日経コミュニケーションは本サイト上で,5月末に相次いだ通信業界再編の動きを追う緊急連載を1週間に渡って組んできた(本文末の「関連記事」参照)。緊急連載を基に,「記者の眼」ではソフトバンクによる日本テレコムの買収を考察している。通信業界にとっては異質な2人の経営者によって実現した買収劇を考察した『「Yahoo! BBを買ってくれよ」から始まった業界再編(上)』に続き,(下)ではソフトバンク・日本テレコム連合がどのように存在感を示そうとしているかを探る。

価格破壊だけでは存在感を示せない法人市場

 「日本テレコムを買収するのに3400億円は出し過ぎ。孫さんは浮かれているんじゃないか」――。通信業界に詳しいアナリストの一人はこう指摘する。確かに,米リップルウッド・ホールディングスが2003年秋に日本テレコムを買収した時点の金額を800億円も上回る。その主な目的が日本テレコムのブランドを得て法人向け市場に本格参入する時間を稼ぐことだけなら,今回の買収はかなり高い買い物に映る。

 既存の通信業界の枠組みで見る限り,ソフトバンクと日本テレコムが連合したからといって,直ちに法人向け市場で圧倒的な存在感を示すのは難しい。連結売上高1兆円の企業といっても,10兆円を超えるNTTグループの連結売上高とは文字通り“けた違い”。孫・倉重の両氏とも重々承知している。だからこそ買収発表の会見では,業界2位のKDDIを仮想敵に据えたのだ。

 一部報道では,ソフトバンクの参入によって法人市場にも価格破壊の波が到来するとの見方がある。だが,孫社長は「価格はユーザーに訴求する要素の一つにすぎない」と,価格破壊に積極的ではない。ソフトバンク自身が,企業ユーザーが料金の目新しさだけでは釣られないことを身を持って知っているからだ。例えば,2002年11月に国内初の定額料金メニューのIP電話サービスを開始したものの,2004年3月にはひっそりと新規ユーザーの募集を打ち切っている(関連記事)。

 しかも2004年4月に電気通信事業法が改正され,通信事業者と企業が個別交渉で利用料金などを決める相対契約が認められた(関連記事)。料金表などあってないような状況である。個人向けADSL(asymmetric digital subscriber line)サービス「Yahoo! BB」で利用した,劇的に安い料金を提示して一気に顧客を獲得するという手法は困難だ。その個人向けADSLサービスにしても,開始後は一度も利用料金を下げていない。それどころか,より高速なサービスが登場するたびに,通信料金やモデムのレンタル料を事実上“値上げ”し続け,競争相手に対する価格優位性はなくなった。

サッカーからラグビーにルールを変えて戦う?

 それでは,どうやって存在感を示すのか。買収に関する記者会見の後,孫・倉重の両氏は少なくとも2回会い,今後の方針について話し合っている。しかし,本誌の問に対する孫社長の答えは「準備中」。明かそうとはしない。もっとも,日本テレコムの倉重社長は,「通信分野とコンピュータなどの情報分野を分けて考える必要はない」「ユーザーの要望にあったネットワークを作る」といったヒントをくれた。

 例えば,通信事業者ではないソフトバンクの資産を日本テレコムに注ぎ込む手法が考えられる。ソフトバンクは通信インフラ周りの事業だけでなく,IT(情報技術)関連のアプリケーションやサービスを手がけるグループ会社を数多く抱える。ソフトバンク・グループの製品・サービスと日本テレコムの回線を組み合わせ,ユーザー企業が通信ネットワーク上で利用するアプリケーションも一体で提供する。「通信回線を高い品質で提供しますから,使い方は皆さんで考えてください」といった,従来型の通信業界のビジネス・モデルから脱却を図るわけだ。

 言うなれば,足だけ使って11人で競うサッカーから,手も使えて15人でやるラグビーにルールを変えることで,NTTグループをはじめとする既存の通信業界にはない革新性を持ち込む。こうして存在感を見せるわけだ。ルールを変えてしまえば,NTTグループと対抗して存在感を示す余地も十分ある。回線売りで圧倒的な強さを示してきたNTTグループも,回線と多様な業務アプリケーションを組み合わせて提供するモデルは模索している段階と言っていい。ソフトバンク・日本テレコムが付け入る隙は十分にある。

 このようにとらえると,ソフトバンクによる日本テレコムの買収は通信業界再編という枠組みに留まるものではなく,今後,通信分野と情報分野の業種をまたいだ連携が加速する先駆けかもしれない。他の通信事業者同士の再編劇より,ネットワーク機器で圧倒的な強さを持つ米シスコ・システムズとコンピュータ業界の巨人である米IBMがIP電話システムで結んだ提携(関連記事)の方が,意味合いは近いのかもしれない。

「免許さえもらえば明日にでも携帯をやりたい」

 日本テレコムの買収で法人市場への本格参入の足がかりを得た一方で,ソフトバンクは携帯電話市場への参入意欲も隠さない。

 携帯電話市場は契約者が8000万に達し,ADSLより市場の広がりは期待しにくい。しかし,法人向け固定市場よりは携帯電話市場の方がソフトバンクが存在感を発揮する姿を描きやすい。ADSLやIP電話サービスに持ち込んだ戦略を応用しやすい面が数多くあるからだ。

 例えば通話料。携帯電話事業者各社はパック料金や複雑な割引サービスを拡充する代わりに,通常の通話料金をほとんど下げないできた。これは,ソフトバンクBBがIP電話サービスを仕掛ける前の固定電話サービスとそっくりな状況である。

 「iモード」に代表されるブラウザフォン・サービスにしても,ようやく高速通信が可能なサービスや定額料金のメニューが登場したばかり。速度面・料金面ともに,まだまだ多様な可能性を探れる時期だ。ちょうど,ダイヤルアップ接続,NTT東西地域会社の「フレッツ・ISDN」,そして最大1.5Mビット/秒のサービスを月額6000円前後で提供するADSLサービスが混在していた市場に似ている。孫社長は「iモードならぬ,Y!(Yahoo!)モードを出したいな。ブロードバンドと相性がよさそうでしょ」と冗談交じりで構想を語る。

 飽和気味とされる市場も,新規で携帯電話に契約する若年層を取り込めれば動かせる余地はありそう。家族向けの割引メニューなどと組み合わせれば,家族まで取り込める可能性が出てくる。これは,最近好調のKDDIが実証済みだ。

 結局のところ最大のネックは,総務省がソフトバンクに免許を与えるかどうか(関連記事)。「免許さえもらえれば明日にでもやりたい」(孫社長)。ただ,法人市場へ本格参入することが決まった矢先,携帯電話事業へ参入するタイミングまで本気かは,今回の取材ではつかみ切れなかった。

 孫社長はADSL事業でもめて危機に陥った際に,総務省の官僚に「ライター貸してくれ,ガソリンかぶって火を付ける」と言ってのけたことがある。そこで,「携帯電話事業の免許が取得できそうになかったら,ライターですか」と向けてみたが,笑っただけだった。

(島津 忠承,宗像 誠之=日経コミュニケーション)