米Napsterが有料化に向けて,独メディア・コングロマリットBertelsmann社と提携するという発表は,世界の音楽業界に衝撃を与えた。米国時間11月1日付けのニューヨーク・タイムズ紙は,このニュースを一面トップとして扱った。

 Napster社が手掛けるサービス「Napster」は日本の一般消費者には馴染みが薄いかもしれない。しかし,「20世紀に確立された音楽の流通システムを根本的に変える」といわれるほど,重要な意味を持っている(Napsterの詳細については,音楽もビデオもタダに? 娯楽産業を震撼させるファイル交換ソフト を参照されたい)。

 Bertelsmannはその傘下に,巨大レコード会社のBMGを抱えている。同社は1999年に,「自分たちの販売するCDが不法にコピーされ,バーター取引されている」という理由で,ソニー・ミュージックエンタテインメント,米Virgin Records America,米Motown Recordといった主要レコード会社とともにNapster社を告訴した。裁判は現在,米国の連邦地裁で争われている。その判決を待たずして,原告Bertelsmann(=BMG)社が被告Napsterに助けの手を差し伸べ,サービス有料化への資金援助を申し出たのである。しかも,「Napster社が有料化に移行し,著作権料を支払えば,訴訟を取り下げる」と,早々と和解宣言までしてしまった。

 一体,Bertelsmann社に何が起こったのか。

 業界関係者は一様に首を傾げている。というのは,裁判では原告のレコード業界側が圧倒的優位に立っており,Napster社の一審敗訴がほぼ確実視されている。この一見不可解な行為の裏に,将来の音楽ビジネスに対するレコード業界の本音が見え隠れする。

 レコード業界がNapster社を告訴した表向きの理由は,「著作権侵害」である。音楽CDを不法コピーした海賊版が,Napster社の提供するサービスで大量に出回り,レコード会社とアーティストは大変な損失を被ったと主張する。しかし,被害を客観的に裏付ける証拠や,損失額の正確な見積もりなどは存在しない。いくつかの業界団体が,「Napster社のサービスによって,大学生のあいだでのCDの売り上げが低下しつつある」という調査結果を発表しているが,その正反対の結果もある。要するに実情は「闇のなか」なのである。

 第一,レコード業界は全体としてみると売り上げが低下するどころか,過去最高の利益をあげている。裁判でレコード業界が優位に立っているのは,ひとえに「不法コピーが行われた」という事実であって,損失を被ったという証拠は存在しない。当面の危険性はないのに,なぜ巨大レコード会社は,19歳の少年が興したちっぽけなベンチャー企業Napster社を躍起になってバッシングするのか。

 その理由を筆者はこう考える。Napster社は,レコード会社が「やろう,やろう」としていたことを先行して実現してしまった。これがレコード会社幹部のお気に召さないのではないか・・・。

 レコード業界ができなかったのは,音楽コンテンツのオンライン(=インターネット)配信である。MP3の脅威にさらされたレコード業界はSDMI(Secure Digital Music Initiative)と呼ぶワークグループを設立し,音楽コンテンツのインターネット配信に向けた標準規格と技術の開発に乗り出した。

 ところが当初から,ライバル企業間の足並みが揃わず,開発作業は遅れに遅れた。こうしてレコード業界がもたつくあいだに,Napster社が「音楽ファイルの物々交換」という意表を突くアイデアで,音楽コンテンツのインターネット配信を実現してしまった。ユーザー数は3800万人(2000年10月現在)に達し,しかも「タダ」である。レコード業界は,この事態をとうてい見過ごす訳にはいかない。

 主要レコード会社などがNapster社を訴えたのは,業務停止に追い込むことによって,オンライン配信に向かう怒涛(どとう)のような音楽マニアの流れを一時的にストップさせたいからである。こうして時間を稼ぎ,レコード会社自らが音楽コンテンツのオンライン配信を軌道に乗せようという目論見である。もちろん,サービスは有料だ。

 主要レコード会社は,それぞれ独自の方式を用いた音楽コンテンツのオンライン販売にすでに動き出している。しかし,現状はけっして順調とはいえない。毎月200万人以上の驚異的ペースでユーザーが増加しているNapsterに比べると,レコード会社のオンライン・ビジネスは冴えない。さらに悪いことに裁判でNapster社をたたいても,「音楽コンテンツ交換市場」を消し去ることは難しい。Napster社に続けとばかり,FreenetやGnutellaといった同類のサービスが続々と登場しているからだ。これら全てを取り締まることは,もはや不可能である。

 それではレコード会社は,どうすればいいのか。

 色々考えた末にBertelsmann(BMG)社の出した結論が,「身内に取り込んでしまえ」という懐柔策だったのではないか。Napster社に若干の資金援助をして味方にするだけで,Bertelsmann社は3800万人という巨大オンライン市場進出への足がかりをつかめる。「正面切って戦うより,こっちの方がよほど賢い」と考えたのもうなずける。

 ただしNapster社とBertelsmann社の提携事業が,成功するという保証はない。今回発表された提携の内容は漠然としている。具体的に何をやるのか示されていない。Bertelsmann社は,原告である他のレコード会社にも自分たちの仲間に加わって訴訟を取り下げるように働きかけているが,賛同は得られていない。さらにNapster社が本気でレコード会社と手を組む気があるのかも怪しい。今後の裁判に備えて,判事の心証を良くするために,見せかけの「恭順の意」を示しただけかもしれない。

 もともとNapster社の物々交換サービスは,ビジネスに全く適していない。同社は今後,ユーザーに対し毎月4ドル95セントの使用料を課して,その収入の一部を著作権料としてレコード会社に支払うとしている。しかしユーザー同士が海賊版を交換し合うことに課金して,それをレコード会社に還元するというのは,考えてみれば不自然なビジネス・モデルである。

 また4ドル95セントという料金は低過ぎる。最低でも月額15ドルは必要というのが,業界関係者の一致した見方だ。いずれにしても,仮にBertelsmann社が参画しても,今のままではNapster社の先行きは不透明だ。むしろ今回の展開によって,事態はますます複雑化してきたといえよう。

 Napster問題の最終的な行方が見えてくるまでには,もう少し時間がかかりそうだ。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

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