先週の本コラムで,「独禁法裁判を切り抜けた米マイクロソフトに忍び寄るLinux勢力」という記事を掲載した(記事)。実は偶然だったのだが,この記事の掲載日であった11月8日(日本時間),「Microsoft社の対オープン・ソース戦略に関する内部文書がリークされた」というニュースが世界を駆けめぐった。

 オープン・ソースの支持団体OSI(Open Source Initiative)の設立者であるEric S. Raymond氏が,同氏の元に届けられたMicrosoft社の“内部文書”(とされる文書)を,OSIのWebサイト(opensource.org)に掲載したのだ。

 この文書には,Microsoft社が世界で行ったとされる,オープン・ソース/Linuxに関する調査結果が記してある。また,同社がこれまでとってきた戦略が逆効果となっているという分析や,米国以外,とりわけドイツ,フランス,日本において,オープン・ソース/Linuxが支持されており,Microsoft社にとってこれらの市場が最も切り崩しにくくなっている,という分析もある。

 実はRaymond氏がMicrosoft社の“内部文書”を公開するのはこれが初めてではない。1998年,同氏はある情報筋(その人物について明らかにしていない)から入手したとする文書を,今回と同様に掲載している。そして,これがオープン・ソースのコミニュティで大きな波紋を投げかけ,「この文書で初めて,Microsoft社が紛れもなくオープン・ソースを脅威と捉えていることが確認された」とされた。また,これによって「Microsoft社の対オープン・ソース戦略やその思考パターンが白日の下にさらされた」とも言われている。

 そして,今回,新たな“内部文書”がリークされ,同社の最新の戦略が明らかになったというわけだ。これらの文書が,本当にMicrosoft社の内部からリークされた文書なのかどうかは分からないが,OSIのWebサイトに掲載された文書がIT業界に影響を及ぼしていることだけは確かである。

■「ハロウィーン」と名付けられた一連の文書

 実はRaymond氏が公開した文書はこれで7つ目で,今回のものは「Halloween VII」と呼ばれている。この名称については次のような背景がある。1998年の10月末ごろ,同氏は前述の最初の文書を入手したとし,その後1週間あまりの間に,さらに2つの文書を手に入れたとしている。10月末はハロウィーンの時期なので同氏はこれを「Halloween Document(ハロウィーン文書)」と名付け,一連の文書に番号を付けた。「Halloween I」「同II」「同III」といった具合である。

 さらに同氏は,Microsoft社の声明などに対する,自らの批評・解説・風刺を記した3つの文書を作成し,それらも公開していった。こうしてハロウィーン文書は今回で7つ揃ったというわけである(注1)

注1:「Halloween I~III」と今回の「同VII」はMicrosoft社の“内部文書”に同氏が注釈を入れた形で公開している。「Halloween I~ VI」は完全なる同氏執筆の作品。いずれについても,注釈を加えるなどし,同氏の著作物として公開することで,著作権侵害を免れているという。なお,今回の「VII」を除くの6つのハロウィーン文書については,山形浩生氏などの手による邦訳がWebで閲覧できる

■具体的な攻撃手法を記載

 こうした経緯で公開されたハロウィーン文書だが,ここでその概要を簡単に説明しよう。まずその第1弾となった「Halloween I」だが,これはオープン・ソース・ソフトのムーブメントが,Microsoft社やその製品,開発手法全般にどのような影響をもたらすかを検証した内容になっている。第2弾の「同 II」は,LinuxについてMicrosoft社が技術分析を行ったとするもの。そして「同 III」は,こうして公開されてしまったハロウィーン文書に対するMicrosoft社によるとされているコメントが記してある。

 さて,Raymond氏をはじめとするオープン・ソースのコミュニティが問題としたのは,この中で明確に「オープン・ソース・ソフトの勢力を弱める方法」といった対策案が記されていることだった。

 そこでは,オープン・ソースへの攻撃法として,プロトコルやアプリケーションの非共有化などを図ること,またLinuxについては,その基盤となっている共有プロトコル/サービスに,拡張機能を組み込むことで新たなプロトコルを作ること,それによりゲームのルールを変えてしまう,といった提案がなされていたのである。

 さらにそこには,オープン・ソースに向けられる開発者の関心を,どうMicrosoft社に向けるかといった具体的な方策も提案されていた。これには,同社がNTのソース・コードの提供に関しもっと寛大になる必要があることが示されていた。つまりソース・コードを教育機関やパートナ企業などに広範に開示することで並列デバッグのメリットを得ようというのだ。また入門レベルのツールを安価または無償で提供するなど,青田買いとも言える戦略についても書かれていた。

 これにより,Microsoft社がどのような思考パターンを持っている会社なのかが明らかになったと言われている。Raymond氏によればそれは「抜けめなさと組織的な視野の狭さを併せ持った奇妙なもの」(同氏)だという。(Halloween Iの原文)(山形浩生氏による同文書の翻訳

■「日本人はMSのShared Sourceに対して中立的」と分析

 さて,次は,今回明らかになった「Halloween VII」について見てみよう。この文書は,今年9月に同社がドイツ,ベルリンで開催した戦略会議で配布されたものとされている。内容は,「Attitudes Towards Shared Source & Open Source Research Project」と呼ぶ調査プロジェクトの結果とその分析である。つまり,Microsoft社のソース・コード開示プログラム「Shared Source」とオープン・ソースとを人々がどのように受けとめているのかを比較・調査した報告書だ。

 調査は電話アンケートで行った,とこの文書には記されている。企業や教育・政府機関のIT関係者,意思決定者などを対象にし,米国,ブラジル,フランス,ドイツ,スウェーデンで2001年の7月の終わりから9月にかけて行ったという。

 これにより,オープン・ソースが世界規模で受け入れられていること,一般的にオープン・ソースのTCO(総所有コスト)が低いと考えられており,それが人々を惹き付けていることなどが分かったという。また冒頭でも述べたとおり,ドイツ,フランス,日本でオープン・ソース/Linuxの支持者が多いことも分かった。ちなみに日本について書かれた部分を以下に引用しておく。

 「日本人はオープン・ソース・ソフトウエア(OSS)とLinuxについて非常によく知っており,また好感を抱いている。この地域では広くLinuxが導入されており,人々はLinuxの方がプロプライエタリ(ソフトウエア・ベンダの独自技術)ソフトウエアよりも低いTCO(総所有コスト)を与えると考えている。多くの日本人回答者はShared Sourceについて何らかの話を聞いたことがある。そしてこうした人々の大半はShared Sourceに対して中立的な考えを持っている。また大半の人々はShared SourceのメリットはOSSと同等あるいは低いと感じている」――(Halloween VIIの原文

 さらにこの文書では,OSS,Linux,GPL(GNU General Public License:オープン・ソースのライセンス形態)を非難することは,Microsoft社に,わずかな効果しかもたらさないばかりか,時には逆効果になることも分かったと記されている。Linuxの特許侵害問題の可能性,オープン・ソース・ソフトウエアの開発手法に説明責任が欠けていることなどを突くのは得策ではない,と結論付けているのだ。

■Raymond氏の分析と対策

 さて,今回のHalloween VIIに対するRaymond氏の感想はどうだろうか? その注釈を読んでみると,同氏が総じて満足していることが分かる。例えば次のように述べている。「過去5年間に我々が訴えてきたことや,とってきた戦略は効果的だった。また,TCOの低さでも,我々はMicrosoft社に勝利しており,人々に強い印象を与えることができた。Microsoft社の情報操作戦略も効果がないことが分かった」(Raymond氏)――

 しかし同氏は,オープン・ソース側が安閑としてはいられないことも示唆している。Microsoft社が今後,今回の調査結果を踏まえた新たな戦略に出てくるだろうと考えているからである。例えば次のような注意を呼びかけている。

 「今後はTCOの問題に目を向けていこう。Halloween VIIの提案通りMicrosoft社が動けば,同社は今後,可能な限りの資金と権力を使ってこの事実を覆そうとしてくる」(同氏)。また同氏はその対策として次のような指摘が効果的だと言っている。「Microsoft社のライセンスについて,ユーザーは絶えず注意していなければならない。我々はそれにかかる時間や人件費について示すのがよい」(同氏)

■一連のリークはMicrosoft社の自作自演との疑いも・・・

 ところで,こうした一連のハロウィーン文書については,Microsoft社による意図的なリークではないか,という疑惑が持ち上がったことがある。例えば1998年に米メディアに掲載されたMary Jo Foley氏の記事がこのことについて説明している(掲載記事)。

 記事によると,「Microsoft社が米司法省や全世界に向けて,同社が独占企業ではないことを示すために,意図的にリークしたのではないか」という見方があったというのだ。つまり,Microsoft社側に立って見れば,こんな好都合なことはない。Linux,Apache,Mozilla といったオープン・ソース陣営と四苦八苦して競い合っているMicrosoft社の“弱さ”を見せることが,独禁法訴訟を有利に運ぶのに好都合であるはずというのだ。

 ところがこれについては,Raymond氏がきっぱりと否定している。これらの文書を故意に漏らすのはMicrosoft社にとって危険すぎるからだという。「プロトコル/サービスの非共有化やオープン・ソースのプロダクトを市場から締め出すといった内容の文書を提示することは,同社が独占禁止法に抵触していることの証拠になってしまう」(同氏)

 しかし,今回の文書が出てきた時期や背景を考えてみると,このあたりは少し“微妙”というしかないだろう。Microsoft社は,Netscape Communications社などの競合企業との訴訟,欧州での反トラスト法訴訟,個人による民事訴訟と,まだまだ多くの訴訟を抱えているからだ(関連記事)。

 ただし,「Microsoft社製品のTCOに関する人々の認識を覆すべく,同社が情報操作戦略に出てくる」,としたRaymond氏の読みは当たっているかも知れない。最近のMicrosoft社の言動を耳にしていると,そう思えて仕方ないのである。

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