「グラウンド・ゼロに“新・世界貿易センタービル”を建設すべく,今,デザイナ達はさまざまな構想を提案している。その一方でエンジニア達もマンハッタンの通信網を再構築すべく,それぞれのプロジェクトに取り組んでいる」――

 最近,こんなニュースが米メディアから伝えられた。老朽化した地中のパイプ,その中で無秩序に束ねられるワイヤー。それがマンハッタンの中心地からあらゆる方向に数マイル先まで,迷路のように張り巡らされている。1年前の同時多発テロではこうした超過密/一極集中の通信網の一部が破壊され,多くの企業が通信を絶たれた。電話しかり,コンピュータ・ネットワークしかりである。無線通信事業者の主要基地局が世界貿易センタービル(WTC)に集中して設置されていたため,携帯電話も使えなくなった。

 今,ニューヨーク市と,マンハッタンに拠点を置く企業は「いかにして災害に強いネットワークを構築するか」という課題に取り組んでいる。その対象は,通信事業者の通信網,企業のコンピュータ網,データ・バックアップ・センター,企業のオフィス機能・・・と広範に及ぶ。

 今回も先週に引き続き米メディアの報道を紹介し,米国のテロ/災害対策について考えてみたいと思う。

■一極集中がもたらした被害の拡大

 WTCの崩壊後,ニューヨーク証券取引所(NYSE)の取引は即座に中止された。NYSE自体はWTCから3ブロックの距離にあったことで物理的には無傷だった。しかし地域電話会社大手,米Verizon Communicationsの通信施設内に崩壊したビルの破片が飛び込み,そこにあったコンピュータ,スイッチ機器などを破壊した。室内には1.3センチメートル程の灰が積もったという。この通信施設にはマンハッタン南部における同社の電話回線の40%が集中しており,その20%をNYSEが利用していた。

 これにより,NYSEはコンピュータと電話のネットワークを失い,世界中の証券ブローカーとの通信が絶たれた。NYSEの通信回線はその後まもなくして復旧したのだが,マンハッタン南部の主な企業の通信回線の復旧作業がまだ残っていた。そのためNYSEは事件当日の火曜日から金曜日までの4営業日を取引停止,翌月曜日の17日に再開することになった。NYSEがこうした長期的な取引停止に陥ったのは大恐慌時代の1933年以来68年ぶりのことだという。

 一方,無線通信も大きな被害を受けた,米Sprint PCSや米AT&T Wirelessなどの大手無線通信事業者は,WTCに基地局を集中させていた。また通信網の一部は被害地域の地下回線に頼っていたため,復旧作業は難航した。

■万全の体制も役に立たなかった・・・

 同時多発テロは,これまで冗長体制をとってきた企業に精神的な衝撃をも与えた。念入りに構築したはずのデータ・ネットワークがいとも簡単に機能しなくなったからである。

 例えばThe Bank of New York(ニューヨーク銀行)では,マンハッタンの複数のビルのそれぞれで,二重のアクセス体制をとっていた。ネットワークのトポロジもリング型で万全のつもりだったのだが,結果的には通信が絶たれることになった。同行では米国内の数カ所の主要オフィス間で双方向の通信が行えただけたったという。

 その原因は,通信事業者の設備が破壊されたことにある。これによりマンハッタンの中央オフィスの通信がすべて途絶えたのである。「中央オフィスの通信が不通になった状態では二重アクセスも役に立たない――。このことが9・11で明らかになった。この問題は未だ解決されていない」(同行上級副頭取のDonald Monks氏)

■光ファイバ網に水道管を利用,街灯には無線の基地局を

 こうした教訓・反省を踏まえ,今,ニューヨーク市では通信網の分散を目指し,さまざまな検討を行っているという。1つのネットワークが破壊されても,代替ネットワークがそれを補うという冗長構造を構築しようというのである。

 その1つに,光ファイバ導管の増設計画がある。マンハッタンの東西を走る通りである“ストリート”にも共用の光ファイバ導管を敷設しようというのである。現在,共用の光ファイバ導管は南北を走る“アベニュー”にしか敷設されていない。そのため“ストリート”沿いのビルに光ファイバ導管を引くためには約20万ドルの費用がかかってしまう。あらかじめこうした環境を整えておけば,通信事業者のコストが下がり,企業はオフィスを分散しやすくなる。既存銅線への依存度も減少するというわけである。

 また,現在使われていない地下の水道管を光ファイバの導管として利用しようという案もある。「この水道管は鋳鉄製で高圧に耐えられる。34番街からブルックリンまで延びている」(ニューヨーク市,技術/通信担当副行政委員のAgostino Cangemi氏)という。

 市内の2万本の街灯と市の建物の屋根を利用して,携帯電話と無線データ通信の基地局を設置しようという計画もあり,こちらは一部がすでに実施されている。ニューヨーク市はこの8月に,パソコンやPDA向けの無線インターネット接続サービスを手がける米Ricochet Networkと交渉しており,これにより今,マンハッタンの3000本の電灯にRicochet社サービス用の基地局を設置しているという(掲載記事)。

■NYSEはリング型光ファイバ網で冗長性を保つ

 ネットワークに冗長性を持たせようという取り組みは企業も行っている。例えば証券会社などを対象としたデータ処理/通信サービスを手がけるNYSEの子会社,Securities Industries Automationは,IP(Internet Protocol)ベース・インフラへの移行を進めている。また同社は,光ファイバの専用線によるネットワーク・インフラの強化も図っている。これまでのように,顧客と2カ所のデータ・センターとを直接的につなぐのではなく,地理的に離れた複数のアクセス・ポイントと接続しようという計画である。

 アクセス・ポイントは当初,マンハッタンに2カ所,ウェストチェスターカントリーに1カ所,ニュージャージーに1カ所と,合計4カ所を用意する。これらのアクセス・ポイントを光ファイバでリング状につなぎ,ある部分が損傷を受けでもそれを回避できるようにするという。NYSEでは今年の年末までにこのインフラ整備を完了したいとしている。

■企業のオフィスにも冗長性

 しかし,こうした大規模ネットワークの構築には膨大な費用がかかる。そこで今,バックアップ・センターを導入する企業が増えているという。例えばCredit Lyonnais(クレディ・リヨネ銀行)は現在,ITサービス大手米SchlumbergerSemaの施設を利用して,バックアップ・センターを構築している。この施設はマンハッタンから50キロメートルほど離れたところにある。

 もともとCredit Lyonnaisは,被害地域とそこから数キロメートル離れたミッドタウンの2カ所にオフィスを構えていた。これは当初より同行の方針だったという。2つのオフィスは,ある程度離れている必要があり,電力などの社会インフラのネットワークが異なっていることが条件だったという。停電や火災など,地域の不測の事態に備えるためである。

 事実,同行はこれまで大抵のことに対処できていたのだが,今回の同時多発テロで次のように考えるようになったという。「(2つのオフィスが)数キロメートル離れているだけでは不十分と認識すべきではないか。1つはおそらくマンハッタンの外がよいだろう」(最高情報責任者のGeorge Levitt氏)

 Credit Lyonnaisのような災害対策は,今,他の企業にも注目されている。大規模な事件が起こった際に現場周辺は立入禁止となる。そうした状況では業務を継続できないからだ。「通信ネットワークの冗長化や無停電電源装置(UPS:uninterruptible power supply)などで体制を固めても,社員がオフィスに入れないのではどうしようもない」(ニューヨーク市技術担当行政委員のGino Menchini氏)。つまり,企業のオフィス機能にも冗長性を持たせようという考え方が広がっているのである。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 ニューヨークは世界中の有力企業・産業が集中する都市である。企業はデジタル・ネットワークに依存しながら,ここからそれぞれのビジネスを世界規模で展開している。そして当然に企業を支えるための通信施設も一カ所に集中している。世界有数の大規模なデジタル・ハブはこうして形成されているのである。

 9・11同時多発テロでは,そのハブ一カ所が破壊された。「被害がいかに大きなものになるのか」「一極集中の構造がいかにぜい弱であるか」をまざまざと見せつけられた。このことは世界中のどの大都市にも当てはまるため,ニューヨークの取り組みは,貴重なケース・スタディとして世界中から注目されている。こうした災害対策はテロだけではなく,火災,地震,事件,事故など,あらゆる災害時に有用なものとなるだろう。学ぶべきものが多いと思う。

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