米Microsoftが米国の独占禁止法(反トラスト法)違反に問われた裁判で,Colleen Kollar-Kotelly判事が出した裁定はMicrosoftに大きな勝利をもたらしたと報じられている(関連記事)。えげつない独占の実態を暴かれて絶体絶命の状態にあったMicrosoftが,ほとんど無傷で逃げ切ってしまえたことに驚きを感じている人は多い。しかし今回の訴訟はMicrosoftが直面する法廷闘争の1つにすぎない。これからもMicrosoftは多岐にわたる訴訟に対峙していかなければならない。しかもそのうちのいくつかは,より広範な有罪の評決が出ている。Microsoftがなお抱えている訴訟をいくつか見てみよう。

Kollar-Kotelly裁定への上訴:和解に達していない13の州とワシントンD.C.はKollar-Kotelly裁定が公共の利益に反すると判断した場合,連邦最高裁への上訴が可能だ。実際に,多くの競合企業が和解前の州に対して上訴を働きかけている。米Sun Microsystemsが各州政府に対して上訴を要求する文書を出したほか,AOL Time Warnerで法務を担当するPaul Cappuccio上級副社長はKollar-Kotelly裁定を「こんな間抜けな和解案にお墨付きを与えるなんて愚の骨頂だ」とあざけるコメントを出している。この裁定については抜け穴だらけだと指摘する声もある。1995年に司法省とMicrosoftとの合意に基づいて出された同意判決の二の舞になるというのだ。この同意判決は,Gates会長とMicrosoftがインターネット市場を席巻してしまわないようにとWindowsとInternet Explorerの抱き合わせの強要を禁じていたが,やはり抜け穴があったことから実質的に無意味になり,今日の独占状態を許してしまった経緯がある。

競合企業による提訴:Microsoftの競合企業自身もカードを持っている。最初のMicrosoft訴訟で,Thomas Penfield Jackson判事がSun,米Netscape Communications(当時。現在はAOL Time Warnerと合併),米Beの3社がMicrosoftの妨害行為によって損害を被ったと認定した。この裁定はその後の上訴審でも支持されている。これを受けて3社はそれぞれ損害賠償を求める裁判を起こしている。中でもNetscapeは司法省がMicrosoftとの裁判で中心に据えていた被害企業であり,特に興味深い。他企業と同様,Netscapeは金銭による損害賠償を求めているが,加えて裁判所に対しても,積極的な競争の促進と,競争の妨害行為の禁止をMicrosoftに命令するよう求めている。またSunはMicrosoftがインターネットの「門番」のような立場になることを阻止しようとしている。Sunの損害賠償の請求額は数十億ドルに上る。

欧州での反トラスト法訴訟:欧州連合(EU)はMicrosoftのサーバーとメディア・プレーヤが反トラスト法に違反している疑いがあるとして捜査中だ。EUの執行機関である欧州委員会(EC)は先週,2002年末までに裁定を出す意向を表明した。米連邦での訴訟が一段落したため,EUも究明を開始すると見られる。しかし欧州のケースではMicrosoftへの訴えは少し内容が異なる。これは反トラスト法がEUと米国とで異なっているためだ。「EUにはEUで遵守すべきルールがある」とEUの報道官は話している。欧州でのMicrosoft訴訟は,SunがEUに対して「Microsoftのサーバー・ソフトがSunを含めたサード・パーティ製品の統合を難しくする作りになっている」と訴えたのが発端である。これを受けてEUは,Microsoftが不当なライセンス契約を結び,Sunをはじめ競合企業が必要としている技術情報の提供を拒んだ事実をつかんだ。実はこのEUでの訴訟はMicrosoftにとって最大の事案になる可能性がある。理論上,EUはMicrosoftの全世界での売り上げの最大10%の罰金を科すことができるためだ。

個人による訴訟:2年前,Microsoftが反トラスト法を大きく逸脱しているという有罪判決をJackson判事が出したとき,数百人に上る個人がMicrosoftに対する民事訴訟を起こした。その多くは,Microsoftが消費者に対して不当に高い値段でWindowsを販売しているという,上訴審での事実認定に基づいて起こされた。しかし多くの訴訟はひとまとめにされ,消費者保護法のない州では法解釈の問題で破棄されている。消費者が製品を製造者からではなくサード・パーティから購入した場合(ここではWindowsをMicrosoftからではなくPCメーカーから購入した場合)に,この種の訴訟から企業を守る連邦法があるのだ。それでもまだ60件以上の訴訟が残っており,そのいくつかは10億ドル単位の負担をMicrosoftに要求するものだ。厳格な消費者保護法があるカリフォルニア州では,Jackson判事の事実認定にある412項目のうち382項目を認めたケースがある。メリーランド州でも同様に厳しい認定が下りつつある訴訟が起きている。10億ドル単位の賠償請求があるのはこの2州だけである。カリフォルニア州の件は2003年2月から公判が始まることになっている。

台湾での反トラスト法違反の疑い:この件は現在和解に向かいつつあるようだが,実は台湾ではまた別の件での反トラスト法違反の疑いが持たれている。ところが今週までに新しい動きがあった。和解交渉が始まる前に台湾のある消費者保護団体がMicrosoftに対して製品価格を75%引き下げる要求を出したのだ。公正取引委員会の力では台湾のカスタマを食い物にするようなMicrosoftの行動を止められないだろうというのがこの団体の言い分だ。そして台湾の当局に対してもKollar-Kotelly裁定は無視して台湾独自の判断を下すことを求めている。聞けば聞くほどエキサイティングな話で,台湾とMicrosoftがうまく合意に至ることを期待したい。

 しかし,これだけの訴訟を抱えていたところで何か変わりがあるのだろうか。Microsoftは400億ドルの流動資産を持ち,経営陣は精鋭,そして大勢の開発者が製品の改良に心血を注いでいる巨大企業だ。PC向けのOSとオフィス・アプリケーションという2大ソフトウエア市場で,競争がかつてないほど激化している現在ですら,およそ95%を握ってしまっている。法廷闘争くらいでMicrosoftの勢いを止めることはとてもできそうにない。ましてこれまでに直面した中で最大の危機が,司直自身の手によって骨抜きにされてしまった今では。米政府がこのソフトウエア会社を相手取った歴史的な反トラスト法違反の訴訟を起こしてから5年,業界の勢力図は激変した。しかしそれでも何ら変わることのない事実がある。Microsoftは依然としてこの業界を支配しているし,当分の間はこのまま支配し続けるだろうということである。