米国では,日本よりブロードバンド・インターネットが普及しているといわれる。しかし実際のところ,それほどではないのだ。

 米Cahner In-Stat Groupの調査によれば,光ファイバーやDSL,さらに「インターネットにアクセスできるCATVネットワーク」などブロードバンドに接続されている世帯は,全体の5%に過ぎない。人口にすると500万人~600万人の人しか,(オフィス以外での)高速インターネットの恩恵に預かっていない。人口比率ではわずか2%余りである。それ以外の米国市民は今でも,自宅では遅いダイヤルアップ・サービスを使っているのだ。

 意外に普及が進まない理由の一つに,米通信法による規制がある。96年に成立した新通信法では,いわゆるベビー・ベル(Bell Babies)と呼ばれる地域電話会社が長距離データ通信に参入する際に,ある条件を課している(ブロードバンド・インターネットは「データ通信サービス」に分類される)。

 新通信法は建前上,ベビー・ベルなど地域電話会社と,米AT&Tなど長距離電話会社のビジネス間の垣根を取り払ったはずだった。ところが実際には,相互参入はあまり進んでいない。

 特に,従来の長距離電話会社が地域電話サービス市場に参入することは至難の技だ。これは地域電話会社が,自分たちの市場をなかなか長距離電話会社に開放しようとしないからである。

 新通信法では,「地域電話会社が市場を開放しない限り,彼らが長距離データ通信市場に参入することを禁止する」という規制を課している。これによって地域電話会社は,AT&T社や米Sprintが手がける長距離のブロードバンド・サービス市場に参入できない。

 ベビー・ベルは米国の通信市場で,今でも厳然たる力をもっている。彼らがブロードバンド・サービスを提供しない限り,米国全土,津々浦々の国民が高速インターネットを使えるようになることは難しい。しかし上記の規制のために,地域電話会社がブロードバンドを提供できるのは,比較的人口の密集した都市部に限られる。その外側にある地方には届かない。

 現在,米国の議会では,この規制を解除するための法案が審議されている。この5年越しの法案は2001年5月9日にようやく下院の通信委員会を通ったが,下院・上院とも可決され立法化に漕ぎ着けるかどうかは危ぶまれている。これはAT&T社をはじめとした長距離電話会社が猛烈な反対運動をして,議員に圧力をかけているからだ。

競争原理がはたらかないブロードバンド市場

 現状ではブロードバンド市場に競争原理が働かないため,高速ネットワーク・サービスのプロバイダは好き勝手に値上げをしている。米EarthLink,米SBC Communications,米Bell Southに続いて,CATV業者の最大手AT&T社も6月からの値上げを発表した。これまで高速インターネット・サービスの使用料金は平均で月額50ドルだったが,今回の一連の値上げで70ドルになる。結果的にこれもブロードバンドが普及する障害となっている。

 こうした悪環境下でも,高速サービスに対する消費者の需要は高まる一方だ。ここ数年,通信・電話会社は米国各地で猛烈な勢いでブロードバンド・ネットワークの敷設工事を進めてきた。市街地の道路をはがして,光ファイバ・ケーブルを埋め込むのだ。朝から晩まで工事をしているので,住民からの苦情が電話会社やCATV会社に殺到している。

 しかし現在進んでいる光ファイバ工事などは,もうすぐ一段落する。現在の工事は,バブル最盛期に投資が決まった案件だ。通信機器会社に対する巨大な借金を抱えている通信電話会社は,その先の投資に消極的である。

 そのスキを狙うかのように,衛星放送会社をはじめとした新規参入組がブロードバンド市場に参入してきた。

 これまでの衛星サービスは,下り通信は衛星経由の高速ダウンロードが可能だが,上りはダイヤルアップという折衷型だった。このため操作が複雑なうえに,総合的なパフォーマンスもそれほど良くなかった。しかし2000年から,米DirecPCと米StarBandの2社が双方向の衛星サービスへの準備を始めた。これだと下りが平均500kbps,上りが150kpbsとなる。

 このほかシアトルに拠点を構える米Terabeamは,レーザー光線を使った無線データ・サービスを始めた。市街地のいくつかの場所に,光線を発するハブと中継タワーを設ける。サービス加入者の家には,受信する小型アンテナを置く。

 最高1Gbpsのデータ通信が可能という。高速T1回線の600倍以上というスピードだ。既に2月からシアトルで,ホテルなど大口顧客に向けてサービスを提供している。使用料金は明かしていない。

 いずれにせよ米国のブロードバンド化は,多くの企業が入り乱れた状況がいましばらく続く。まさに,“お楽しみはこれから”なのだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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