米国時間3月9日は,米店頭株式市場(NASDAQ)が5049ドルのピークを打った後,突如下降に転じてからちょうど1年に当たる。「それを記念して」ということもないだろうが,この日のNASDAQ総合指数は125ポイント,約5%も下げて2052ドルとなった。2000ドル割れは時間の問題だろう。

 今後,どこまで落ちるかに関しては,市場関係者の予想は真っ二つに分かれている。強気派は「もはや底を打った」とするが,弱気派からは「これから2カ月は,まだ落ち続ける。あと50%は下がる」という声も聞かれる。パソコンなどITメーカーの在庫調整が終るまで,あと2カ月はかかるというのが根拠だ。以前に本コラムでも紹介したように,通信機器業者を筆頭にIT業界には大量の不良債権が生まれていることも忘れてはならない。

 弱気派の代表とされるファンド・マネージャーのDavid Ties氏は,「NASDAQの急落が今後NYSE(ニューヨーク証券取引所)にも波及して,ダウ平均は3000ドルまで落ちる」と大胆な予想をする(ちなみに先週金曜日のダウ平均の終値は1万644ドル)。にわかには信じ難い数字だが,こういう見方をする専門家がいることは承知しておいた方がよい。米国経済は危険水域に近づいている。

 昨年の3月から現在までに,NASDAQでは株式総額にして3兆5000億ドルが失われたといわれる。あまりに巨額過ぎてピンとこないだろうが,日本のGDP(国内総生産)を上回る富が一挙に失われたのだ。

 90年代初頭にS&L(貯蓄貸付組合)のズサンなビジネスが大量の不良債権を生み,歴史的なスキャンダルとなった。しかしあのときの清算に要した金額は1200億ドル(うち900億ドルは公的資金)だった。今回のインターネット・バブルに比べれば桁が一つ小さい。

 3兆5000億ドルが消えた結果,これから何が起きるのか誰も予想がつかない。ただ,市場が回復するまでにはとても長い時間がかかることは確かだろう。少なくとも今後1年くらいは,米国のIT業界ではベンチャー企業は育ちにくくなる。ベンチャー・キャピタルは投資を手控えている。ビジネスを志す若者は,企業設立を諦め,一時的な避難場所としてビジネス・スクールを指向するようになった。

 また投資業界では,バブルをあおった張本人を弾劾する,一種の魔女狩りのような事態が生まれている。真っ先に矢面に立たされたのは,投資銀行の証券アナリストたちだ。

 米メリルリンチのHenry Blodget氏,米モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッターのMary Meeker氏など,バブル期のスター・アナリストたちは,今は見る影もない。彼らはドットコム企業の隆盛と軌を一にして,ウォール・ストリートの出世街道を上りつめただけに,下がるときも運命を共にせざるを得ない。二人とも,多数のドットコム企業の株を推奨銘柄として強く押した。

 Blodget氏をスターダムへとのし上げたのは,米Amazon.comの株価予想を的中させたことだ。まだ利益を1セントも出していないAmazon.comに対し,「株価はいずれ400ドルをつける」と予想した。これが的中し,Blodget氏は一気に有名になると同時に,ドットコム業界を背負って立つアナリストになった。

 ドットコム企業とBlodget氏のような証券アナリストは,いわば「持ちつ持たれつ」の関係にあったといえる。Blodget氏が,あるドットコム企業を誉めれば,その企業に注目が集まる。結果として株価が上がり,それによって同氏の評判がまた高まるという図式を描いた。

 Blodget氏の経歴を振り返ることは,証券アナリストという職業の本質を探るうえで参考になる。現在35歳のBlodget氏は,エール大学で歴史を専攻した。アナリストの多くはMBA(経営学修士号)や経済の学位を持っているものだが,学歴を見る限りBlodget氏には経済のバックグランドはない。経済学を学校で学んでいなくても株価予想の専門家になれるともいえる。

 Blodget氏は大学を卒業した後,ジャーナリストになりたくて米ハーパーズという有名な雑誌社に入社したが,そこで与えられたのは「記事の情報確認」という地味な仕事だった。これに嫌気がさした彼は,ウォールストリートの小さな証券会社に転職し,アナリストの道に入った。

 Amazon.comの株価予想を的中させ一躍注目を浴びたBlodget氏は,すぐに大手メリルリンチに引き抜かれ,ここからスター街道を走り始めた。アナリストの推奨ランクは,「強い買い」「買い」などから「売り」まで,何段階にも分かれるが,Blodget氏はほとんどのドットコム株に「強い買い」をつけた。驚くべきことに,そうした企業の株価がグングン上昇していった。彼は,いわばインターネット業界の広告塔の役割を果たした。

 Blodget氏を筆頭とする強気派は,バブルが弾けた後も,しばらくのあいだはドットコム企業の評価をなかなか下げようとしなかった。「いま我慢して株を保持しておけば,すぐに回復しますよ」ということだったが,予測とは逆に株価は下がり続けた。これを信じてドットコム株を買った投資家のなかには今,強気派アナリストを告訴する人も出ている。

 証券アナリストの次に非難を浴びたのが,ハイテク関連の市場調査会社の研究員たち。ある研究員は,「我々は(インターネット産業に関し)強気の市場予測を発表するように,常に圧力をかけられた。インターネット企業は,われわれの市場予測を利用して,ベンチャー・キャピタルからより多くの投資資金を獲得しようとしていた」と認める。

 バブルが弾けてしばらくたった今になって,バブル生成の舞台裏が徐々に明らかになりつつある。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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