「標準仕様となった技術を使うのに特許料を払わなくていけないのか?」――HTMLなどのWeb関連の業界標準を定めるW3C(World Wide Web Consortium)が,特許料をめぐる論議で揺れている。ちょうどこの原稿執筆中の7月15~17日も,この問題を取り扱うワーキング・グループがパリでミーティングを開いている。そこでは白熱した議論が交わされているはずだ。

 このワーキング・グループはPPWG(Patent Policy Working Group)と呼ぶ。PPWGは昨年夏から何度か草案を出しているが,方針は大きく揺れ動いている。しかも,その背後には,Microsoft,IBM,Sun Microsystemsといった大企業の意向も見え隠れする。今回は,W3Cにおける標準仕様と特許料の問題を考えてみたいと思う。

■「特許料徴収を認める」の第一草案に大反論が巻き起こる

 PPWGはW3Cにおける特許の取り扱いについて方針を決めるために,1999年10月に作られたワーキング・グループである。関係者の間には,さまざまな特許問題がWeb技術のオープンな仕様の開発の妨げになることが増えてきた,という認識があったのだ。

 PPWGは2001年8月16日に最初の草案(「W3C Working Draft 16 August 2001/W3C Patent Policy Framework」)を公開したが,たちまち反発を招いてしまった。「W3Cが標準化した仕様の中に含まれる特許を持つ企業は,その特許使用料を徴収できる」という方針だったからである。

 この方針には,「RAND(reasonable and non-discriminatory:合理的かつ差別のない)」と呼ぶライセンス形態の考え方が盛り込まれている。これは,特許保有企業に対し,標準技術に含まれる特許情報を明確に,かつ,すべてを公開することを義務づけ,その見返りとして,特許技術の開発にかかった費用を回収できるようにするものだ。

 ある開発者が標準技術に特許が含まれていることを知らずに,それを使って自社製品を開発した後,突如特許の存在が明らかになる,といったことがないようにする。さらに,特許情報がすべて公開されることで,開発者は特許部分を避けて製品を開発することが可能になる。逆に特許を使う場合は,納得ずくで使う,ということになる。

 こうして,特許技術の提供側と使用側とのあいだで公正な条件が保たれるべく考え出されたのが,RAND,つまり「合理的かつ差別のないライセンス形態」だった。

 ところが,RANDはその発表直後から大反発を招いた。いわく,「W3Cがこれまで支持したすべてに真っ向から反対している」(米Standish Group会長のJim Johnson氏)。また草案を作成したグループが大手ベンダーで構成されていたことから「グループ自体の公正さに疑問がある」(米PHB上級プログラマ兼アナリストのDarrel Sisson氏)という意見もあった。

 これに対しW3Cは,「W3Cの勧告仕様は無償で利用できるものと考えられているが,それは誤解である。(W3Cが)そのようなポリシーを掲げたことは一度もない」(W3C報道担当者のIan Jacobs氏)と反論した。

 なお,W3Cは当初,この第一草案に対するコメントの受付けの締め切りを2001年9月30日と設定していた。しかしあまりにも多くのコメントが寄せられたことから,締め切りを10月11日に延長した。

■揺り戻して「ロイヤルティ・フリー」を打ち出すが

 PPWGは今年2月26日に草案の改訂版となる「W3C Working Draft 26 February 2002」を公開した。しかしW3Cはここでも業界を驚かせた。この改訂版の題名を「Royalty-Free Patent Policy」とし,今度は一転してロイヤルティ・フリー(特許料免除)の方針を打ち出したのである(関連記事)。

 「勧告仕様の策定に携わるすべてのメンバーは,それぞれが持ついかなる特許も無料で提供しなければならない」とし,第一草案にあったRANDの条項を取り除いた。そしてロイヤルティ・フリーを「最終的な規定策定に向けた基本方針」と位置づけたのである。

 第一草案とは正反対の方針である。これにより特許の保有企業と使用企業の立場が逆転した。すると今度は特許保有企業が不利な立場におかれたことが問題視されるようになった。特許保有企業からすれば,特許料の徴収をあきらめるか,自社特許のW3Cへの提供をやめるか,のどちらかを選択しなければならない。前者の場合は技術開発費用の回収ができなくなり,標準技術の策定に関与するメリットが得られなくなる。後者の場合は,W3Cにとって好ましくない状況が起こる。つまりW3Cに協力する企業が減り,やがてはW3C標準仕様の影響力が薄れることになる。こうしてW3Cは,白か黒かと単純に割り切れない問題に頭を悩ますことになった。

■解決策は“例外”の設定にあり?

 議論の落としどころとしてPPWGが今,注目し,盛んに議論が進められているのが,“例外”の設定である。つまりPPWGは今,「特定の条件のもとでは,RANDを適用する例外的な勧告仕様もある」,という条項を盛り込むか否かを検討している。事実,W3Cも改訂版発表の際に「例外的な状況において,RANDを取り入れるか否かということについては今後検討する必要がある」と述べており,RANDの余地を残している。

 しかしここでいう「特定の条件」や「具体的な設定方法」の解釈がなかなか難しく,混乱が生じている。例えば,PPWGは7月1日と8日にテレカンファレンスを開催し,これまで出された提案について議論しているのだが,いまだ具体的なものが何もない,というのが現状である(テレカンファレンスの公開サマリーはPPWGのWebサイトで閲覧できる)。

 提案の一つに,「標準仕様を“コア(中核)”部分と“拡張”部分に分離する」というものがある。コア部分の仕様についてはW3Cが策定し,これにはロイヤルティ・フリーを適用する。特許料の徴収が必要な部分は拡張部分とし,こちらは他の標準化団体あるいはW3Cが策定する,というのがその内容である。

 もちろん,「そもそも例外を作ること自体がおかしい」とする意見もいまだ根強い。このことから,もし今行われている会議で例外についてのなんらかの具体案が出なかった場合,この“例外案”自体が廃案になるとも言われている。

 W3Cは,今年中に少なくともあと1回,草案を出す予定だ。なおこの特許方針の策定は通常の標準仕様策定と同じ手順を踏むことになっている(発表資料)。すなわち,現在は草案(Working Draft)の段階。このあと最終草案(Last Call Working Draft),勧告候補(Candidate Recommendation)を経て最終的な勧告案(Proposed Recommendation)になる,という段取りである。

■見え隠れするMicrosoft/IBM陣営とSun陣営の対立

 この特許料問題を巡る議論には,もう一つの側面がある。米Microsoft,米IBM陣営対米Sun Microsystems陣営の対立という構図だ。このPPWGには,これらの企業からもメンバーが参加している。対立の背景にあるのが,これからの技術として各社が力を入れているWebサービスである。Microsoft社,IBM社はWebサービスにおける自社開発技術を標準仕様のお墨付きを得て,普及を図るとともに,特許料収入も得たい。

 対するSun社はロイヤルティ・フリーを唱えている。Sun社は,Microsoft社の「Passport」に対抗すべく,個人認証技術の標準化団体「Liberty Alliance」(自由同盟の意)を設立し(関連記事),今月15日に仕様の第1弾「Liberty version 1」を公開している(関連記事)。この仕様はもちろんロイヤルティ・フリーである。

 またSun社は今月,Microsoft社,IBM社,米VeriSignが取り組んでいるWebサービスのセキュリティ仕様「WS-Security」への協力を表明(関連記事)しているが,これに際して「(Sun社は)ロイヤルティ・フリーに特にこだわっていた」などと報じられている。「人々に標準仕様の料金を課すことはSun社の信条ではない」(ソフトウェア事業部門上級副社長のJonathan Schwartz氏)というのがその理由という(掲載記事)。

 敵か,味方かの白黒をつける傾向にある米国人が,例外を盛り込んだ玉虫色の決着をするのか,それとも白黒をつけるのか? W3Cが定めるインターネット技術は我々も日常的に使っているものなので,今後の議論の展開から目が離せない。

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