米国時間2月12日に米国控訴裁で「違法」判決を下された米Napster。そのNapster社が,サービスの合法化に向けて重い腰を上げた。

 Napster社は2000年末に,独メディア・コングロマリットのBertelsmann AGと提携し,サービスの合法化と有料化に向けた準備を始めた。事実上の敗訴が決まった直後にNapster社は,「Bertelsmann傘下のDigital World Serviceと共同で,ファイル交換サービスに著作権保護機能を組み込む開発に乗り出す」と発表したのだ。

 その詳細は公表されていないが,wired.comによれば以下のような仕様となる見込みだ。

 すなわち,著作権保護機能を組みこんだ新たなNapsterシステムでは,行き交う音楽ファイルのすべてに著作権の有無を示すタグ(電子札)をつける。仮にプロのミュージシャンの音楽が交換される場合に新Napsterシステムでは,(海賊版である)MP3ファイルを著作権保護機能を組みこんだ正規の音楽ファイルと交換してしまう。ただし,新たな著作権保護機能の開発にはこれから着手する。現在のところは,まだ理論段階だという。

 これが実現したとしても,どのように著作権料を徴収するかは不明だ。最も単純な方式としては,Napsterサービスの利用者が著作権データを組み込んだ音楽ファイルを入手しようとするとポップアップ・ウインドウが開いて,「クレジットカード番号を入力して下さい」と促す形が予想される。これは既にドイツの新興企業が開発したCarracho IIと呼ぶシステム(Napsterの仕組みと似ている)で試されているという。

 こうした措置は確かに理論的には可能だが,実現性に対しては大いに疑問がある。

 まず「新たな著作権保護機能」を実現する技術だが,これは98年から世界の主要レコード会社が集ってSDMI(Secure Digital Music Initiative)と呼ぶ業界団体を結成し開発に取り組んでいる。しかし,現状では十分な成果をあげているとは言い難い。

 また「海賊版のMP3ファイルを,著作権保護の仕組みを組み込んだ正規の音楽ファイルに交換してしまう」というが,現時点でNapsterサービスには5000万人以上(公称値)の登録利用者が存在し,推定300万曲以上のMP3ファイルが行き交っている。その90%近くは著作権のあるプロの音楽コンテンツだ。これを正規の音楽ファイルに交換することは気の遠くなる話である。

 このように前途は多難だが,何らかの形で著作権保護機能を組みこまない限り,Napster社のサービスばかりか,ピア・ツー・ピア(peer to peer)のコンテンツ配信技術の先行きにも暗い影を落とすことになる。

 ピア・ツー・ピアは,サーバー/クライアントという中央集権型の配信モデルから,個人対個人が自由にファイルを交換するという分散型のモデルとして注目を浴びている。これまでアンダーグラウンドで普及してきたが,最近は中小のソフト業者だけではなく,米マイクロソフトや米インテル,米ロータス・デベロップメントをはじめとした大企業までが注目し始めている。

 ピア・ツー・ピアのコンテンツ配信はそのモデルから明らかなように,利用次第では海賊版の宝庫となってしまう。Napster社に下された控訴審の裁定で明らかになったのは,これからの技術者は著作権を念頭において仕事をしない限り,開発を制限されかねないということだ。裁判でNapster社は自らの技術を,かつてのソニー・ベータマックス裁判で合法性が争われた「VTR」になぞらえた。

 「VTRは確かに海賊版に使われる可能性はある。しかし,それは悪用する利用者が悪いのであって,その技術に罪はない」という意見である。ソニー・ベータマックス裁判では裁判所は,5対4の僅差でメーカー側の言い分を認めた。

 1984年時点では認められたこの見解が,インターネットを電子のスピードで海賊版が行き交う21世紀には通用しなくなったのだ。技術開発に一定の枠をはめるという点で,今回の裁定は歴史的な意味を持ったと言えるだろう。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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