これまで無料で提供してきたネット・サービスを今秋からブランド名を変えて,有料にする――先週ニューヨークで開催された「Macworld New York 2002」で米Apple ComputerのSteve Jobs氏は,このように宣言した。同社は「iTools」としてMacintoshユーザー向けに,電子メール・サービスやディスク・スペースを無料で提供してきた。「xxxx@mac.com」というメール・アドレスを見たことがある人もいるだろう。これはiToolsを使ったものだった。

 ところがJobs氏は基調講演の中で,「iToolsは今年9月30日で終わる。今後はこれに代わる新サービス,『.Mac』(ドット・マック)を始める」とぶちあげたのである(関連記事)。.Macの利用料は年間99.95ドルという。

 有料化の理由として同氏は,Yahoo!やMSNの同様のサービスがすでに有料化されていること,iDriveなどの無料オンライン・ストレージ・サービスが撤退に追い込まれたことを例に挙げ,「(Macintoshの)外の状況が大きく変わっている。我々もこれを反映させなければならない」(同氏)と説明した。

 Apple社のサービスのように,無料のサービスは徐々に減り,現存するネット・サービスは有料化への道を一途にたどっている。今回は,こうしたネット・サービス環境の変化を振り返るとともに,この状況を生み出した背景について考えてみたい。

■無料サービス全盛の時代に登場したiTools

 まず,iToolsとはどんなサービスだったのかをざっと見てみよう。Apple社がこのサービスを始めたのは2000年1月のことである。同社は,新たに打ち出したインターネット戦略のもと,4種類のサービスを開発し,それを総称してiToolsと呼んだ。(1)Apple社のサーバーを参照して子供が不適切なサイトへアクセスするのを制限する「KidSafe」,(2)「xxxx@mac.com」というアドレスを取得できる電子メール・サービス「Mac.com」,(3)Apple社のサーバーにユーザ用の無料ディスク・スペースを提供する「iDisk」,(4)Apple社のサーバーにホームページを作れる「HomePage」である(当時の発表資料)。

 またApple社はこのとき,電子グリーティング・カード・サービスの「iCards」とWebサイトのレビュー・ガイド・サービス「iReview」も始めている。

 今年初めには,デジタル写真管理ソフトウエア「iPhoto」の提供を開始し,このソフトとiToolsのHomePageとを連携させたサービスも始めている(発表資料)。このうち,KidSafeとiReviewは利用者数が少なかったのか,運営が困難だったのか,あまり理由を定かにしないままサービスを停止してしまった。しかしそれ以外のサービスはこれまでずっと無料で提供されてきたのである。

 その目的は,Macintoshの利便性をアピールすることにあった。折しも当時は無料ネット・サービス全盛の時代。Apple社もその流れに乗ってMacintoshとインターネットを密接に結びつけた利用法を提案したのである。

■2000年末から有料化に走り出した米Yahoo!

 しかしその後,同社がお手本にしていたはずの他社サービスの状況が一変してしまった。例えばその変容ぶりがよくわかるのが米Yahoo!である。

 Yahoo!社は,2000年の終わりころから本格的に有料化の検討を始め(掲載記事),翌年の2001年に入って,その具体策を一気に推し進めた。

 まず4月には有料の株価/金融情報配信サービスを開始(発表資料),5月にはインタント・メッセージング(IM)サービス「Yahoo! Messenger」を使ったインターネット電話の有料化(掲載記事),小企業向け有料メール・サービス(関連記事)を発表した。さらに8月にはGeoCitiesにおける有料のWebホスティング・サービスも明らかにしている(発表資料)。

 同社の有料化戦略は今年に入っても続いている。1月には有料の検索サービスを開始(関連記事)。そして4月には電子メールのPOPアクセスと転送サービスを有料化した。また同月には有料ゲーム・サービスも始めている(関連記事)。

■業績低迷に泣いた2001年

 Yahoo!社がこうした有料化戦略に切り替わった背景には何があったのだろうか? US NEWS FLASHでもこれまで同社の業績ニュースを報じてきたが,そうしたニュースと有料化戦略の時期を照らし合わせて見てみると,浮かび上がってくるものがある。

 Yahoo!社の2000年通期の業績は,売上高,純利益ともに対前年比増となった。同社は好調のうちに新ミレニアムを迎えることができたのである(関連記事)。しかし次の四半期(昨年の第1四半期)になると状況が一変する。一転して大幅な減収減益にみまわれた。Yahoo!社はこのとき,従業員削減をはじめとする合理化/コスト見直し策を発表して,切り抜けようとした(関連記事)。

 また売上高だけをみても当時の状況がよくわかる。2000年第4四半期に3億1087万3000ドルあった売上高は,次の四半期には1億8020万ドルに激減し,その後,1億8217万ドル(2001年Q2),1億6610万ドル(2001年Q3),1億8890万ドル(2001年Q4)と横這い状態が続いた。もうおわかりであろう。Yahoo!社がしきりに有料化を進めた時期と,この業績不振の期間がちょうど一致しているのである。

 なお売上高は今年の第2四半期で2億2580万ドルとなった。ここにきてようやく回復の兆しが見え始めたという感がある。

■ビジネス・モデルの模索と淘汰が続く

 そもそも昨年のYahoo!社の業績不振は,一昨年の終わりごろ(Yahoo!社がちょうど有料化を本格的に検討し始めたころ)から予測されていたものである。このころアナリストや記者は「ネット・バブルが崩壊したことで,今後は無料化のモデルが成り立たなくなる」という観測を流していた。

 当時の彼らの説明はおおむね次のようなものだった。

 「90年代に急成長したドットコム企業の運営資金は,本業の営業収入ではなく,ベンチャー・キャピタルなどから集めたお金によってまかなわれていた。しかし,ネット・バブルが崩壊したことで,これら投資家から資金が集められなくなり,今や多くのドットコム企業が廃業を迫られている。これによりYahoo!社をはじめとする無料ネット・サービス企業は,ドットコム企業からの広告収入を得られなくなっている。もちろんこうしたネット・サービス企業に対する投資も冷え込んでいる。彼らは今後,生き残りをかけて,従来型(有料)のビジネス・モデルへの移行を推し進めていく」

 その後の状況を見ると,彼らの分析はみごとに当たっていた。例えば,かつて新時代のビジネス・モデルとして脚光を浴びた無料インターネット接続サービスはその多くが廃業に追い込まれた。無料の電子メール/オンライン・ストレージ/Webホスティング・サービスも多くが消え去った。電子グリーティング・サービスは有料化に伴いユーザー数が激減した。Yahoo!社がオークション・サービスを有料化したことを機に,イーベイジャパンはユーザー数の増大を図るべく,手数料の無料化に踏み切ったが,日本市場からの撤退という結果に終わってしまった(関連記事),などである。

 これらはほんの一例に過ぎない。しかしネット・サービス業界が,昨年1年でいかに淘汰されたのかがよく分かるだろう。その一方で,Yahoo!社などは広告収入依存型からの脱却を図るべく,生き残りをかけた模索を続けていたのである。もちろんこの模索は今も続けられている。

■.Macは大きな収入にならないが…

 話をApple社に戻そう。iToolsは広告をとらない,まったくの無料サービスだった。これはYahoo!社などとは異なる大変珍しいケースである。

 Steve Jobs氏によると,iToolsの1年前の登録者数は110万人だった。これが今では220万人にまで増えたという。今回の有料化でApple社はどれだけの収入を得られるのだろうか? 無料サービスから有料サービスへの移行に伴うリテンション・レート(ユーザー保持率)は通常10%といわれている。つまり単純計算して,Apple社は年間2200万ドルを得ることになる。しかし同社の年商はほぼ60億ドル。全体からする微々たるものである。

 これについてはApple社も「.Macによって大きな収入を得るつもりはない」(Worldwide Product Marketing上級副社長のPhilip Schiller氏)と説明しているが,ではなぜ,同社はここにきて有料化に踏み切ったのだろうか? Schiller氏は米CNET News.comのインタビューに答えてこう述べている。

 「.Macを持続可能なビジネス・モデルに持って行かなければ,(.Macに対する)さらなる投資はできない」(同氏)

 なるほど。“.Macから得られる収入は微々たるものでかまわない。しかし無償提供を続けられるほど状況は甘くない”ということなのか。Yahoo!社などと少し似たような状況にあるのかもしれない。さらにApple社は,「今後.Macに新サービスを追加し,Macintoshのエクスペリエンスを高めていく」(Philip Schiller氏)という狙いもあるようだ。こちらではOSの普及に向けた模索が続けられているのだろう。

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