パソコンの安売り競争が再燃してきた。かつて98~99年にかけて,パソコンのいわゆる「価格破壊」の進んだ時期があったが,当時は下位機種が話題の中心だった。2001年に入ってからの値崩れは様相が違う。下位機種から上位機種,さらにサーバー機にまで及んでいる。

 今回の「安売り戦争」を仕掛けたのが米Dell Computerというのは衆目の一致するところ。世界的なIT不況の影響で,パソコン出荷台数の頭打ちが顕著だが,同社はむしろこの危機を「シェア拡大の好機」ととらえ,思い切ったデイスカウント攻勢に出たのだ。

Dellがパソコンで世界のトップに

 価格構成を仕掛けたのが2000年12月。以来,Dell社のシェアは思惑通り急拡大した。2001年第1四半期には12.8%のシェアを獲得し,米Compaq Computerを抜いて世界1位の座を初めて獲得した。出荷台数は前年同期比で実に34.3%増である(米国市場でも前年同期比30.4%増)。ちなみに同じ期間に,世界市場でのパソコン出荷台数は3.5%の微増に留まり,米国市場では史上初めて3.5%の「マイナス成長」を記録した。それだけに,Dell社の成長ぶりが際立つ。

 こうしてみると,Dell社の一人勝ちの構図が浮き彫りになる。実際,Compaq社や米Hewlett-Packard(HP)などライバル・メーカーは,シェアを落としている。たとえばCompaq社は0.4ポイント減,HP社は0.6ポイント減だった。それでもComapq社は出荷台数で0.3%増となんとか微増を記録したが,HP社は台数減となった。

 Dell社躍進の原動力は,製品の大幅ディスカウントや様々なオプション類である。何とも原始的な手法だが,これ以外に躍進の理由は考えられない。

 Dell社は2000年12月から2001年2月にかけて下位機種で約20%,上位機種では約40%も値下げした。さらに4月下旬には,デスクトップ・パソコン全般にわたって平均で10%の値下げを実施した。これと並行して,PDAやプリンターなどの付属製品,さらに無料インターネット・サービスを,パソコンのオプションとしてつけるなど,シェア拡大路線を突き進んだ。

 なりふり構わぬDell社の攻勢に慌てたのはライバル・メーカーだ。不本意ながら安売り戦争に参戦せざるを得なくなった。Compaq社とHP社は5月に入ると,デスクトップ・パソコンやノート・パソコンを平均で約30%の値下げを断行した。これに対しDell社ビジネス開発担当副社長Tom Meredith氏は,「これからも値下げを継続する」と迎え撃つ形を鮮明にし,いよいよ安売り競争に拍車がかかってきた。

 今回の値下げ競争によって,消費者にとって値ごろ感のある中位機種の価格が急落している。たとえば1.7GHzのPentium 4プロセサを搭載したHP社の「Vector vl800」は,900ドルも値下がりして2800ドルとなった。1GHzのPentium IIIプロセサと40Gバイトのハード・ディスク装置を搭載したCompaq社の「DeskPro EX」ともなると,280ドル下落した1100ドルである。パソコン業界筋は,遠からず最新のPentium 4を搭載したパソコンでさえ,下位機種では「1000ドルを切る」と予測している。

マイクロプロセサの値崩れも,パソコンの価格競争に拍車

 パソコン・メーカーの値下げ競争の背景にあるのが,マイクロプロセサの値崩れである。米Intelが4月下旬に発表した1.7GHzのPentium 4の価格は,352ドルときわめて安い(352ドルはあくまでリスト・プライスなので,実勢価格はもっと低いものと考えられる。ちなみにほぼ1年前の1GHz版Pentium IIIのリスト・プライスは990ドルだった)。他のPentium 4も,最新版の価格に見合う形で最大51%も値下げされた。「1000ドルを切るPentium 4搭載パソコン」が,現実のものとしてぐっと近づいてきた。

 マイクロプロセサの業界でも,Intel社と米Advanced Micro Devices(AMD)が激しい価格競争を展開している。さらにパソコン・メーカーが,購入したものの使い切れないマイクロプロセサを,グレイ・マーケットと呼ばれる「2次市場」に放出しており,これが価格崩壊に拍車をかけている。

 もっとも,確かにマイクロプロセサに加えメモリなど主要部品の値崩れも激しいが,こうしたコストの低下を考えても,パソコンの値段は下がり過ぎている。Dell社を筆頭にパソコン・メーカーは相当無理をして,価格競争に打って出ているのが実情だろう。Dell社は創業以来,他のパソコン・メーカーに比べて高い利益率を維持してきた。これは,オンラインによる注文生産に特化したSCM(Supply Chain Management)システムの賜物だ。

 しかし低価格攻勢に出た時点でDell社は,利益率を犠牲にしても市場シェアを奪うことを優先する方向に一歩踏み出したのは間違いない。Dell社が2月に断行したレイオフ(全従業員の4%にあたる1700人)は,この延長線上で考えるべきだろう。業界関係者のあいだでは,今後さらに3000~4000人のレイオフに踏み切るとみられている。

 こうした「肉を切って骨を守る」という行き過ぎた価格競争は,当然だが好ましいものではない。Dell社の推奨ランクを下げた投資銀行のアナリストも出始めた。Compaq社やHP社も,Dell社の後を追うように値下げ競争に入ったため,レイオフなど業務縮小に追いこまれる危険性がある。さらにパソコン価格が下がれば下がるほど,倉庫に山積みされた在庫の資産価値も減る。まさに不毛な消耗戦に陥るのだ。

 既に,体力のない中小のパソコン・メーカーが市場から撤退し始めている。しかしDell社は数週間以内にも,追加の値下げに踏み切るとみられており,パソコン価格の下落は今しばらく続きそうだ。

 消費者には嬉しい話だが,関係者はパソコン業界の先行きに不安を募らせている。「パソコンは死んだ」「ポスト・パソコン」が叫ばれて久しい。こうしたなかでの値下げ合戦によって,パソコン・メーカーは自らを傷つけている感じるのは筆者だけだろうか。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)小林 雅一 近影
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

◎関連記事
米インテルが1.7GHzの「Pentium 4」を発表,価格は352ドルと安い
米インテル,Pentium 4の最大51%値下げを正式に発表
PCスランプ! 米デルが1700名の従業員削減,今後の成長予測を下方修正
米マイクロンがパソコン事業から撤退,Webホスティング企業に変身へ

Q1の米国パソコン市場はマイナス成長,世界市場は3.5%増で過去最低の伸び
「2001年のPC出荷台数は1ケタ成長の可能性も,回復は2002年」と米データクエスト
米パソコン市場,消費者向けの伸びが鈍化し,企業向け市場も不安定に
「家庭向けPCで再購入率が最も高いブランドはMac」,米Harrisの調査
【TechWeb特約】脱PC化進める米国パソコン・ベンダー,行く手に壁
「2000年はパソコンよりも家電が好調」,米NPD INTELECTの調査