「いよいよSunがクライアント・パソコン市場に参入する」「Sunがついにデスクトップ分野でMicrosoftの牙城を切り崩す」――。先週,メディアが一斉にこんなニュースを流した。9月18~20日にサンフランシスコで開催された米Sun Microsystemsのユーザー・カンファレンス「SunNetwork 2002」で,同社のLinuxパソコン戦略を正式に発表したからだ。製品の出荷を2003年1~3月に予定しているという(関連記事)。
Sun社のLinuxパソコンについては,会長兼CEO(最高経営責任者)のScott McNealy氏などがこれまでいく度となく示唆していたのだが,その詳細については明言を避けてきた。それだけに今回の発表のインパクトは大変大きなものになった。とりわけ「顧客にかかるコストがWindowsパソコンの1/3以下」(Sun社)ということから,「高性能サーバー大手の同社が,強力な価格競争力を武器にデスクトップに挑む」などとする報道が盛んに行われた。
ところがこうしたメディアの“熱い”報道をよそに,当のSun社は少しクールな趣きである。その“トーン”が明らかに一連の報道とは異なるのだ。例えばMcNealy氏は「(このパソコンは)いわゆるLinuxパソコンではない」と説明している。さらに「(Sun社は)Linuxパソコンの事業を展開するつもりはない」(同氏)のだという。
これはどういうことかと調べてみると,どうやらSun社は“真っ向からMicrosoft社に挑む”のではなく,何か入念に練り上げられた秘策のようなものを持っているようなのだ。今回はこうしたSun社のデスクトップ計画・戦略について考えてみたい。
■100万ドル:30万ドルの価格差で勝負に挑む
Sun社がカンファレンスで発表した同パソコンの名称は「Sun Enterprise Client」。これまで「Mad Hatter」と呼ぶプロジェクトのもと開発が進められてきた製品だ。
オープン・ソースのソフトウエア(表1)とOEM生産するパソコン本体,これにユーザーのログイン管理を行うセキュリティ装置を付けて,「安価でセキュアなクライアント・マシンを提供する」(同社)。
●表1 Sun Enterprise Clientの概要
OS | Sun Linux |
デスクトップ環境 | GNOME |
オフィス・スイート | StarOffice |
Webブラウザ | Mozilla |
電子メール/スケジュール | Ximian Evolution |
セキュリティ管理 | Java Cardを使ったユーザー認証 |
価格 | 1ユーザー/1カ月当たりのコストは49ドル |
1台当たりの販売価格についてはまだ明らかにしていないが,同社のソフトウエア担当上級副社長のJonathan Schwartz氏によれば,企業が100台導入して5年間使用すると想定した場合,運用も含めた総コストは,Windowsマシンでは100万ドル以上となるところ,Sun社の場合は30万ドルですむという。「1ユーザー/1カ月当たりにかかるコストで計算すると49ドルになる。これがWindowsマシンの場合は約170ドルになる」(同氏)という。
■「価格差とセキュリティ機能だけでは厳しい」とアナリスト
圧倒的な価格差とセキュリティ機能で勝負に出るというわけだが,「それでも情勢はSun社にとって厳しいものがある」とみるアナリストがいる。「企業がなぜSun社のマシンを買わなければならないのか,その理由が見当たらない」というのだ。「企業には,ホワイト・ボックス(ノンブランド)のパソコンとオープン・ソースのソフトウエアを購入し,自社でインストールするという選択肢もある」というのがその理由である。
しかしSun社もこれに対する答えを用意している。Sun Enterprise Clientの製品戦略を見ると,Sun社がWindows/Linux市場に体当たりでぶつかっていこうとは考えていないことが分かるのである。
Sun Enterprise Clientの販売方法の大きな特徴は,個々のマシンを単体で販売しないことにある。受注の最低単位は100台。これに小規模なサーバー・マシンを付ける。このサーバーでは認証,ポータル,電子メール,オンライン・カレンダーといったサーバー・ソフトを稼働させるのだ。付加価値のあるクライアント/サーバー環境を用意し,それにサポート・サービスも付ける。これを一つのソリューション・パッケージとして販売することで,市場に食い込もうというのである。McNealy氏が「いわゆるLinuxパソコンの事業を展開するつもりはない」としたのには,ここに理由がある。
■Windowsを不可欠としていない市場を狙え
またSun社は,Sun Enterprise Clientの販売ターゲットを一般のパソコンのそれとは分けて考えている。同社が目指すのは,政府機関や銀行,小売業者,教育機関,企業のコール・センターといった特定業務の市場。つまり「汎用パソコンの機能すべてを必要としない市場をターゲットとする」(Jonathan Schwartz氏)のである。
これについては,米IDCアナリストのDan Kusnetzky氏は次のような見解を示している。「特定用途でパソコンを使う人にとっては,パソコンはWindowsである必要がない。彼らは大半の仕事をカスタム・メイドのソフトウエアで行っている。パソコン利用の目的が単一的なのだ。ここにSun社の入り込む余地がある」
逆に同氏は,Microsoft社の「Office」などの汎用的なソフトを使い慣れている職場にはLinuxは向かないと説明する。「たとえSun社がOfficeの代替ソフトを用意しても,それが(Officeと)少しでも非互換の部分があれば,受け入れられないだろう」(同氏)(掲載記事)
■デスクトップの低コスト化に“再々挑戦”
Schwartz氏はSun Enterprise Clientについて,「(Sun Enterprise Clientは)ネットワークに接続しないときでも動く」と,パソコンであれば至極当たり前のことを述べている(掲載記事)。これはなぜだろう?
これには背景がある。Sun Enterprise ClientはSun社が長年試みてきたデスクトップ戦略の一環としての側面も持っているからだ。
実は,Sun社がデスクトップに挑んだのはこれが始めてではない。同社は90年代後半に「JavaStation」と呼ぶNetwork Computer製品を打ち出した。また99年には,この構想の第2弾となるシン・クライアント・システム「Sun Ray」をリリースしている(当時の発表資料)。いずれのシステムも特徴は,アプリケーションをサーバー側で実行すること。その分,クライアント(デスクトップ)の端末は最低限の機能だけを備えればよい。
具体的には,画面表示,キーボードからの入力,ICカード(スマート・カード)による認証情報などを,サーバーとやり取りできればよく,これにより,機器にかかるコストを抑えられる。ユーザーには,操作の複雑さから解放され,簡単なインタフェースで操作できるというメリットも生まれる。
しかしながら,これらのシステムは成功を収めたとは言いづらかった。サーバーが停止してしまうとすべての機能が停止してしまうといった不便さがあったため,市場から受け入れらなかったのだ(掲載記事)。今回のSun Enterprise Clientは,同社がデスクトップの低コスト化を試みる“三度目の正直”ということになる。
■機は熟したか,Linuxのデスクトップ環境
「Sun Enterprise Clientには,デスクトップ市場におけるLinuxの将来もかかっている」と考えるアナリストがいる。Webサーバー,ファイル・サーバー,プリント・サーバーなど,サーバー分野では成功を収めたLinuxだが,Windowsが席巻しているデスクトップ分野への浸透は鈍い。IDCの調査によればデスクトップ市場におけるLinuxのシェアは過去6年間上昇を続けているものの,それでもまだ1.7%とどまっているという(掲載記事)
これまで,Linuxをデスクトップ分野で普及させるには,分かりやすいデスクトップ環境,導入や運用に必要な顧客サポート,デスクトップ分野で一般的に利用されるオフィス・スイート製品の充実,などが不可欠であり,それらが今後の課題でもあると言われてきた。
これに応えるかのようにSun社は今回,これらのいずれにも取り組んできた。マーケティングを慎重に行い,Microsoft社の隙を突く戦略も練った。Linux向けオープン・ソースのソフトも充実してきており,機は熟したと考えているようである。
こうして,タイミングよく,冷静沈着に施策を講じ始めたSun社だが,もちろん同社にこれまでお馴染みの感情論も多分にあるようである。最後にSchwartz氏の言葉を紹介しよう。
「Microsoft社は素晴らしいハイテク企業だ。しかしその独占的地位により,同社は現実市場から保護される状態になっている。例えば,顧客はオフィス・スイート製品に500ドルも払いたくないと考えている。ウィンドウ・システムのために500ドルも払いたくないとも考えている。Passportによって自社の顧客を奪われたくないし,Windows Mediaによって自社コンテンツを束縛されたくないと考えている」――。
果たして“脱シン・クライアント”で挑むSun社の再々挑戦は成功するだろうか。
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