「ファイル交換サービスの米NapsterがMicrosoft社を3億2800万ドルで買収」「Microsoft社は,知的財産に関する唯一のクリアリング・ハウス(情報センター)構築を目指す」---4月1日,米国のWebサイトではこんなギクッとするような見出しが並んだ。もちろん,本当のニュースではなく,エープリルフールの“ネタ”である。

 いつものは正真正銘のニュースをベースに語る本コーナーであるが,今回は発行日を繰り上げ,偽物記事を取り上げつつ,米国人のジョークに対する考え方を探っていこうと思う。

■MSもナップスターも切りまくる

 Napster社がMS買収という架空リリースを掲載したのは,インターネットやIT関連の法情報を提供しているGigaLaw.com。冒頭のフレーズは,プレスリリース特有のスタイルをそっくりまねている。

 いわく,「裁判所によって業務を停止されたファイル交換サービスの新興企業,そしてまだ1ドルの利益もあげていないNapster社は,本日,世界最大のソフトウエア企業であるMicrosoft社を買収することを発表しました」。なんとも人を食った“プレスリリース”ではないか。

 このリリースのポイントは「これにより現在係争中のMicrosoft訴訟にピリオドが打たれる」点だろう。1ドルも利益をあげていない会社の1部門あるいは子会社になれば,独禁法で訴えられることもなくなるのだろうか。

 そのあとに「この買収にかかる費用は米Webvan Groupの元CEOであるGeorge Shaheen氏率いるグループから提供される」と書いてあるのも,Shaheen氏がどういう人物かを知っていると,笑えてしまう。Webvan Groupとはオンライン食料雑貨販売会社で,同氏はそのCEOだった。同社は,2001年7月に破産申請を発表し,業務停止したが,実はこのShaheen氏は,その3カ月前にCEOを辞任しているのである。同氏を含むグループのことをこの“プレスリリース”では「ドット・コム企業の先駆者で,インターネットの全盛期に十分な報酬を受け,予期せぬ異動を成し遂げた」と紹介しており,ここでもチクリとやっている。

 もちろん「この買収について当局から承認された暁には,Napster社は自らを訴える計画である」とNapster社側を皮肉ることも忘れていない。

■ネットスケープもMSに矛先

 IT業界いや世界の産業界の巨人となったMicrosoftを皮肉ったのはGigaLaw.comだけではない。かつてのライバル米Netscape Communicationsもその一つ。Netscape社が行っている検索ディレクトリ・プロジェクト「Open Directory Project(ODP)」のWebページでは,「Microsoft社は,知的財産に関する唯一のクリアリング・ハウス(情報センター)構築を目指す」という架空リリースを掲載した。

 こちらはMicrosoft社のプレスリリース・ページとまったく同じデザイン。おまけにページのURLに「microsoft.com」の文字列を含めるというた懲りようである。一見したところ,ほんとうにMicrosoft社のサイトにあるリリースのように見えてしまう。

 さて,そのリリースは「MSNは本日,GOD(Gates Open Directory)について発表しました」と始まる。Microsoft社に神(GOD)を名乗らせてしまうという当てつけ。やおろずの神が住まう国土に住んでいる我々にはピンと来ないかも知れないが,一神教の人たちには,「なんとごう慢な」と映るのかも知れない。

 GODはいなかるものなのか。前身はこのサイトが本来やっているOpen Directory Projectというのだ。「GODはすべての著作物を買収することでインターネットにおける著作権処理を簡素化するというMicrosoft社の構想の一環となるものです。この目標が達成すればMicrosoft社は知的財産の唯一のクリアリング・ハウス(情報センター)となります。これにより特許,著作権に関する現在の法手続きを簡素化し,費用のかかる訴訟の必要性をなくします」。つまり,すべての著作物はMicrosoft社によって一元管理されるので,会社間で著作権でもめることはなくなるというのだ。

 しかもBill Gates氏に「抵抗は無駄だ」と言わせてしまう。なんともトゲがある。

■力のあるものには容赦しないのが米国流

 米国のエープリルフール・ネタには,このように特定の相手を実名でターゲットにする攻撃的なものも多い。米国では「ジョークを笑えってもらえる土壌があるので発信側も自由にやっている」という印象である。もちろん米国でもジョークになるか否かの問題や,“行き過ぎ”に対する非難もあるようだ。しかしその“ぎりぎり”を楽しんだり,力のあるものには主張を込めて容赦しない,といったのが米国スタイルのようだ。

 こうした架空の記事やリリースには,それが容易にジョークとわかる内容や仕掛けになっている場合が多いのだが,必ずしもそうとは限らない。真否の判断が微妙で“エープリルフール”の記述がない場合は誤解する人も多く,「今後信用できなくなる」との厳しい批判も寄せられるという。

 日本では,朝日新聞が1999年に出した「日本の閣僚にサッチャー元英首相やゴルバチョフ元ソ連大統領といった大物外国人を登用する“大臣ビックバン法案”」が大阪本社発行版で,読者からお叱りを受けたという(掲載記事)。このときの東京本社発行版では紙面に架空記事があることを記していた。

 エープリルフール本場の西欧/米国でももちろんこうした批判は付きものなのだが,彼らはあまり気にしていない。むしろ自らが楽しむために作るというのが主な理由のようだ。

■ほのぼのジョークもある

図1●4月1日まで見えていたeBayのエープリルフール画面 ジョークをクリックすると「April Fools from eBay」と出てきた

 もちろん米国でも,上に紹介したような辛辣なネタばかりではなく,朗らかなものも多くある。例えば,オークション・サイトの米eBayがエープリルフール用に用意したトップ・ページ(www.ebay.com/)では,「春のファッション」のコーナーを大きく掲載していた。ここで「してはいけないファッション・アイテム」と題し,「レッグ・ウォーマー」「革のビキニ」「ベルクロのイヤリング」「黒のアイシャドウ」を挙げ,これらはくれぐれも身につけないよう注意を呼びかけていた。

 このトップ・ページにはこのほかにもジョークがいくつかあって,それぞれのリンクをクリックすると,Webブラウザーの別ウインドウがポップアップ表示される。そこに「April Fools from eBay」と出てくる仕掛けである(図1)。さらにこのウインドウのなかの「eBayの本物のサイトに戻る」というリンクをクリックすると通常のトップ・ページにたどり着けるというわけだ。

■今年のジョークRFCは「IPで電気を通す」

 最後に毎年,エープリルフールの恒例となっている“ジョークRFC”を紹介しよう。

 RFCとは「Request for Comments」のことで,インターネット関連技術の標準化団体であるIETF(Internet Engineering Task Force)が公開している技術提案やコメントの文書のことである。TCPやIPといった多くのプロトコル仕様がRFCに記述されている。こうした“真面目な”RFCに混ざって時折ジョークRFCが発行されるのだが,とりわけ4月1日に発行されるものが話題になるのである。

 そして今年はなんと,IP(Internet Protocol)を介して電気を通す「Electricity over IP」(RFC3251),そして,XMLをトランスポート層とネットワーク層(IP,TCP,UDP)に使う「BLOAT(Binary Lexical Octet Ad-hoc Transport)」(RFC3252)が発表された。れっきとしたネットワーク技術用語MPLS(Multi-protocol Label Switching)をもじったMostly Pointless Lamp Switching (MPLampS) とか,VPN(Virtual Private Network)をもじったVoltage Protected Networkとか出てきて,笑えてしまう。それぞれの全文は,ftp://ftp.isi.edu/in-notes/rfc3251.txtftp://ftp.isi.edu/in-notes/rfc3252.txtで読める。