先週(2月5日~2月9日)の米国株式市場は大荒れの展開となった。特にナスダック(米店頭株式市場:NASDAQ)総合指数は1週間で7.1%下落し,金曜日の総合指数は終値で2471ポイントをつけた。1月に記録した上げ幅を,一挙に帳消しにしてしまった。失業率や小売り予測の悪化など,米国経済の先行き不安に加え,火曜日に発表された米Cisco Systemsの四半期業績の悪化が,株式市場に大きなダメージを与えた。

 Cisco社の業績は,米国経済を牽引してきたインターネット産業のバロメータだった。米国経済のリセッションへの突入が現実味を帯びてきた現在,Cisco社の四半期業績は,景気後退の深刻度を測るうえで重要な意味をもっていた。米国ばかりか世界の株式市場が,同社の業績発表を固唾(かたず)をのんで待ち受けていたのだ。

 結果は,売上高が前年同期比で50%増の67億5000万ドルとなった。並みの企業なら上々の業績である。ところが,アナリストの事前予測の71億ドルを下回ったために,ネガティブなニュースとなって業界を駆け巡ってしまった。Cisco社の業績が事前予測を下回ったのは,実に3年ぶりだ。さらに今期(同社の会計年度で第3四半期)の売上高が前期(第2四半期)より5%低下する見込みだと発表した。同社の売り上げが低下するのは,実に11年ぶりとなる。

IT不況の連鎖,ドットコム企業,キャリア,そして通信機器ベンダーに

 Cisco社は米国のインターネット経済を支える通信機器ベンダー(インフラ業者)である。Cisco社の低迷は,2000年春に起きたネット・バブル崩壊の影響が,Eコマース業者の倒産,米AT&Tをはじめとした通信キャリアの低迷,そしてついに基盤を提供するCisco社のような通信機器メーカーにまで波及したことを意味する。

 この結果,バブル崩壊の根の深さを知った投資家が売りに走った。Cisco社の株価は1週間で約23%下落し,金曜日の終値で28ドルをつけた。

 Cisco社の昨年までの驚異的な成長は,ネット・バブルが通信キャリアにまで広がったお陰だった。1996年から99年にかけて,AT&T社をはじめとした通信業者は広帯域通信網の拡充のために猛烈な勢いで投資を重ねた。さらに通信法の規制解除を受けて,第2の米MCIや米Sprintを目指す新興の通信キャリアが続々と市場に参入した。4年間で144の通信業者がIPOに成功し,ドットコム業界並みの活況をみせた。

 この間の設備投資額は,実に3500億ドルに上った。このうちのかなりの金額がローンという形で会計処理された。すなわちCisco社や米Lucent Technologiesといった通信機器メーカーは,立ち上がったばかりの新興通信業者に,ローンでどんどん製品を納入したのである。しかしITバブルの崩壊を受け,通信業者の売り上げは一挙に悪化した。通信機器メーカーから借りたお金を返せるかどうかわからない事態に陥った。

「間もなく底,未来は明るい」とCisco社のCEO

 Cisco社は,それでもIT産業の雲行きが怪しくなりかけたころから,素早く危険な債権の圧縮に乗り出した。貸し出し額を40%程度削ったといわれる。しかしCisco社以外の通信機器ベンダーは,いまだに大量の貸し出しを抱えていると業界筋はみている。このように不良債権問題がIT産業の基幹部分で生じてしまったことが,業界の先行き不安感を招いた。それが株式市場の悪化という形で顕在化した。

 Cisco社の会長兼CEOのJohn Chambers氏は果断な決断力の経営者で知られる。今回の決算発表であえて第3四半期と第4四半期の業績予想を低く見積もったのは,「底が近づいている」という認識を市場に植え付けたかったからだ。

 これまでアナリストが余りに高い業績予想をしてきたために,それを下回ると株価は急落せざるを得なかった。事前予想を低く設定させることによって,実態から離れた失望感が生まれるのを回避したいのだ。

 Cisco社は業績発表のなかで,少なくとも2001年後半は売り上げが伸び悩むということを認めた。しかしその後は,強気の未来像を描く。強気の背景には,インターネット電話など高付加価値サービスに注力する通信キャリアの姿がある。こうしたサービスを支えるルーターなど,新製品を提供することによって再び高成長軌道に戻れるとみているのだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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