作が鈍く,秋の最終版まで改良する必要がある」とのことである。
なおWindows XP Tablet PC Edition向けのアプリケーションを現在開発しているベンダーには,米Adobe Systems,カナダCorel,米Autodesk,米Groove Networksなどがある。Microsoft社自身もタブレットPCベースの「Office XP」を開発中で,手書き文字によるインスタント・メッセージング,「Word」「PowerPoint」書類の注釈機能などを拡充すべく,Office XPを拡張している最中である。
■バッテリの駆動時間は3時間程度で「当初は期待はずれ」に
こうした新たなパソコンの使い方を実現すべく,Windows XP Tablet PC Editionではさまざまなハードウエアの目標値を設定している。しかしそれらのすべてが当初から実現されるわけではないことが,ここにきて分かってきた。
Microsoft社は昨年のCOMDEX Fall 2001でハードウエアに関して以下のような目標を掲げていた。このうち最近になってよく取り沙汰されているのが,バッテリの駆動時間である。これが「当初は期待はずれに終わる」と言われているのである。
- リーガル・パッドのサイズ
- 重さは現在一般的なノートPCのおよそ半分の2.5ポンド(1.134キログラム)前後
- 消費電力が低く,ほぼ1日バッテリのみで動作
- 高解像度のディスプレイとワイヤレス・ネットワーク機能を搭載
米国の業界関係者によれば,今秋出荷されるタブレットPCのバッテリ駆動時間は,超軽量と言われる重さ3~4ポンド(1.36~1.8キログラム)程度のノート・パソコンのそれと同等程度になるという。すなわち3時間程度である。
「片手で持って操作しやすいように,きょう体の重量をなるべく軽くする」。その一方で,「充電なしでほぼ1日の駆動を実現するためのバッテリを備える」というのが同社の目標なのだが,これはそもそも相反した目標である。長時間駆動を実現しようとすればバッテリを大きくせざるを得ず,するときょう体重量はかさんでしまう。だが,第1弾の製品は,このどちらの目標も実現できないまま出荷されることになりそうだ。また「その実現時期についても今のところ不明」というのが大方の見方である。
■「そもそもペン入力が問題」とする声も
また,「そもそもペン入力がそれほどの支持を得られるとは考えられない」とする意見もある。「ペン入力がキーボード入力に勝ることはない」というのがその理由である。米Cahners In-Stat傘下のMicroDesign Resources社シニア・アナリストのPeter Gloaskowsky氏がIT Proの取材に応じて次のような見解を示している。
「タブレットPCがノート・パソコンのように普及することは考えられない。(ペン入力では)テキスト入力に時間がかかり過ぎ,ノート・パソコンの代役を果たすには至らない」(関連記事)
ただし,この問題については解決策があるようだ。タブレットPCは当初,パネル型のみが想定されていたのだが,今では「コンバーチブル型」と呼ばれる新しい型が考案されている。コンバーチブル型は,普段はノート・パソコンとして使え,キーボードやトラック・パッドを使った入力が可能。必要なときにパネル型にできる(写真4)。
写真4 台湾Acerのコンバーチブル型タブレットPC(プロトタイプ)。普段はキーボード付きのノート・パソコン。ディスプレイ部を180度回転させ,ディスプレイの背面を内側にして折りたたむ。するとディスプレイ表示面が表側になった“1枚のパネル”になる。Acer社のコンバーチブル型タブレットPC「TravelMate 100」は今年第4四半期中の出荷を目指して今開発が進められている |
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また,Windows XP Tablet PC Editionでは,タブレットPCを「ドッキング ステーション(ドック)」と組み合わせて使うことも想定している。普段はドックに差し込んで,フル・ピッチのキーボードやマウスを利用する。ドックから取り外せば,タブレットPCとして外に持っていけるというわけだ。
■安くても2000ドルという価格が普及の足かせに
COMDEX Fall 2001では,Windows XP Tablet PC Editionを採用する企業名が発表され,このときのデモでは,Acer社,米Compaq Computer(現在は米HP),富士通,東芝などのプロトタイプが紹介されている。またこのほかの対応メーカーには,米ViewSonic,台湾Tatung,台湾FIC,PAD Products社,NEC,ソーテックなどがある。
プロセサ・メーカーでは米Intel,米Transmeta,台湾VIA Technologiesが同OSに対応する。ちなみに今月始めにはHP社が開発中の「Compaq Evo Tablet PC」でTransmeta社のプロセサ(動作周波数1GHzの「Crusoe TM5800」)を採用することを明らかにしている(関連記事)。
こうしてメーカー各社が着々と準備を進めているタブレットPCだが,ここに参入していない大手パソコン・メーカーがある。米IBMと米Dell Computerである。米国メディアによると,この2社はこの市場に懐疑的であるという(注2)。
その理由の一つは価格にある。タブレットPCにはタッチ・パネル式ディスプレイといった高価な部品が必要となるため,その販売価格は安くても2000ドルを割ることはないという。これは同様の製品構成の軽量ノート・パソコンよりも150ドルほど高いことを意味する。
アナリストのあいだではパソコン市場が厳しい状況のなか,“価格の高さ”が普及を抑制する大きな要因になると指摘されている。「モバイル環境が必要な人は,既存のノート・パソコンでそれを実現する。その方がはるかに安くつく」(米ARSアナリストのToni Duboise氏)
注1:IBM社は手書き文字入力機能を持つノートパッド付きノート・パソコン「ThinkPad TransNote」を販売していたが,今年2月に販売を中止している。ThinkPad TransNoteは手書き文字認識機能は装備しない。価格は2999ドル~3099ドルだった(関連記事)。
■Microsoft社のターゲットは「ナレッジ・ワーカー」
Microsoft社はこのタブレットPCを説明する際に「ナレッジ・ワーカー」という言葉をよく使う。同社のターゲットはスバリ企業顧客のようで,各パソコン・メーカーのターゲットもおおむねMicrosoft社のそれに準じているようだ。そうしたなか,この5月に元Dell Computerの幹部グループが集まって米Motion Computingという会社を設立した。同社は音声入力機能を備えたWindows XP Tablet PC Edition搭載機を開発し,医療,教育,フィールド・セールスといった特定業務市場を狙うという(掲載記事)。
なお,当初発売されるタブレットPCは,価格が最も安いもので次のような構成になるという。動作周波数800MHzのプロセサ,128Mバイトのメモリ,20Gバイトのハードディスク装置。またその大半に802.11bの無線LAN機能が備わると言われている。あなたにとってこれは「買い」だろうか。
冒頭のGates氏の言うことがもし本当ならば,5年後のあなたの手元にはタブレットPCが1台あり,それを使ってこうした記事を読んでいることと思う。はたしてあなたはGates氏の言うことを信じられるだろうか?
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