音楽ファイルの無料交換サービスを提供する米Napsterを巡る裁判は先週末,目まぐるしい展開を見せた(Napsterの詳細に関しては下掲の参考文献を参照)。まず裁判が始まった米国時間7月26日に,サンフランシスコ連邦地裁のMarilyn Patel主席判事がNapster社に対し,事実上のサービス停止を命じる事前差し止め命令を下した。

 Napster社側の弁護士David Boies氏(米Microsoftの独禁法裁判で司法省側に勝利をもたらした)らは,さっそく控訴裁判所に提訴。これを受けてサービス停止の事前差し止め命令が有効になる期限ギリギリの28日に,控訴裁の2人の判事が延期の仮判決を下し,Napsterは首の皮一枚で生き延びた。いったんサービスを停止すれば,一審判決を待たずしてNapster社の命運は事実上尽きると見られていたのだ。

 Patel判事がNapster社に厳しい命令を下した理由は,「バーター市場で実際に取引されている音楽ファイルのほとんどが著作権法違反であることを知りながら,Napster社はそれを助長する態度を見せていた」というもの。一方,それを覆す裁定を下した控訴裁の判断は,「Napster社のサービス停止という措置に,(違法コピーのバーターを食い止めるうえで)どの程度の効果があるのか,重大な疑問が提起された」ということだった。

 控訴裁の見解には説得力がある。Napster社の登録利用者数は2000万人以上(Napster社の公表値)。1日に50万~80万人が同社のサービスを利用しているが,これは全米のインターネット・ユーザの1~2%程度に当たるという。Napster社にサービス停止命令が下った瞬間,この膨大な数のユーザが類似サイトに雪崩を打って移動し始めたのだ。

 インターネットにはGnutellaやFreenetをはじめ,多数のファイル交換サービスが存在する。そのうちの一つである http://www.gnutella.wego.comでは,普段のヒット数が1日30万回程度なのに,Napster社のサービス停止仮命令が下った当日には,一気に120万回に膨れ上がった。Freenetサービスの利用者も急増しており,同ソフトをダウンロードできるサイトはパンク状態だ。

 これら類似業者のサービスは,中央集権型のNapster社のそれとは異なっている。ファイル交換を管理する中央データベースが存在しない,いわゆる分散型である。さらにファイルを暗号化して,一体何を交換しているのか判別できなくしたサービスもある。こうしたサービスでは,違法コピーをつきとめるのは至難の技だ。Napster社を追い詰めることで,RIAA(米レコード産業協会)を中心とする音楽業界は,むしろ事態を悪化させた感がある。

 夏場のせいか目立ったニュースの少ないIT業界では,驚くほど強い関心がNapster社に集中している。今後,後に続けとばかり,新たなファイル交換サイトが続々と誕生するだろう。音楽業界はパンドラの箱を開けてしまったようだ。

 26日の審理で陳述した原告RIAA側の弁護士は,「今のペースが続けば6カ月以内にNapster社のユーザ数は7000万人に膨れ上がる。現在でも1分間に1万4000曲の音楽コンテンツが違法に取引されている。これは歴史上,最大の著作権侵害事件だ」と訴えた。

 しかしNapster社だけを取り締まったところで,最終的な結果は変わらない。Napster社のサービス停止命令後の動きは,ファイル交換サービスに走るユーザの流れを抑えられないことを如実に示している。控訴裁の仮裁定は,こうした判断に基づくといえる。

 一審の審理はこれから本格化する。しかし判決の行方は想像できる。「一審はNapster社が負ける」というのが衆目の一致するところ。連邦地裁のPetel判事はNapster社に対し,極めてネガティブな見解を持っている。今後の裁判で被告Napster社側の弁護士がどのような論証を展開しようと,判事が抱いた最初の印象を覆すのは難しいとされる。

 Napster社裁判のここまでの展開は,Microsoftの独禁法裁判に驚くほどよく似ている。当初ワシントン連邦地裁のThomas Jackson判事はMicrosoft社に対し,Internet Explorerを搭載したWindowsの出荷差し止めを命ずる仮判決を下した。それを,控訴裁が出荷を認める逆転裁定を下し覆した。ご存知の通り,その後Microsoft社は一審で敗訴し,現在上級裁での審理を待っているところだ。Napster社の裁判も恐らく,同様の経緯をたどることになろう。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

◎関連記事
米高裁,Napsterの業務停止命令執行を延期
Napsterが連邦高裁に控訴,ユーザにCD購入を呼びかけるキャンペーン開始
家庭ネット・ユーザの45%がNapsterのサービス停止に反対
「Napsterは音楽業界の敵ではない,味方にすれば市場は急拡大」と米調査会社
米レコード協会と米音楽出版協会が,差し止めを求めNapsterを提訴
音楽もビデオもタダに? 娯楽産業を震撼させるファイル交換ソフト