米国ハイテク経済の指標となるNASDAQ総合指数が先週木曜日,ついに史上最高値の半分となる2600ドルを割り込んでしまった。この秋までは相場が下がるたびに,底値を探る投資家の「買い」が入り,市場は下げ幅を取り戻すケースが多かった。ところが年末が近づいた今,投資家は完全に怖じ気づいてしまったようだ。株を清算して,現金を手元に残す人たちが多くなったといわれる。

 米国の経済紙の紙面には,ついに「リセッション(Recession:景気後退)」という言葉が踊り始めた。しかもただのリセッションではなく,「インターネット・リセッション(Internet Recession)」とか「ITリセッション(IT Recession)」といった表現が一般的になっている。

 90年代の未曾有の好景気を牽引してきたのが,インターネットを中心とするIT産業だったことに疑いの余地はない。そうだとすれば,そのIT産業がスランプに陥った以上,その影響は米国経済全体に及び,景気が冷え込む危険性がある,という意味なのだ。

 今のところ,いわゆるオールド・エコノミー(Old Economy)と総称される伝統的な産業界の経済指標であるダウ(Dow)平均は,神経質な動きを見せながらも,1万ドル台を維持している。つまり,経済全体が危機状態に陥った兆候が出ている訳ではない。しかし米国の投資家は,恐らく日本の人々が想像する以上に危機感を強めている。

 今まで,本コラムでも何度か指摘してきた通り,米国経済の象徴は今や,ダウ平均(Dow Jones Industrial Average)ではなくNasdaq総合指数である。マンハッタンのタイムズ・スクエアにあるNasdaq市場の電子掲示板の前では,下がり続ける株価を虚(うつろ)ろな目で追う個人投資家たちが,ぼー然と立ち尽くしている。ちょうど90年はじめにバブルが弾けたときの日本と同じ様相を呈してきたのだ。

 米国のハイテク投資専門家のなかには,2001年の米IT産業は競争力が低下するとみる人が出てきた。シリコンバレー投資家のインド系コミュニティのドンと称されるKanwai Rekhi氏は,こう予想する。「Nasdaq総合指数は今後しばらく,2700~2800ドルを低迷する」と。

 米マイクロソフトの創設者として知られるポール・アレン氏の投資会社を経営するビル・サボイ氏は,「ITバブルが弾けたことによって今後,不良債権問題が徐々に現れるだろう」とみる。米IT産業の技術開発力に衰えは見られないが,投資環境が悪化すれば,ビジネスへの悪影響は避けられない。

 米IT産業の競争力が(仮に一時的にせよ)低下するということは,日本にとっては,比較優位を取り戻すチャンスともいえる。ただそこには条件がある。「日本の株式市場が自律性を確保する」ということだ。

 日本経済の指標とも言える日経平均株価は,今年1年ほぼNasdaq総合指数の変動を,なぞるかのように推移してきた。1年間の株価チャートを比較してみると,Nasdaqと日経平均は推移曲線がよく似ている(その一方でダウ平均と日経平均のあいだには,ほとんど相関性がなくなってしまった)。2001年に日本のIT産業が比較優位を確立するには,この悪しき連鎖を断ち切り,自律性を取り戻す必要がある。

 技術的には日本のIT産業が米国に追いつき,追い越す条件は整ってきた。いわゆるポスト・パソコン時代の要となる無線インターネット技術では,「日本が米国に2年先行する」とみられている。それを象徴するのが,NTTドコモによる米AT&T Wirelessへの出資だろう。

 この1兆円出資が,日米IT産業の力関係が逆転に向かう“兆し”のようにも筆者にはみえてくる。

(小林雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

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■著者紹介:(こばやし まさかず)1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所)がある。