我々日経コミュニケーションは本サイト上で,5月末に巻き起こった通信業界再編の動きを追う緊急連載を組んでいる。新たな事実が目白押しなので,ぜひご一読いただきたい(本文末の「関連記事」参照)。今回の「記者の眼」では,その緊急連載を基に「ソフトバンクによる日本テレコムの買収」について考えてみた。

異質な経営者2人の“化学反応”

 「Yahoo! BBを買ってくれよ」――。通信業界に激震が走ったソフトバンクによる日本テレコムの買収は,この一言から一気に加速し始めたという。これを言い放ったのは日本テレコムの倉重英樹社長。「(株主の)リップルウッドにそう言ったら,たまたま孫さんが同じことを考えてた」。

 なんという偶然だろうか。ソフトバンクの孫正義社長も,「日本テレコムの買収を考えてはいたが,話が急速に具体化し始めたのは倉重さんが日本テレコムの社長に就任したあと」と内幕を明かす。

 倉重社長の当初の提案どおり,リップルウッドがYahoo! BBを買うという形にはならなかったが,日本テレコムはソフトバンクの傘下となり,孫社長と倉重社長はタッグを組むことになる。「まったく予想外の時期に予想外の組み合わせ。一体何をしだすのかまったく分からない」と,ある通信事業者の幹部は不安を吐露する。

 この話を聞いたとき筆者は思わず,「化学反応」という言葉を思い浮かべた。異質なもの同士が融合し,まったく新しい物質に変わってしまう――。孫社長と倉重社長は共に,もともと通信業界出身ではなく他業界の出身者。日本の通信業界からすると異質の経営者だ。

 これまでも孫社長は単独で,ADSLとIP電話により通信業界を大きく変えた。そこに,同じく他業界出身の倉重社長が加わることで化学反応が起こり,まったく新しいことを次々と始めそうに思えたからだ。しかもものすごいスピードで。

 この変化の速さに両社の社員がついてこれるのか,ユーザーにどんな影響がでるのかは別にして,この変化へのスピード感は,これまでの通信業界になかったもの。十分に評価できると思う。この再編は,“電話屋”の発想で,長々と議論されたうえで実行された99年のNTT再編などとはまったく次元が違う。

異業種出身組と“電話屋”の違いが浮き彫りに

 実際に孫社長と倉重社長はそれぞれ,既存の通信事業者にない型破りな発想を持っている。発想だけでなく,それを始めるまでのスピードも実に速い。そして,周りを確実に巻き込んでいく。

 これまで孫社長が繰り出してきた革新的なADSLの営業手法や,IP電話サービスを他社より1年も先に開始したのはその典型的な例と言える。無料キャンペーンやモデムの無料配布など,巨人の東西NTTさえ,常にソフトバンクの動きを無視できず,引きずられる形になっている。

 一方で倉重社長も,その人となりを知る関係者からは「発想に制約がない」ということで有名。その証拠として,「Yahoo! BBを買ってくれ」などという大胆な言葉は,既存の通信事業者はこれまで誰も言い出さなかった一言。発想に制約がなく,他業界からやってきた倉重社長(関連記事)だからこそ,言えたのだろう。しかもそれが就任直後の出来事だったというスピードも圧巻だ。

 今回の一件で,倉重社長も孫社長に負けず劣らず型破りであることが証明された。“電話屋”としての発想が依然として支配的な,既存の通信事業者との大きな違いがくっきりと浮かびあがる。孫社長と倉重社長の型破りの発想とスピードは,他の通信事業者にとって何より脅威で,今後の再編に大きな影響を与える可能性がある。

 孫社長と倉重社長の化学反応の触媒となったのが,通信事業者ではない米投資会社のリップルウッド・ホールディングスだった点も非常に興味深い。通信業界以外から入ってきた人材が,通信業界に根底から揺さぶりをかけたのだ。

手ごわい相手がADSLから固定通信全般へ戦線拡大

 今回の買収により,ソフトバンクはNTTグループ,KDDIグループに次ぐ,1兆円規模の売上高である第三位の総合通信事業者となる。これだけのスピードで新しいことを始めだす手ごわい集団が,ADSL市場という局地戦から,固定通信全般へ戦場を大きく拡大したのだ。追う立場の電力系通信事業者であるパワードコム,追われる立場のKDDIグループの両社は,ソフトバンク・日本テレコム連合の動きを常に意識しなければならなくなる。

 最も影響が大きそうなのはKDDIだ。NTTグループは体力があり,ADSLのように本気になれば後からでもソフトバンクに追いつける。孫社長の日本テレコム買収の記者会見からすると,当面の“仮想敵国”はKDDIグループのよう(もちろん,NTTグループへの強烈な意識を持ち続けていることは間違いないが)。ブロードバンド回線や法人向け固定通信サービスの回線数の合算では,KDDIを既に上回っている点を具体的に比較してアピールしていた。

 また,孫社長はかねてから携帯電話事業への進出を表明している(関連記事)。NTTグループへの強烈な対抗意識は持つが,まずは3者寡占の携帯電話事業で稼ぐKDDIの追撃に照準を合わせている。

 では,KDDIにソフトバンク・日本テレコム連合を振り切る力はあるのか?KDDIは現在,成長部門で稼ぎ頭である携帯電話事業「au」を持っているという大きな強みがある。偶然かもしれないが,ソフトバンクによる日本テレコムの買収発表と機を同じくして,傘下のDDIポケット売却計画が表面化した(関連記事)。経営資源を主力事業に集中させ,グループの競争力向上させるために必死な姿が透けて見える。

 不振が続く固定通信のテコ入れ策も進めている。固定通信の法人営業部門の分社化を検討しているのだ(関連記事)。ただ,「実際に検討を始めると,いろいろな課題が浮き彫りになり,当初のメドとされていた2004年10月には間に合わないかもしれない」という声が,KDDI関係者から漏れてくる。「分社に向けた作業をやめた」という動きもなく,淡々と検討は進んでいるという。

 これだけのスピードを持つ相手が追い上げようとしている時に,「淡々と」でいいのだろうか?分社するにせよしないにせよ,早急に決断し,方向性を明確にすべきだろう。

 auが好調な今のうちは単独で生き残れる可能性が最も高い。しかし上層部は,「単独で生き残れればハッピーだが,状況は流動的」と慎重な姿勢を崩さない。今後,ソフトバンク・日本テレコム連合が携帯電話事業に進出すれば,状況は激変する。3社寡占が崩れた時でも,auの好調を維持し続けられれば生き残りは可能だろう。それには,革新性とスピードをKDDI自ら身に付けるしかない。

赤字決算発表の場で居眠りをするパワードコム幹部

 2000億円程度の連結売上高しかないパワードコムは,3位のソフトバンク・日本テレコム連合に,売上高で8000億円の差をつけられることになる。4大固定通信グループの中での売上高は大きく見劣りすることは確かだ。今後の生き残りをかけて,早急な建て直しが求められている。

 6月末に社長就任予定の中根滋氏も,倉重社長と同様にIT業界の出身で通信業界外からの参入組(関連記事)。まずは赤字を脱却して利益のでる会社に,という体質改善を急務とする。当然,「今の規模では生き残れない」という認識も持っている。しかし,電力系事業者といえば,決断がなかなか下せないイメージがついている。一例として,全国に10社ある電力系通信事業者の統合は,数年前から検討を続けていまだに結論が出ていない。

 パワードコムの決断のスピードにおいては,ソフトバンク・日本テレコム連合とはもっとも対極に位置していると言ってもいい。次期社長の中根氏と次期会長の北里氏も「スピードが重要」と課題を認識しているが,就任するのは6月末。「本格稼働は日本の会社特有の諸々の事情があり10月から」(中根次期社長)と,やや遅めである。

 余談ではあるが,2004年3月期に出した120億円の赤字決算(関連記事)を発表している最中,白石智社長の両隣に座っていた幹部が二人とも居眠りをしていた光景が筆者の目から離れない。決算発表の準備などで疲れていたのかもしれないが,社内の改革には相当苦労しそうだ。

 倉重社長は記者会見で「(ソフトバンク・日本テレコム連合が)期待しているように動けば,もっとパワードコムにも意欲を持って,参加しようかと思ってもらえるんじゃないか。結婚と違って,一つしか選べないというのと違う」と,意味深長な秋波を送る。倉重社長には,「将来のブロードバンドの中心はFTTH」との認識がある。いずれ,電力系通信事業者との連携は検討項目に入ってくるのだろう。

 改めて現状の通信業界を俯瞰すると,型破りな発想と,それを実行するスピードで,今のソフトバンク・日本テレコム連合に勝る事業者はいない。孫社長と倉重社長による次の化学反応は何を生むのだろうか?異質なものを批判するのは簡単だが,ここは新しい風を通信業界に送り込んでくれることを大いに期待したい。

 もちろん,ソフトバンクが日本テレコムを買収した後も,日本テレコム・ユーザーの信頼を維持し続けられるのかどうか,本当に携帯電話事業に進出できるのか,などの課題も多い。今後の再編で,ユーザーにメリットのあることばかり起こるかどうかも分からない。(下)ではこのソフトバンク・日本テレコム連合が今後,どう存在感を強めていけるのか,課題とシナリオを検証する

(宗像 誠之,島津 忠承=日経コミュニケーション)