「京セラでPHS事業を立ち上げたのは私だよ。PHSの技術的な良さは知り尽くしている。KDDIから一人立ちすることで,その良さをもっともっと引き出せるはずなんだ」。京セラと米投資会社のカーライル・グループによるDDIポケット買収報道があった直後の先月28日夕刻。都内のホテルで開催された記者懇親会に姿を現した京セラの西口泰夫社長は,取り囲む報道陣の質問に少しも動ぜず,落ち着き払って答えていた。

 西口社長は90年代初めに情報通信事業統括本部長を務め,DDIポケット創業以前からKDDI(当時はDDI)と二人三脚でPHS関連事業を引っ張ってきた人物。それだけに,PHSに対する思い入れが言葉や態度の端々ににじみ出る。「もっと早く一人立ちさせるべきだったのではないか」との記者の質問にはゆっくりと,だが大きくうなずいた。

日本テレコムの二の舞にはならない
 KDDIがDDIポケット売却を検討し始めたのは3年も前の2001年6月。携帯電話事業者との競争でひへいしていたDDIポケットが起死回生の一手として,業界初の定額無線パケット通信サービス「AirH"」を投入した時期だ。カーライルや米リップルウッド・ホールディングスがDDIポケットの将来性を評価してKDDIに買収を打診してきた。AirH"投入が奏効してDDIポケットの経営状態が大きく改善してきたためこの話は棚上げとなったが,KDDIの小野寺正社長は「今すぐという話ではないが,売却も含め,DDIポケットの経営状況の改善に向けていろいろな方法を探っている」と機をうかがってきた。

 そして,約1年前,カーライルがKDDIにDDIポケット売却を再度打診してきた。KDDIは移動通信事業の経営資源をau携帯電話事業へ集中させだした時であり,まさに渡りに船の申し出だった。

 PHS装置のメーカーである京セラにとっても,DDIポケット買収の意義は大きい。「PHS関連事業の売上は700億円に達しており,そのうち95%を海外事業が占める」(西口社長)。DDIポケットは,京セラがPHSの海外展開を進める上で技術の“ショーケース”という重要な役割を担う。「京セラが一定の出資比率を保っていれば,(カーライルが)おいそれとPHS事業から手を引くことはできないだろう。日本テレコムをわずか半年で売却したリップルウッドのようにはならない」(西口社長)との思惑も働いたようだ。

旧DDIのベンチャー精神を残す
 こうしたカーライル・京セラによるDDIポケット買収交渉が完了するのは6月中旬。その波紋は,KDDI1社の経営体制どころではなく移動通信業界全体にまで及びそうだ。

 実は,DDIポケットは携帯電話事業者各社がこぞって注力する第3世代携帯電話(3G)サービスを常に先取りしていた。その最たるものが,前述の定額パケット通信だ。親会社であるKDDIはDDIポケットに遅れること2年,2003年11月の第3世代携帯電話(3G)システム「1xEV-DO」の商用化に合わせて,ようやく定額モバイルに参入した。NTTドコモによるPHSの定額データ通信サービス「@FreeD」や,2004年6月に3Gサービス「FOMA」へ定額パケット通信サービスを取り入れたのも,結果としてDDIポケットの後追いになっている。このほかにも,携帯テレビ電話端末の提供や「MVNO」(仮想移動通信事業者)事業の展開など,携帯電話事業者より常に一歩先んじたサービスの商用化は枚挙に暇がない。

 DDIポケットの山下孟男社長(写真下)は2月,本誌取材に対して「定額モバイル・サービスを提供したとたん,通信トラフィックは数百倍にはねあがる。こうしたトラフィックを効率的に収容するための技術では,PHSが携帯電話よりはるかに優れる」と答えている。

 だが同社の新サービス開発を後押しするのは,技術的側面だけではないようだ。同社の母体となったのは,もともと旧DDIで「αLCR」を開発した部隊。KDDIや日本移動通信との相次ぐ合併で大きくなりすぎた現KDDIよりも,あの手この手でNTT対抗サービスを仕掛け“野武士”とも称された旧DDIの風土を色濃く残す。KDDI傘下ではau携帯電話事業を展開する親会社の顔色をうかがい,思い切ったサービス攻勢をかけられなかったが,今後はこれまで以上に移動電話業界の常識にとらわれない新サービスを生み出せる体制が整う。

3G時代のサービスを占う
 ただ,同社が得意としているモバイル・データ通信では前述のように,NTTドコモのFOMA,KDDIの1xEV-DOと強敵が目白押し。TDD方式の3G携帯電話サービスを検討するソフトバンクやイー・アクセスといった新たなライバルも控えている。

 実際,法人営業の現場ではKDDIとの競合が始まり出した模様。2004年4月に法人ユーザー向けの相対契約が解禁されたことで「定額モバイル・データ通信サービスを使う法人ユーザーの商談で,KDDIの1xEV-DOと競合している」(あるDDIポケット社員)。こうなると,平均600k~800kビット/秒の高速データ通信が可能な1xEV-DOと比べて,最大128kビット/秒のAirH"は分が悪い。

 もちろんDDIポケットも高速化の道筋を見据えている。具体的には,2004年内に256kビット/秒の端末を発売する計画。さらに今後提供を予定する法人向けの圧縮サービスを利用すれば,体感速度は500kビット/秒を超える。さらに同社の技術開発部門は,最大1Mビット/秒以上の高速化技術にも取り組んでいる。

 3G携帯より一歩先に新市場を切り開くことで生き残ってきたDDIポケット。auを抱える親会社KDDIのしがらみを離れることで,3G携帯に“遠慮”することなくサービスを仕掛けられる。NTTドコモ,KDDI,ボーダフォンに加え,ソフトバンク,イー・アクセスも参入し競争は激化,新しいサービスも期待される。その行方を占うためにも,DDIポケットから目が離せない。


(高槻 芳=日経コミュニケーション)

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