「これは,日本じゃPtoPができないってことですよ!」――。電話口の向こうの声は,怒りに震えていた。これは日本エム・エム・オー(東京都八王子市)のPtoP[用語解説]型ファイル交換サービス「ファイルローグ」に,東京地裁が事実上の差し止めの仮処分を決定したときの,日本MMOの代理人の言葉だ。

 「そんな大げさな」と,その剣幕に受話器から10センチほど耳を離した記者は,当初そう思った。しかし,事態は意外な方向に進展しつつある。それもPtoP事業者には“暗雲”となる方向に。

東京地裁の決定は妥当だが,事実認定に疑問点もある

 昨年来,日本レコード協会(RIAJ)に加盟するレコード会社や,日本音楽著作権協会(JASRAC)などの権利者側と,PtoP型のファイル交換サービスを提供する日本MMOが激しく対立している。米ナップスター社によるPtoP型ファイル交換サービス「Napster」に端を発した,この「日本版ナップスター」をめぐる議論を,既にご存じの方も多いだろう。

 その第一ラウンドの軍配が,権利者側に上がった。それも“圧勝”と言って良い。4月9日と11日に東京地方裁判所は,日本MMOのファイル交換サービス「ファイルローグ」において,レコード会社やJASRACの管理する楽曲について,MP3ファイルなどの交換停止を認める仮処分決定をそれぞれ下したのだ。この決定を受けて,日本MMOは4月16日に,ファイルローグのサービスを一時停止した。

 今回の決定は,PtoP事業に対する国内初の司法判断になる。本来は4月22日に出るはずだったが,2週間前倒しされ4月9日になった。レコード会社やJASRACの仮処分申請から約2カ月で決定が出るというスピード審理だ。ビジネス上の緊急性が高いとの東京地裁の判断である。

 しかし,この決定の一部に,外野席から見ても首を傾げたくなる個所がある。ファイルの交換停止という結論に対してではない。私見を述べれば,むしろ記者はRIAJとJASRACの仮処分申請,そして東京地裁の決定を至極妥当と考えている。創作物に何らかの対価が支払われなければ,プロのクリエイタは食べて行かれないからだ。

 疑問点は,東京地裁が結論を導くまでの事実認定の中にある。実は,記者は今回の経緯をPtoPビジネスの良い意味での転換点と見てウォッチしてきた。PtoPビジネスが法的に位置付けられ,事業者がPtoPビジネスに新規参入する上での環境が整うと考えていたのである。ところが,東京地裁の事実認定の一部は,1社にとどまらずPtoPビジネス全体の大きな“足かせ”となる可能性が出てきたのだ。

ポイントは米国の著作権法にない「送信可能化権」

 東京地裁は仮処分決定の理由として,(1)利用者がファイルを公衆送信するには,ファイルローグのクライアント・ソフトのダウンロードや起動が不可欠,(2)ファイルのリストの内容確認に日本MMOのサーバーが不可欠,(3)サービスの利用方法について自社のWebサイトで説明している,などを挙げている。

 これらの理由から「送信者が本件各MP3ファイルを含めたMP3ファイルの送信可能化を行うことは債務者の管理の下に行われること,債務者も自己の営業上の利益を図って,送信者に上記行為をさせていたことから,債務者は,本件各レコードの送信可能化を行っているものと評価できる」とした。この中で債務者とは日本MMOのことを指す。

 疑問点はここだ。「送信可能化権」とは,著作権法上でレコード会社など著作隣接権者に認められている権利である。例えばWebサーバーにファイルを置くなど,ネットワーク上などで他者に創作物を送信できる状態にすることを指す。この決定の中では,東京地裁が送信可能化を行ったのは,PtoP事業者と判断したことになる。

 そして,米国の著作権法には送信可能化権はない。つまり,この考えに基づくならば「国内では,ユーザーがやり取りするファイルに著作権を侵害したものが含まれている場合,送信可能化を行ったPtoP事業者も著作権を侵害したと見なされる可能性がある」ことになる。これはPtoP技術を活用したビジネスを企図している企業にとって大きなリスクだ。引いては,日本でPtoPビジネスが立ち上がらない可能性がある。

 そもそも,米で「ナップスター」のようなPtoP型のファイル交換サービスの利用が爆発的に広がった理由,そして社会問題化した原因はただ一つだと考えている。著作物をタダでコピーできるからだ。そして解決の方法もただ一つ。タダでコピーできないようにすることである。

 この点では,今回のRIAJやJASRACの法廷戦略,そしてコピー・コントロールCDなどへの注力は理にかなっている。「コピーの根を元から断つ」のだ。しかし,対処療法的なこれらの手段だけで,音楽業界のCDの売り上げ減少に歯止めをかけ,今後増大に転じることができるだろうか。新しいビジネスは生まれるだろうか。残念ながら,記者にはその答えが見つからない。

PtoP問題,“カネ”で解決は図れないのか

 今後を少し展望してみよう。ファイルローグがサービスを停止したとして,PtoP型のファイル・サービスによる著作権侵害は止まるのか。おそらく止まらない。まず「WinMX」のような代替サービスが存在する。「Gnutella」のように,中央サーバーを介さず事業者不在で利用できるツールもある。いたちごっこは今後も続く。

 むしろ音楽業界に期待したいのは,多くの識者が指摘するように,ファイル交換サービスを流通チャネルの一つととらえ,新たなネットビジネスを作ることだ。かつて激しく音楽業界と対立し,今では共生関係にある貸しレコード業において,1984年の著作権法改正で「貸与権」を導入した先例がある。PtoPビジネスにおいて新しい共生の道を見つけることは不可能ではないと考える。

 ユーザーが安価に著作物を利用したいというニーズと,それで儲けたい権利者のニーズは,本質的には相容れないものだ。ユーザー心理として,可能な限り安く,できればタダで楽曲を手に入れたいと考えるのは無理からぬ話だ。一方,権利者が自己の創作物で利益の極大化を目指すのも当たり前のことだ。

 これを折り合うには“カネ”で解決するしかない。PtoPビジネスに限らず,著作物をビジネスにするには,権利者と事業者側が膝を突きつけあい,カネの話し合いをすることが不可欠だ。そうした商売ベースの腹を割った話し合いが,早くPtoPビジネスでも始まってほしいと,切に願わずにはいられない。

 繰り返しになって恐縮だが,今回の仮処分決定は,眼前で進行中の侵害行為を食い止めるために,必要な措置であったことは間違いない。しかし「PtoPで送信可能化を行うのは誰か」をめぐり,日本独自の解釈がなされた。無論,ファイル交換サービスだけがPtoPではないが,この点が今後のPtoPビジネスの成長を阻む一因となりかねないことに,記者は危惧を抱いている。

(永井 学=日経ネットビジネス編集)