5月10日,ファイル共有ソフト「Winny」の作者であるプログラマの金子勇氏が逮捕された。容疑は,著作権法違反幇助である。

 Winnyは,無料で入手できるピア・ツー・ピア(PtoP)ソフト。Winnyを利用している人間同士で,様々なファイルを交換することができる。すでに数十万人単位の利用者がいると推定されており,合法なものだけでなく違法なコンテンツの交換も繰り返されている。

 金子氏を逮捕した京都府警は,逮捕の理由について,Winnyを開発したことではなく,著作権法違反を蔓延させようとことだとしている。実際に京都府警は記者会見で,金子氏から次のような趣旨の供述があったとしている。「現在の著作権法の下では,違法なデジタル・コンテンツのやり取りが一般化しており,著作権法違反については警察に取り締まりをまかせている。こうした事態を解消するには,新たなビジネスのあり方を構築するしかない。そのためにネット上に著作権法違反を蔓延させようと思った」。

 現時点では,金子氏本人がどのような考えからWinnyの開発に至ったかは不明だ。ただし5月14日に,金子氏の弁護団が声明文を発表している。少し長いが以下に全文を引用する。


 本日,金子勇に対する,著作権法違反幇助容疑による逮捕及び勾留について,弁護団は,京都府警の強引なやり方に憤りを禁じ得ないものであります。

 平成16年5月10日の金子勇に対する突然の逮捕は,Winnyというソフトがあたかも著作権違反をするための道具であり,Winnyの開発や頒布が著作権の幇助で有るという誤った理解の元に逮捕に至ったものであります。

 しかしながら,Winnyは,P2P型ファイル交換ソフトであり,特定のサーバに負担をかけることなく効率良くファイルを共有化するために開発されており,今後のネットワーク化社会にとって非常に有用なシステムであります。また,ファイル交換システムは,広く用いられており,これらのソフトが違法視されたことはありません。アメリカでは適法とされた裁判例もあります。

 金子勇は,Winnyを技術的検証として作成したにすぎず,このソフトを悪用したものを幇助したとして罪に問われることは,明らかに警察権力の不当行使であります。

 今回の逮捕・勾留がクリエーターの研究活動に与える萎縮的効果は計り知れず,今後の日本におけるソフトウェアー開発環境を揺るがせるものですらあります。われわれ弁護団は,本件の不当逮捕・勾留に対し力を尽くして弁護活動をしていく所存です。

以上


プログラマがいなければソフトは生まれない

 とりあえず,金子氏がWinnyを開発したことが,著作権法違反幇助に当たるかどうかの判断は避けたい。記者がこの記事を書こうと思った理由は別にあるからだ。

 それは果たして日本あるいは日本企業がプログラマにとって力を発揮しやすい場所なのか,ということである。

 ITがますます重要になってきている現在,世界的な競争に勝ち抜くためにどうすべきなのか。その答えとしてよく聞かれるのが,ソフトの開発力を向上させることが重要だ,あるいは「知的財産権(知財)立国」というスローガンである。

 著作権保護が,ソフト振興や知財立国に重要なことは間違いない。PtoPソフトで著作権をないがしろにしたソフトの交換が行われることは許してはならない。

 同様に,ユニークなソフトを開発するプログラマの存在が,ソフト振興や知財立国に重要であることにも異存はないだろう。1人のプログラマがソフトのすべてを開発できるかどうかは別にしても,プログラマのいないところにソフトは誕生しないからである。

 金子氏の逮捕とプログラマ育成を連想したのには理由がある。2000年度から,情報処理推進機構(IPA,昨年までは情報処理振興事業協会)は,天才プログラマを発掘するというテーマで,「未踏ソフトウェア創造事業」を開催してきた。

 金子氏は,未踏ソフトウェア創造事業に採択されたプロジェクトに参加していたのである。ただし,そのプロジェクトは,「Winnyには全く関係のないもの」(IPA)であり,金子氏は「アルバイト的な立場で参加していた」(IPA)だった。金子氏は,3次元の物理演算に関するソフト開発者としては極めて優秀なプログラマとして知られているという。

 優秀なプログラマが開発したということでは,昨年末にはSoftEtherというソフトが話題になった。このSoftEtherは,昨年度の未踏ソフトウェア創造事業で採択したプロジェクトの成果の一つ。開発したのは現役の大学生である登大遊氏である。

 SoftEtherは,インターネット経由で社内LANに安全に接続するためのソフト。SoftEtherが話題になったのは単に利便性が高いからではない。利用する人間の意志によっては,ネットワークに不正に侵入するツールになりえるということからだった。

 SoftEtherの公開当時,IPAに「素人でも簡単に社内ネットワークへの裏口を作ることができる危険なソフトではないか」という多くの声が,企業や自治体から寄せられたため,一度は公開から1週間でダウンロードを停止することになった(現在は,安易にSoftEtherを導入・運用するのは危険だということをインストール時に提示する仕組みを付け加えてダウンロードを再開している)。

 登氏は,SoftEtherのダウンロード・サイトに「SoftEther を危険視する記事やご意見に関するコメント」を公開。コメントの中で「SoftEther は危険なソフトウェアではありません。使い方によっては危険になる場合もありますが,それは大半のソフトウェアでも同様です。ソフトウェアは慎重に使いましょう」という文章を記している。

 その後,登氏は商用版のSoftEtherの開発やサポートを手がける株式会社のソフトイーサを共同で設立。すでに三菱マテリアルがSoftEtherの販売と商品化について独占契約を結んだ。

 プログラマの育成は重要とはいえ,社会的な秩序を乱す可能性があるものに関しては厳しい姿勢で臨むのが当然なのだろうか。ITが広がるにつれて,ソフトが社会に与える影響はどんどん大きくなっているのは確かだ。

 独創的なソフトを開発するのは簡単ではない。あるソフト会社幹部は,「他人と協調することも重要だが何よりも開発活動に没頭しなければいいソフトを作るのは難しい。こういったことを知った上で,プログラマの能力を生かすための環境を整備すべきだ」と話す。

 果たして現在の日本は,プログラマにとって働きやすい社会なのだろうか。記者の周辺では,プログラマの海外流出という事態を恐れる声もある。記者の疑問は尽きない。

(中村 建助=日経コンピュータ)