ここのところ米Microsoftのビジョン(新製品計画・新構想計画)の発表が相次いでいる。業務プロセスの統合を目指す新計画「Jupiter(ジュピター)」,Microsoft Office XPの次期版「Office 11」,そしてこのOffice 11と同時期(2003年半ば)にリリース予定の「XDocs」といった具合である。Microsoft社はこれらで同社の資産の活性化を図りたいとしている。

 Microsoft社の製品を取り巻く状況は厳しいものになりつつある。巨人・Microsoft社といえども,安閑としていられない状況にある。ここ最近のニュースを見ても,「米Sun MicrosystemsのLinuxパソコン」「LindowsOS搭載の200ドル・パソコン」「米HP(Hewlwtt-Packard),米Dell Computer,米Gateway,ソニーのOffice離れ」などが報じられており,他社の動きが活発なことがよく分かる。

 今回のMicrosoft社の一連の新計画は,こうしたライバル勢の動向と直接的な関連性があるのだろうか? これらの新計画にはどのような製品戦略があるのだろうか,と裏読みしたくなるのである。今回は米国でいち早く報じられたメディアやアナリスト観測,そしてMicrosoft社幹部のコメントなどをチェックしながら,この疑問に迫ってみたい。はたしてMicrosoft社の真の狙いはどこにあるのだろうか?

■「MSはJupiterでOfficeと同じことをやろうとしている」と米メディア

 まず,同社が先週発表したJupiterについて見てみよう。米国時間10月8日に出されたプレスリリースの言葉を借りると,Jupiterとは「企業のシステムやアプリケーションを連携させるコネクテッド・ビジネスの実現を確実なものとするためのソリューション」である。またJupiterはこのソリューションを開発するためのプロジェクトの名称でもある。

 Microsoft社は「既存のeビジネス・ソフトウエアの多くは,特定の用途に特化しているため,ほかとの接続ができず,全体的に複雑」(eBusiness Servers担当ジェネラル・マネージャのDavid Kiker氏)と考えており,「(Jupiter計画では)この問題の解決に真正面から取り組む」(同氏)という。

 またこのJupiterでは核となる「ビジネス・プロセス管理」「相互接続性」「統合」「コンポーネント」の4テーマがあり,これらによって「すべての製品をシームレスに容易に結合し,顧客のアプリケーション要件に必要なコンポーネントだけを確実に選択できるようにする」(Microsoft社)という。

 こうしてみると,Jupiterは壮大な計画のようで,まだまだ具体像がつかめない。しかしMicrosoft社は1つだけ具体的な製品概要を示している。同社はこの計画の一環として3つのサーバー・ソフトを1つにまとめて提供するという計画を立てているのだ。

 それは,(1)業務システム/データ連携ソフト「BizTalk Server」,(2)Webコンテンツ管理ソフト「Content Management Server」,(3)電子商取引サイト構築用ソフト「Commerce Server」を一体化したものである。これにより「eビジネス・サーバー環境における複雑性や機能の重複を削減する」(同社)という。

 Jupiterに関しては今のところ,これ以上の具体的な説明はなく,よく分かりにくい。しかし,Microsoft社の狙いが何であるかということについては,米メディアがある程度の観測を流している。それによると,「Microsoft社はeビジネス・サーバー・ソフトでMicrosoft Officeと同じことをやろうとしている」というのだ。

 同社は1990年代のはじめに,当時市場を席巻していたワープロ・ソフト「WordPerfect」に対抗すべく,「Microsoft Word」「同Excel」「同PowerPoint」の3製品を1つにまとめてMicrosoft Officeを作った。このOfficeをWordPerfectとほぼ同じ価格,また3製品のいずれの単体価格とも同程度の価格で販売して,WordPerfectのシェアを奪った。

 米メディアは,Microsoft社はこれをサーバー・ソフトでやろうとしている,と見る。3製品を低価格で提供することで,J2EE(Java 2 Enterprise Edition)勢であるSun社,米IBM,米BEA Systemsなどのライバルに勝負を挑もうとしている,というわけである。

■XDocsはXMLデータ収集・再利用ツール

 次にJupiter発表の翌日に明らかにされたXDocsについて見てみたい。実はこのXDocsはJupiterと密接な関連性をもってMicrosoft社の製品戦略を支えるものと考えられている。

 まずはXDocsについて簡単に説明しよう。XDocsの場合はJupiterとは異なり,すでにある程度の情報が出ているので実像がつかみやすい。これまでに明らかにされた一連の情報をまとめてみると,XDocsは「Office用XMLデータ収集・再利用ツール」ということになる。このソフトはOffice製品系列に追加される形で提供され,出荷はOffice 11と同時期の来年半ばになる見込みである。

 XDocsはデータベース・ファイルやサーバーの情報を取り込み,それをフォーム・ベースのインタフェースに統合してOfficeで表示できるようにするソフトである。このフォームとは書式のこと。発注書や申請書など,枠や罫線が入った紙の書類を思い浮かべるとよい。これにより,「コンピュータの世界にこれまであった表計算書類とワープロ書類の境がなくなる」(米Meta GroupアナリストのDavid Yockelson氏)という。

 XDocsを使うと各種の情報源のデータをフォーム上で一元的に表示できるようになる。情報の種類に応じて異なるソフトを使い分ける必要がなくなるのだ。またユーザーが新たに入力した情報は,XMLデータとしてさまざまな用途で再利用できるようになる(関連記事1関連記事2)。

 つまり,このフォームを作るソフトがXDocsで,このフォームを利用してユーザー・インタフェースを提供するソフトがOfficeというわけである。アナリストによると,このフォーム機能は米Adobe SystemsのPDF(Portable document file)フォーマットに見られるようなものだという。また,データ収集機能は米IBMの「Lotus Notes/Domino」に見られるようなものになるという。

■XDocsでOfficeの新機軸を打ち出す

 XDocsは単体ではその効果を発揮しない。前述のJupiterや企業向け文書管理サーバー・ソフト「SharePoint Portal Server」,企業向けチーム共有サイト構築ソフト「SharePoint Team Services」などと組み合わせることにより,「初めて強力な情報共有システムが完成する」(David Yockelson氏)という。

 このことは何を意味するのだろうか? もうお気づきの方もいると思うが,つまりMicrosoft社は,これらサーバー群のデータとデスクトップをつなぐためのフロント・エンドとしての役割をOfficeに持たそうとしている,と考えられるのだ。XDocsはそれを実現するための“鍵”となるソフトウエアと言える。

 では,Microsoft社はこれによって何を目指しているのだろうか? これについては米国アナリストの観測が出ている。それによると,「(この方向性は)Microsoft社のナレッジ・ワーカーに向けた戦略と一致する」のだという。

 「Microsoft社はOfficeの市場をナレッジ・ワーカーの市場に変えたいと考えている。XDocsはOfficeをこの市場に進出させるためのステップとなるものだ」(米Gartner上級アナリストのDavid Smith氏)

 このナレッジ・ワーカーとは最近Microsoft社が好んでよく使うキーワードで,情報技術に長けた知識プロフェッショナルというような意味である。

 以上のことをまとめると次のようなことが言えると思う。「Microsoft社はOfficeの機能を強化するとともに,“ナレッジ・ワーカー”というキーワードを用いて,新たなイメージ戦略を展開しようとしている」――。ではなぜそのような必要があるのだろうか? これについては裏付けとなるデータがある。

■真の狙いはOfficeの再生

 Microsoft社は,デスクトップ・アプリケーションの分野で市場の90%以上のシェアを確保している。しかしこの数年でその売上高が伸び悩んでいる。

 図1は,1998~2002会計年度における同社の売上高推移を表しているが,同社の全体の売上高が右肩上がりなのに対し,Officeを含む「デスクトップ・アプリケーション」カテゴリの売上高は2000年以降横ばいが続いている。

 このデスクトップ・アプリケーションの売上高は同社の全売上高の1/3を占めている。またWindows製品で構成する「デスクトップ・プラットホーム」カテゴリのそれを上回っているのである。

図1 米Microsoftの売上高および売上高構成の推移

出典:米Microsoft

 同社としては,この大変重要な部分の売上高をぜひとも回復させたいところ。冒頭のようなパソコン・メーカーのMicrosoft離れも気になるところだろう。

 そこで,Jupiterでビジネス・プロセス環境を簡素化し,相互接続性を高める。Officeを機能強化して,Jupiterに容易に接続できるようにする。これによってOfficeをナレッジ・ワーカー向けの“新しいソフトウエア”というイメージを作ろうとしている。つまりMicrosoft社は稼ぎ頭であるOfficeの商品価値の再生を図ろうとしている。同社の真のビジョンは,ここにあると考えられるのである。

 なお,これらの新ビジョンはまだ発表されたばかりで,この先どういう展開になるかはまだ謎に包まれている。今後も注目していきたいと考えている。

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