ロープ際へと追いこまれた米Napsterが次々と譲歩の姿勢を見せ始めた。たとえば米国時間3月2日に開かれた審理のなかで,同社は海賊版と見られる100万個の音楽ファイルをサービス・リストから外すことを約束した。

 この100万ファイルは,異なる100万曲を意味するものではない。ファイル名はユーザーが勝手につけたものだから,名前が違っても曲は同じだったりする。Napster社が締め出すと宣言した100万ファイルは,約5600曲に相当すると見積もられる。もっとも原告RIAA(米レコード協会)側の弁護士は,「これでは手ぬるい」と反発する。連邦地裁のMarilyn Patel判事が,いつ,どのような内容のPreliminary Injunction(本裁判前の事前措置)を下すかは,現時点では定かではない。

 仮に紆余曲折を経るにしても,レコード・映画業界側が今後とも,圧倒的に優位な立場に立っていることは間違いない。彼らはここまで新著作権法「DMCA(Digital Millennium Copyright Act)」を盾に,Napster裁判だけでなく,MP3.comオンラインでのマルチメディア・ファイル共有サービスの米ScourDVDの暗号解読のDeCSSなど,インターネット上の著作権に関連する多くの裁判で勝利を納めた。次々と海賊版の芽を摘んでいるのだ。

 Napster以外にも存在するピア・ツー・ピア(peer-to-peer)のサービスに対しても,今後厳しく追求し,必要とあらば法的措置に訴える見込みだ。レコード業界は豊富な資金力と人力に物を言わせて,著作権を脅かす新たな敵を徹底的に叩き潰す構えをみせる。ピア・ツー・ピア・サービスの数はきわめて多い。数に安心して,「まさか俺たち全部を追跡するようなことはしないだろう」とタカをくくっていた類似サービス業者も,これまでのように安閑としていられなくなった。

 しかし海賊版の締め出しは,こうした業者にとって痛しかゆし。確かに,Napster社のサービス見直しで行き場を失う新規ユーザーを獲得するチャンスを逃してしまう面がある。かと言って,このまま海賊版の流通を野放しにしておけば,レコード業界などから巨額の損害倍賞を請求される危険性がある。どちらの道を選択するか,類似業者はこれから難しい選択を迫られることになる。

 ただ一つ言えるのは,現状のまま野放しにはできないということだ。たとえばScour社が会社更生法を申請して店仕舞いしたのは,映画業界との裁判に破れたためではない。あまりの倍賞金額の大きさに恐れをなした投資家が同社を見放し,資金繰りが悪化したためだ。

 一連の裁判を巡っては,実際に海賊版を交換し合っているユーザーたちは,傍観を決め込んでいた。Napster社のサービスだけで推定6200万人の登録利用者がいる。「まさか,一人ひとりを訴えないだろう」と,ユーザーもタカをくくっていた節がある。

 ところがレコード業界側は今後,たとえば米Gnutellaのような中央管理システムのないピア・ツー・ピアのサービスに対しては,見せしめに一部のユーザーを起訴する構えを見せている。こうなるとユーザーも,これまでのように伸び伸びと海賊版を交換するわけにはいかない。

 Napster社は海賊版を締め出し,いずれはドイツのBartelsmannと共同でサービスの有料化に乗り出す。こうした動きを受けてユーザーは今後,無料で音楽を入手するために様々な手を打つだろう。類似サービスへ乗り換える以外にも,Napster社のサービスで知り合った愛好家同士が,自分たちで独自の交換システムを開発して海賊版の交換を続ける動きもある。

 しかし筆者の感触では,こうした地下経済が広範囲にはびこることはないように思われる。経済の原則に「Opportunity Cost」というのがある。これは,「同じ労力やお金を費やすなら,小を捨てて大を取る方が得」という考え方である。

 わずか数ドルの音楽ファイルをケチるために,苦心して新システムを開発したり,起訴されるかもしれないとビクビクしながら利用する意味がどこにあろう。その労力や時間を,他の有意義な目的に費やした方が総合的には得るところが大きい。

 Napster社の裁判をキッカケに,音楽業界は今後オンライン・サービスへとシフトしていくだろう。有料でこれを聞くことになるが,CDを買っていた時代に比べれば,ずっと安く手軽に音楽コンテンツを入手できるようになるはずだ。

 支払うべきものは払って,のびのびと聴いた方がよっぽどスッキリする。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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