日本では,PtoPファイル共有ソフト「Winny」の開発者が逮捕され波紋が広がっている。「開発者が悪いのか」「ユーザーが悪いのか」という議論,「技術開発だけをもってして犯罪となるのか」という不安など,さまざまである(関連記事)。

 一方,米国ではPtoPを巡って起こるのはもっぱら民事訴訟。刑事事件の対象にはなっていない。また,PtoP技術は違法コピー以外のビジネスに近い領域でも積極的に使われているように思える。例えば,「Mozilla 1.7 RC 2」(http://www.mozilla.org/)をダウンロードする際には,「BitTorrent」というPtoPネットワークを使えるようになっている。「Fedora Core」(http://fedora.redhat.com/)も同様である。米Lindowsも「Linspire(旧称:LindowsOS)」(http://www.linspire.com/)のPtoPによる配布を開始した。どうやら米国と日本ではだいぶ状況が違うようである。今回は米国におけるPtoPの現状についてレポートしてみたい。

■PtoP団体がRIAAに抗議

 この5月24日,RIAA(全米レコード協会)が新たに493人を著作権侵害として提訴したと発表した(発表資料)。これで,昨年9月からRIAAが提訴した人数は2947人となった。「Kazaa」や「Lime Wire」などのPtoPソフトを使って音楽ファイルを違法にコピーしたとされる人々だ。このうちの486のケースでRIAAは和解に達している。彼らとの和解金の平均額は3000ドル。RIAAは今後もこうした訴訟を続け,音楽著作権を守っていくと強固な姿勢を崩さない。

 なおこのRIAAは,米Warner Music Group,ドイツBertelsmannのBMG, 英EMI Group, ソニー・ミュージック,フランスVivendi UniversalのUniversal Music Groupなどが参加している団体だ(RIAAの資料)。

 しかし大手のこうした行動に異を唱え,激しく抗議しているのがPtoP業界である。今年の2月,PtoPソフト・ベンダー5社が米議会に対して要求を出した。コンテンツを合法的にPtoPベンダーに提供することを義務づけるよう求めたのだ。レコード協会は,PtoPベンダーに対して,著作権侵害ファイルをフィルタリングするよう求めている。

 これに対してPtoPベンダーが求めているのはライセンス制度である。レコード会社とPtoPベンダーが契約を結び,1曲のファイルが交換されるたびに,その料金が著作権所有者に還元されるようにするというものだ。彼らは,ラジオ放送やWebキャスティングと同様のこうした手法が実現できるはずだとしている(米InfoWorldの掲載記事)。

 抗議しているのは,Kazaaを提供しているオーストラリアSharman Networks,そしてPtoPベンダーの業界団体P2P United(http://www.p2punited.org/)である。このP2P Unitedには,米Free Peers(BearShare),スペインOptisoft(Blubster),米Grokster(Grokster),米MetaMachine(eDonkey/Overnet),米StreamCast Networks(Morpheus)が参加している。彼らが特に問題視しているのが,レコード業界が音楽CDにコピー防止措置をとらず,また,機器メーカーにも何ら対応措置を迫らないまま,顧客である消費者や,PtoPベンダーを訴えているという点である(関連記事)。

■プロトコルと対応ソフト

 上述したようにPtoPソフトにはさまざまなものがあるが,ここで各プロトコル(ネットワーク)とソフトの関係をざっと見てみよう。まず,Gnuttellaを利用しているものには,BearShare,Morpheus,Lime Wireなどがある。FastTrackに接続しているのはKazaaやGroksterなど。eDonkeyは独自技術「Overnet」を用いている。

 冒頭のBitTorrentは同名のクライアントもあるが,プロトコルの名称である。BitTorrentはダウンロードするファイルをURLで指定できるようにしており,Webと連携する。例えばFedora Coreのサイトをたどっていくと,「.torrent」という拡張子がついたURLが表示されているページがある(http://torrent.dulug.duke.edu/)。このURLをBitTorrent対応クライアントに読み込ませることで,ファイルのダウンロードが始まるというわけだ。

 こうして,ダウンロードしたファイルは,ほかのユーザーの要求に応じて自動でアップロードされる。またファイルの一部(断片ファイル)しかダウンロードしていない場合でも,ほかのユーザーからリクエストがあれば提供される。各ユーザーのクライアントはそれぞれで入手した断片を結合することで,1つのファイルを完成させるというわけだ。

■認知されだしたPtoP技術

 OSファイルの配信にこのBitTorrentを利用しているLindows社によれば,BitTorrentは500Mバイトほどのファイルを1000の断片に分散する。これにより同社のインフラにかける費用を抑えられ,OSを通常価格の半額で提供できるようになったという。また,以前のシステムでは125の同時配信しかできなかったが,今では1000以上が可能になったという。同社のCEOのMichael Robertson氏は,「多くのコンテンツ提供者がPtoPを邪悪なものと考えているが,その商業的な利用価値には目を見張るものがある」とコメントしている(米CNET News.comの掲載記事)。

 メディアを見ていると,こうしたPtoPのポジティブな面を報じたものも少なくない。例えば「Lotus Notes」を開発したRay Ozzie氏が設立した米Groove Networksは,PtoPをベースにした企業協業システム向けソフトを手がけている(関連記事)。新興企業のKontikiは企業向けに動画などの大容量コンテンツをPtoPで配信できるソフトを開発。また,エンターテインメントの分野では,米Red Swooshがゲーム・サイト米IGNとの契約を取り付けた。同サイトのユーザー向けにゲームをPtoPで配信するインフラを提供している(掲載記事)。

 またMorpheusのStreamCast Networks社は米i2 Telecomと提携して,PtoPを使ったネット電話サービスを開始した(発表資料)。KaZaA設立者であるNiklas Zennstrom氏が設立したルクセンブルグのSkypeも同様のサービスを始めている。

「生かすも殺すもコンテンツ提供者次第」
 
 こうしてようやく認知されだしたPtoP技術だが,ファイル共有クライアントについてはまだ問題が多く,このままではやがて淘汰(とうた)されてしまう可能性もある。米Washingtonpost.comに掲載されたMetaMachine社(eDonkey/Overnet)のCEO,Sam Yagan氏のインタビュー記事によれば,同社の収入源は現在,(1)クライアント・ソフトに表示される広告の収入,(2)クライアント・ソフトにバンドルするアドウエアからの収入,(3)広告なしバージョンの有料クライアントの売り上げ,の3つである。現状でも多額の開発費用がかかっているため将来はこれに,ライセンスを取得した,著作権問題のないコンテンツを配信することで収入を得たいとしている(掲載記事)。

 ところが,同社にはまだレコード会社との提携はなく,その交渉自体もまったくない状態という。PtoPクライアントに対するレコード協会の締め付けもいっこうにやんでいないというのが現状である。これに対してSam Yagan氏が同記事の中で述べていることを要約すると次のようになる。

 「VCR(ビデオ・デッキ)もそうであったように,いつの時代も新技術に対しては反発が起こる。しかしVCRの登場で人々はそれまで以上に映画を見るようになり,著作権所有者はレンタル/セル・ビデオを通してそれまで以上に利益を得られるようになった。コンテンツ提供者は新技術について新たなビジネス・チャンスを見いだせるはず。我々は技術革新に注力してやってきた。しかし収益の面ではまだめざましいものがない。将来は法的に許可されたコンテンツを提供することが,我々の最大の収入源になると考えている」――(掲載記事

 顧客やPtoPベンダーを訴えるのか,新たなビジネス・モデルを模索するのか,それは,コンテンツ提供者次第とも言っている。それもうなずける話。RIAAのような大きな団体にとってPtoPベンダーはあまりにも小さい存在。そういう関係において主導権があるのは当然,巨大企業。PtoPベンダーをひねりつぶすのも,育てるのも彼ら次第なのである。これは,日本のPtoP技術についても似たようなことが言えるのではないだろうか。

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