「米Microsoftとオープン・ソース陣営の間で争いが再び勃発した」というニュースが5月初旬に伝えられた。ことの発端は同社が公開した,ファイル共有プロトコル「CIFS(Common Internet File Sharing)」の技術文書にある。

 これは同プロトコルの技術情報を記した文書。Microsoft社がロイヤリティ・フリー(使用料免除)で提供を始めたものである。企業などはこの文書に書かれている技術を使って,自社ソフトにCIFSを実装したり,それを販売したりできるようになる。

 CIFSにはMicrosoft社が保有する2件の特許が含まれているが,この技術文書を利用する際はこの特許ライセンス料も免除される。しかし,それにあたっては,Microsoft社とライセンス契約を結ぶ必要がある。

 問題はこの契約内容にあった。このなかでMicrosoft社は,「GPL(GNU General Public License)などの,オープン・ソースのライセンス形態のもとで開発されるソフトウエアは,このライセンスの対象外」と明言したのである(注1)

注1:Microsoft社のCIFS技術文書とライセンス契約はともに同社のサイトで閲覧・入手できる。
・技術文書(Technical Reference):Common Internet File System File Access Protocol
・契約書:Royalty-Free CIFS Technical Reference License Agreement

■CIFSを使う「Samba」がどう影響を受けるか,が焦点に

 これにより大きな影響を受けると考えられているのが,人気のあるオープン・ソース・ソフト「Samba」。SambaはGPLライセンス規約のもとで開発・配布されているソフトウエアであり,CIFSを使っているからである。そして今回のMicrosoft社のこの措置が今,業界に波紋を広げている(掲載記事)。

 CIFSは,ファイル共有プロトコル「SMB(Server Message Block)」のサブセットで,Windowsのクライアントとサーバー間でインターネットを介したファイル共有を実現するプロトコルである。

 一方のSambaは,UNIX/Linux搭載マシンでWindowsネットワークのファイル共有機能をエミュレートするソフトウエア。これをUNIX/Linuxマシンにインストールすれば,Windowsクライアントから,UNIX/Linuxマシンのファイル/プリンタを共有できる。つまり,これを使えばWindowsサーバーのファイル共有技術が不要になるというわけ。昨今のLinuxの普及に伴って,SambaがWindowsサーバーに置き換わる事例が増えている,と言われているのはこのためである。

■GPLを攻撃するMicrosoftだが,BSDライセンスには異を唱えていない

 Microsoft社がオープン・ソース陣営を攻撃するのは,今に始まったことではない。米メディアの言葉を借りると,「(オープン・ソース攻撃が)熱狂的な域にまで達した」のは2001年の6月ごろ。同社はオープン・ソース・ソフトのことを「知的財産権を脅かす“がん”」「ウイルス性がある」と酷評し,その脅威ぶりを訴えていた(掲載記事)。

 「Microsoft社のサーバー製品と競合するものに無料で提供されるオープン・ソースのソフトがあり,それが普及している」。「Microsoft社からすれば,これは目の上のたんこぶ」。同社が今回こうした措置をとった要因はこれにある,とも考えられる。

 しかし問題はそれだけなのだろうか,という疑問が生じる。さらに,もう一つ気になるのは,Microsoft社は今回,同じオープン・ソースでも「FreeBSD」が採用するBSDライセンスに対しては異を唱えていないことである。

 そこで,これはどういうことだろうかと調べてみると,問題はもっと根幹の部分にあることが分かった。それは次に述べるGPLのライセンス形態を知ることで理解できる。

■GPLを「知的財産権を損なうライセンス形態」とするMicrosoft

 GPLは,Richard M. Stallman氏が設立したフリー・ソフトウエアの普及促進団体,米FSF(Free Software Foundation)が策定したライセンス規約である。「ソフトウエアは自由であるべき」という同氏の理念のもと,1984年に始まったUNIX互換ソフトウエア開発プロジェクト「GNUプロジェクト」のために作られた。なおGPL形式でライセンスされているソフトの代表的なものにはLinuxがある。

 同氏が提唱したこの“自由”の理念とは,(1)OSや開発ツールといったソフトウエアを開発者のあいだで共有する自由,(2)開発者がソフトウエアを複製,変更,再配布する自由,(3)ソース・コードを開発者が閲覧する自由,である。これはコミュニティにとっては大きなメリットとなった。ところがこれがMicrosoft社が脅威と感じる元にもなっているのである。

 GPLには,「配布されたソフトを変更したり,それをもとに別のソフトを作成し,配布する場合は,それもGPLの下で配布しなければならない」という規約がある。さらに上記理念の(2)に従って,第三者への無償配布を認める。そして(3)に従って,修正物や新たなソフト(派生物)のソース・コードを公開にしなければならない。

 例えば,ある企業がGPLソフトのソース・コードの一部分だけを使ってそれを自社開発の新たなソフトに組み込んだとする。するとそれは派生物となり,企業はそのソフトのソース・コードを公開しなければならなくなる。またサード・パーティの企業からライセンスを受けたソフトに,GPLソフトを組み合わせて派生物を作った場合は,そのサード・パーティのソフトも公開しなくてはならなくなる。

 企業にとってはこれが最大の問題と言われている。「独自開発した技術のどの部分を公開して,どの部分を公開しなくてよいのか」という基準がGPLでは分かりにくいのである。その解釈がFSFやベンダー,各国の法律と照らし合わせたときに,様々に異なっており,曖昧と言われている。

 つまりGPLでは,「企業が自社の知的財産を自らが明確に管理できない」ため,「知的財産権を損なうライセンス形態」である,というのがMicrosoft社がGPLに対して警戒心を強めているゆえんである。

 一方,BSDライセンスの場合は,再配布する際に著作権表示を行うことのみを条件としている。つまり派生物についてソース・コードの開示を義務づけていない。このためBSDは,制限の“緩い”,商用化しやすいライセンスと言われている。ちなみにWebサーバーの「Apache」もこれに似たライセンス方式を採用している。

■Microsoft社に迫るLinuxの脅威

 GPLに対してガードを固めた格好になったMicrosoft社だが,同社にはもっと大きな問題がのしかかっている。GPLの代表的なソフトLinux(注2)である。このLinuxも,これまで以上にMicrosoft社の脅威となってきている。

注2:厳密には,Linuxカーネル(OSの基本部分)とGNUのソフトウエア群などで構成される「Linuxディストリビューション」

 Webサービスの基盤技術となる「.NET」を今後の主要戦略に掲げているMicrosoft社にとって,サーバー市場は極めて重要である。

 こうしたなか,米IBMや,米Dell Computer,米Hewlett-Packard(旧Compaq Computerも含む)といった大手サーバー・ベンダーが,こぞってLinuxへの対応・支援を進めている。これら大手ベンダーは,これまでに数十億ドルという資金をLinuxに投入していると言われている。このことから「大手によるLinuxへの支持が増えれば増えるほど,.NETへの脅威も大きくなる」(米AberdeenアナリストのBill Claybrook氏)という構図が生まれている。

 Linuxの拡大はサーバー側だけではない。これまでオフィス・スイート製品などのアプリケーションが充実していないなどの理由から,Linuxのデスクトップ分野への進出はまだ先のこと,と言われていた。しかしここ最近は,この分野へ積極的に進出を進めている企業が増えている。

 例えば米Sun Microsystemsが安価な製品「StarOffice(注3)新版の出荷を始めるなど,Linuxのデスクトップ利用の環境も整いつつある。

注3:「StarOffice 6.0」。ワープロ/表計算/プレゼンテーション/ドローイング/データベースの5種類のソフトウエアからなるスイート製品。Linux,Solaris,Windows上で動作し,10カ国語に対応する。米国における小売価格は75.95ドル。企業の場合は,ユーザー数によって異なり,1本当り25ドルから50ドルとなる。教育関係者は,メディア(CD-ROM)代と送料のみで入手できる。

■Microsoftのソース・コード公開は,一般的なオープン・ソースとは一線を画す

 「オープン・ソースは“破綻”のモデル」として,頑なに主張を変えないMicrosoft社だが(関連記事),同社自身も自社ソフトのソース・コードを公開している。最後にこれを見てみよう。

 これは,2001年に5月に発表した「Shared Source」と呼ぶライセンス・プログラムに基づいて行われており,これまでに同社は,Windows for Smart Cards ToolkitやWindows(Windows 2000,Windows XP,Windows .NET Server,Windows CE 3.0,Windows CE .NETなど)のソース・コードを公開している。また今年3月にはプログラミング言語C#と共通言語プラットフォームCLI(Common Language Infrastructure)のソース・コードも公開している。こちらはWindows版のほかFreeBSD版も用意している。

 現在のプログラム数は合計8つあり,同社はこれらを企業,SI(システム・インテグレータ),政府機関,OEM,研究機関,教育機関,開発者などに提供している。

 しかし,そのほとんどが「閲覧のみ可能」という状態。つまりそこには「ソース・コード修正の禁止」を明記しているのである。なかにはこれを認めるプログラムもあるのだが,その場合は「商業利用の禁止」となっている。

 つまり,Shared Sourceの目的は「ソフトウエアの知的所有権を維持しつつ,学術,研究用途に限り,大学やパートナ企業のソース・コード利用を認める」(関連記事)というもの。一般的なオープン・ソースとは一線を画しているのである(各プログラムの詳細は同社のWebページに掲載している)。

 なお米国のメディアでは,Microsoft社のこうした一連のソース・コード公開は,「独禁法訴訟の是正措置を有利なものにするため」とする見方が多い。

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