ここのところオープンソース企業を巡る話題が絶えない。とりわけスウェーデンMySQL ABに関する話題が多い。同社は2月1日,同社100%出資の日本法人「MySQL株式会社」を設立したと正式発表(関連記事)。13日には,米Intel,米Red Hat,ドイツSAP,そして住友商事の米国ベンチャ投資会社などから1850万ドルの資金調達を受けたと発表した(関連記事)。

 そんな同社をはじめとするオープンソース企業を狙って,今,Oracle社が動いている。

 2月15日,MySQL社に対して米Oracleが買収を試みたといったニュースが伝えられた(米CNET News.comの記事)。MySQL社が手がける同名の「MySQL」は,オープンソースのデータベース管理システム(DBMS)。今ではWebアプリケーション構築環境「LAMP(Linux,Apache,MySQL,Perl/PHP/Python)」の1つとしてすっかり定着し,その存在感は一層増している。

Oracle,オープンソース企業獲得に躍起

 米メディアによると,MySQL社CEOのMarten Mickos氏は,Oracle社の買収提案をあっさり断ったとのことだ。しかしOracle社がオープンソースの企業にアプローチしたのはこれが初めてではない。同社はその前日,米Sleepycat Software(「Berkeley DB」の開発元)を買収したと発表したばかり(関連記事)。昨年10月には「InnoDB」の開発元であるフィンランドInnobaseを買収している(関連記事)。

 このBerkeley DBとInnoDBはいずれも,MySQLに採用されているストレージ・エンジン(関連記事)。MySQLでトランザクション機能やホット・バックアップ機能を使用する際に標準的に使われるエンジンである(関連記事)。

 これでOracle社は,MySQLの主要データベース・エンジン2つを買収したが,これは単なる偶然でない。同社はMySQLに採用されているものだからこそ買収対象としたというのが大方の見方となっている。

 またOracle社は,米JBoss(オープンソースのアプリケーション・サーバー開発)や,イスラエルZend Technologies(オープンソースのスクリプト言語PHP開発/PHP利用するWebアプリケーション開発環境などを手がける:関連記事)の買収についても話を進めていると伝えられている。Oracle社のオープンソース買収熱は激しくなるばかりである。

Oracle撃退策はあるのか

 そのOracle社に対し,MySQL社はどのような策で対抗するのだろうか。米InformationWeerkの記事によれば,MySQL社は,Oracle社によるInnobase社(InnoDB)買収の直後,Sleepycat社と交渉を開始,Berkeley DBの採用を決めた。InnoDBに関するInnobase社との契約更新は今年とされていたが,このことにより,MySQL社は是が非でもOracle社と交渉しなければならないという状況から脱した。選択肢が増えたのだ。しかしOracle社のSleepycat社買収はそんなタイミングで行われた。

 MySQL社にはまたしてもOracle社と交渉する必要が生じてしまったのだが,これに関してInformationWeerkの20日付の記事は,「MySQL社のマーケティング部門副社長であるZack Urlocker氏が『別の選択肢もある』と述べていた」と伝えていた(掲載記事)。

 折しもこの記事と時を同じくして伝えられたニュースがある。MySQL社が米Netfrastructureを買収したというものだ。これはまさにUrlocker副社長が述べていた展開である。

 このNetfrastructure社は,Jim Starkey氏が率いる会社。同氏はオープンソースのRDBMS「Firebird」の前身となった「InterBase」のアーキテクトである(関連記事)。Firebird Newsに掲載されたStarkey氏の声明によれば,同氏は今後,MySQL社でフルタイムで働くことになるという(掲載ページ)。

 MySQL社は今後Starkey氏の力を借りて,InnoDBにとって代わる新たなトランザクション・エンジンを得られるようになる。「MySQL社は,Oracle社の買収攻勢に対して買収で反撃した」と報じられるなど,みごとな展開となった(掲載記事)。

 MySQL社は,Oracle社によるInnoDBの買収に関してこれまで「歓迎する」と述べてきた(関連記事)。「オープンソース・テクノロジが広く認められたことに喜んでいる」(CEOのMarten Mickos氏)というのがその理由だ。しかしOracle社が今後,ライセンス料を要求してくるかもしれず,不安材料は残る。こうしたことからMySQLの採用企業の間で,Oracle社の出方に対する警戒が高まっていたことは確かである。

 MySQLの採用企業/団体には,米Googleや米HP,NASA,米国勢調査局などがある。こうした企業/団体がMySQL社に対し,懸念の意を表していたとも思われ,それがMySQL社を動かしたのではないかと米メディアは伝えている(掲載記事)。

「コミュニティは買収できない」

 とは言っても,Oracleという会社が狙ったものを簡単に諦めるとは考えにくい。同社は2005年初めに約1年半の攻防の末,米PeopleSoftをその手に収めた。このときの買収総額は約103億ドル(関連記事)。2005年秋にはCRMソフトの米Siebel Systemsを58億5000万ドルで買収した(関連記事)。その後も幾度か買収を繰り返し,今同社が注目しているのがオープンソースというわけである。

 2月初めにCredit Suisseのカンファレンスで演説を行った同社CEOのLarry Ellison氏は,オープンソース企業買収の理由について次のように述べたという。「このオープンソースのトレンドに対抗するよりも,我々に有利に働くような方法を考え出すことが重要と考える」(同氏)

 オープンソースを自社製品に取り入れて,ライバル企業の競合製品に勝つというのが,狙いのようなのだが,この考えに基づいてとられる同社の行動がオープンソースのコミュニティに素直に受け入れられるとは考えにくい。

 とりわけOracle社の場合,コミュニティが大きな不安を抱いている。例えばInformationWeekの記事では,「Oracleは(コミュニティとの)架け橋を作るというよりも,競合相手を打ちのめすことに躍起になっている」とし,Open Source LabのディレクタであるScott Kveton氏の次のような言葉を載せている。

 「ソフトウエア・スタックとそれを取り巻くコミュニティはお金で買うことは出来ない。もし大きなベンダーがこうした買収活動によって,顧客を得ることが出来ると考えていれば,それは間違い。結果的にはお金を捨てることになるだろう」(Scott Kveton氏/掲載記事

 これは,なかなか重い言葉と思う。Tim O'Reilly氏の言葉を借りれば,LAMPで構成されるWebインフラの多くはオープンソースの「ピア・プロダクション手法」で開発されている(掲載ページ)。これは,個人が集まったグループが,ネットワークを介して協調しながら大きなプロジェクトを成し遂げていくという手法。オープンソースとはまさにそうした世界であり,それを手に入れるならば,どう協調作業を支援していくかや,コミュニティをどう運営していくかという明確な姿勢を示し,コミュニティに納得してもらう必要がある。

 矢野経済研究所が最近発表した調査結果によれば,2005年におけるオープンソース・ソフトウエアの導入率は前年比16.8ポイント増の48.8%にまで伸びた(関連記事)。MySQLについては,昨年11月,MySQL 5.0のダウンロード数が3週間で100万件を突破したなどと伝えられている(関連記事)。大手ベンチャ・キャピタルからの資金調達も受け,2006年はさらに飛躍する年となりそうだ。同社にとっての懸念材料は,Oracle社だけなのかも知れない。

■著者紹介:小久保 重信(こくぼ しげのぶ)
ニューズフロント社長。1961年生まれ。98年よりBizTech, BizIT,IT Proの「USニュースフラッシュ」記事を執筆。2000年,有限会社ビットアークを共同設立し,「日経MAC」などに寄稿。2001年,株式会社ニューズフロントを設立。「ニュースの収集から記事執筆・編集など,IT専門記者・翻訳者の能力を生かした一貫した制作業務」を専門とする。共同著書に「ファイルメーカーPro 職人のTips 100」(日経BP社,2000年)がある。

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