今月9日に,PtoP[用語解説]型のファイル交換サービス「ファイルローグ」を運営する日本エム・エム・オー(日本MMO,東京都八王子市)に対してサービスを停止する仮処分命令を東京地方裁判所が出した。

 この仮処分で思い出したのが元祖PtoP型ファイル交換サービス,Napsterである。一時は5000万人のユーザーを抱えていたNapster社は今どうしているのだろう? 同社はその業務内容に著作権侵害があったとして全米レコード協会(RIAA)などから訴えられ,2001年7月には遂にサービスを停止。あれからはや10カ月がたった。

 そういえば,US NEWS FLASHではこの3月にオランダで著作権侵害で訴えられていたKaZaA社が“逆転無罪判決”というニュースを報じた。

 そこで今回は,デジタル音楽を巡るPtoP型ファイル交換サービスのこうした一連の裁判や音楽業界,サービス事業者,ユーザーの反応を米国を中心に調べてみた。各種資料を読みあさると,混迷するレコード業界の現実が見えてきた。業界を取り巻くこうした悩める状況についてもレポートしたいと思う。

■異なる日本と米国の判決,その争点は「直接的関与の有無」

 日本MMO,Napster社,KaZaA社とも同じ“著作権侵害の音楽ファイル交換”が争われていたのだが,2件はサービス停止で1件は無罪だった。しかしサービス停止の日米のケースは,裁判所の判断基準が異なっていた。まずはこれを確認して,つぎに一連の裁判についてこれまでの経緯を整理したいと思う。

 日本MMOのケースは「送信可能化」という行為が鍵となっていた。この送信可能化とは,ネットワーク上などで他者に創作物を送信できる状態にすることを指す。今回,東京地裁は日本MMOが著作権法に違反した楽曲ファイルを「送信可能化」であったと認定し,それをもって「日本MMOは,違法行為を行っているユーザー(違法ファイルの送信者)と同様に扱われ,同社も同罪」と判断されたのである。詳細は日経ネットビジネス永井学記者の記事に述べられている。

 では,Napster社のケースはどうだったのか。米国の著作権法には「送信可能化権」はない。そのため,Napster社を巡る裁判では同社の直接的な違法行為が判断されたわけではなく,あくまでも「違法行為を助長していた」というのが最終的な(控訴審の)事実認定となったのである(Napster社の経緯については文末を参照)。ここが日本MMOに対する判断と大きく異なるところである。

 ただしNapster社はこの裁判で“ある程度の監督責任”を強いられることになったのも事実である。これは,「著作権違反の楽曲に関する情報を知った場合,それをサーバーから速やかに排除しなければならないという義務を負うことになった」からだ。

 「Napster社は著作権違反の事実を知り得なかった(あるいはどのファイルが該当するか知り得なかった)ので,直接的な責任がなかった」と判断された。裏返せば,「Napster社がもし,どのファイルが違法なのを知った場合はそれを排除する責任がある」という解釈となる。

 この解釈を全米レコード協会が黙って見過ごすわけはなかった。同協会はその後,連日違法楽曲のリストをNapster社に送りつけたのである。Napster社はそのあいだにも,米Gracenote(旧名:CDDB)などと提携し楽曲フィルタ・システムを強化,違法ファイルの遮蔽(しゃへい)に努めたが,結局はそれらの対処に追われ,2001年7月に事実上の運営停止に追い込まれてしまった。

■“中央サーバーがなくても提訴は辞さない”

 一方,事業者側に無罪判決が出たのがオランダKaZaA社のケースである。オランダの著作権管理団体Buma/Stemraが,KaZaA社のPtoPファイル交換技術に著作権侵害の疑いがあるとして提訴していた。アムステルダムの控訴裁判所は,「KaZaA社の技術を使って著作権侵害行為が行われている」としたものの「これはユーザーが犯していることであり,KaZaA社はかかわっていない」と判断したのである。

 ここで,サービス停止に至った日本MMO,Napster社と無罪判決のKaZaA社とでシステムに大きな違いがあったことを考える必要があるだろう。つまり,日米両社のサービスでは両社が楽曲の所在情報を管理するサーバーを運営していたが,KaZaA社の場合はそれがないのである。

 KaZaA社はオランダのPtoPソフトウエア会社であるFasttrack社が運営するFastTrackというネットワークを用いている。FastTrackを用いるPtoPソフトにはKaZaAのほかに,Groksterがある。全米レコード協会は,Napster社だけでなくKaZaA,Groksterも訴えている。実際に交換されているのは著作権侵害の違法ファイルであり,同協会の目的はその行為を阻止することにある。たとえ中央サーバーがなくともそれを理由に,告発の手を緩めることはない,というわけである。

■「取り締まればそれで解決」となるか

 中央サーバーで楽曲の所在情報を管理しなくても,参加者による違法ファイルの交換があれば,その行為は紛れもない違法である。そしてNapster社がこれを助長したという認識は,米国の大衆やメディアにも浸透している。

 しかし,こうした違法行為を排除するために考えられることとは何だろうか――。それは,サービス提供会社を徹底的に排除することであり,違法者に対しては摘発の手を緩めないこと。そして,コピー・コントロールCDを導入して,一切のコピー行為を禁じてしまう,といったところだろうか。

 こうして考えると,ことは単純に思える(実行は難しいかもしれないが)。実際このようなことを考える向きも多いようで,筆者もそういった意見を聞くことが多い。しかし米国のメディアやレコード業界のレポートを読んでいると,これがそう単純にはいかない一面もうかがえるのである。そしてこのことはレコード会社自らが気付いるようでもある。今度はそのあたりを見てみよう。

■伸び悩む音楽売上

 今週,世界市場における楽曲売上が2年連続で減少したという調査結果が国際レコード産業連盟(IFPI:International Federation of the Phonographic Industry)から発表された。それによると,2001年の世界音楽市場の売上は,前年比5%減の337億ドル。前年の売上は370億ドルでその前の年から5%減少している(掲載記事

 この理由としてまっ先に槍玉に挙げられるのが,違法コピーの普及であり,国際レコード産業連盟もその点を強調している。しかし各種の分析に目を通してみると,「原因はあながちそれだけではない」ということもうかがえるのである。

 例えば,消費者は1990年代にレコードやカセット・テープからCDに買い換えたという需要があった。2000年に入って単にこれがなくなったことによる“周期的な減少傾向”という見方がある。さらに「ビデオ・ゲームといった他の娯楽製品の台頭,世界経済の低迷といった要因も考えられる」(Jupiter Media Metrixのmark Mulligan氏)という(掲載記事

■デジタル音楽の浸透はもはやNapsterを超えている

 また,ここに米国の市場調査会社,Odysseyの資料が手元にあるのだが,それによると「米国の消費者はNapsterであろうが,なかろうが,どのみち,音楽を共有し,ダウンロードして楽しんでいる」という報告がある。しかもこの行動はもはや音楽に一番熱中する特定の年齢層だけにとどまらず,30才以上や45才以上にも広まっている。年配者のあいだでも,デジタル音楽への抵抗が薄まっており,こうしたデジタル音楽の浸透はもはやNapsterを超えているという(関連記事)。

 もちろん,これには音楽の違法コピーも含まれている。しかし「それが諸悪の根元であり,これさえ解決すれば,レコード産業は活気が取り戻せる」という単純な話ではないようである。

■「消費者にもっと選択肢を」との指摘の声も

 こうした消費者需要に対する取り組みとしてか,音楽会社もオンライン音楽サービスを展開している。これには,すでに始まっている米AOL,独Bertelsmann,英EMIが設立した「MusicNet」,そして米Sony Music Entertainmentと仏Vivendi Universal傘下のUniversal Music Groupの「Pressplay」が有名である。

 しかしこれらのサービスは,「まだ消費者を満足させておらず,業界に起こっている問題を解決するためのサービスにとどまっている」という指摘もある。これらは「“消費者のためも考えたサービス”というよりは“違法コピー防止策”として考案されたサービスに過ぎない」(Odyssey社)

 さらに同社は「消費者は音楽を所有し,コントロールし,カスタマイズしたいと思っている。MusicNetやPressplayのサービスは,消費者が求める最も重要な機能を提供していない。消費者はオリジナルのCDを作ったり,CDを焼いて楽しみたいと思っている」とも指摘している。

 ちなみに,同社が行った調査では米国世帯の60%以上がこういった有料のオンライン音楽サービスに何らかの興味を持っているという。「カセット・テープの時代に消費者は自分で曲を管理し,自由にカスタマイズしていた。デジタル音楽もあらゆる場面で消費者に今以上の選択肢とコントロールを提供できるはずだ」(Odyssey社取締役のSean Baenen氏)という。

■購入した楽曲を個人で楽しむ権利を主張する消費者団体

 こうしたなか,今週,米国の消費者団体DigitalConsumer.orgが全米レコード協会に異を唱える声明を発表している。

 DigitalConsumer.orgによると,米Gatewayは先ごろ,コンピュータ上のお気に入りの楽曲から個人のCDを作成することを謳った広告キャンペーンを行った。これを全米レコード協会が非難したのというのである。

 DigitalConsumer.orgでは「消費者には合法的に購入した楽曲を正当に利用できる権利がある」とし,全米レコード協会の意見は間違っていると主張している。この権利は同団体が法制化に向けて取り組んでいる「Consumer Technology Bill of Rights」に沿って保護されなければならない,というのがその主張である(発表資料)。

米Napsterの軌跡

1999年に,PtoP型の無償音楽ファイル交換サービスを開始。2000年末時点で約5000万人のユーザーを獲得した。このサービスでは,同社のサーバーがユーザーのパソコン上の音楽ファイルの所在情報を管理することで,ユーザー間のファイル交換を実現していた。

しかし2000年6月に全米レコード協会(RIAA:Recording Industry Association of America)と全米音楽出版協会会(NMPA:National Music Publishers Association)がNapster社の業務に著作権侵害があるとして業務の完全停止を求め,北カリフォルニア連邦地裁に提訴

2000年7月に同地裁はNapster社にサービスの事実上の停止を求める仮決定を下した。その後2001年2月12日に,サンフランシスコ第9巡回区連邦控訴裁判所(連邦控訴裁)が「Napsterは著作権侵害を助長した」との判断を下した。また下級審の仮決定の内容は「範囲が広すぎる」として北カリフォルニア連邦地裁に判決の修正を命じた

Napster社は,2000年10月に,全米レコード協会のメンバーである独Bertelsmannと和解,2001年2月にも著作権保護技術を盛り込んだ会費制のサービスを始める意向を表明した。ただし,この会費制サービスは開始しないまま,2001年7月に既存無料サービスの停止に追い込まれた。その後2002年第1四半期までにこの会費制サービスを始めるとしていたが,現在(2002年4月)時点でもまだ始まっていない。



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<市場調査>
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