米Googleが4月1日付けで発表したメール・サービス「Gmail」が波紋を広げている。発表日が4月1日だったということから,この話,当初はエイプリル・フールだと思った。しかし,米New York Timeや米Washington Postといった大手各紙が報じるようになり(掲載記事),IT専門メディアも「Gmailはジョークではない」という記事を掲載するなどして,本当であることがようやく分かったという次第だ。

 ジョークではないとして,改めてGmailのサービス内容を見てみると,ユーザー1人当たり,約1ギガバイトものメール保存容量に驚く(関連記事)。例えば筆者がメインで使っているメーラーの中のメール数は約3万3000通。約5年分の捨てられないメールがここにたまっているが、それでも容量は100Mバイト程度に過ぎない。つまりGoogle社は,1人のユーザーが約50年かけてやりとりするメールのすべてを保存できるというサービスを提供することになる。今回はこのGmailについて考えてみたい。

■メールの内容によって異なる広告を表示する

 まずはGmailについて,現在分かっていることを挙げてみる。Google社技術担当副社長のWayne Rosing氏によると,Gmailは過去1年間,同社の一部の従業員がテストを行ってきたが,4月1日から参加する従業員数を増やし,すでにそれら従業員の家族や知人も利用しているという。サービスの一般提供は,「数週間後あるいは数カ月後」(同氏)とのことだ(掲載記事)。

 「このテスト期間ではインタフェースは英語のみ。ただしほかの言語についてもできるだけ多くを提供できるように努力している。またメールの送受信はどの言語でもすでに可能となっている」(Google社)という。

 GmailはWebベースのメール・サービスである。ユーザーの利用料は無料。Google社の収益源は広告となる。現在提供している検索サービスと同様,メッセージ画面の右側に広告を出す。検索サービスの場合は,検索と関連した広告を自動抽出して表示しているが,Gmailでも同様の技術を使う。その対象はなんとメールの中身である。

 Google社プロダクト担当副社長のJonathan Rosenberg氏がその一例を挙げている。同氏は兄弟とのメールで,母親の趣味であるガーデニングについて話したという。すると,同氏のメールに,ガーデン・ベンチの広告が表示された。同氏はそれをさっそく購入し,両親に送ったのだという。

■プライバシが侵されるという懸念

 しかし,こうした仕組みによってプライバシが侵されるのではないかという懸念が広がっており今,物議を醸している。

 例えば消費者団体Electronic Frontier FoundationのKevin Bankston氏は,「メールの内容を見ることができるバック・ドアを作ることになる」と批判している。同氏によれば,広告を目的としてユーザーのメールを保存するというGoogle社の行為は,電子通信プライバシ法(Electronic Communications Privacy Act)で明確に保護されていないグレー・エリアかもしれず,大きく懸念されるという(掲載記事)。

 またこんなことを言う人もいる。「誰かが,愛する人を亡くした友人にお悔やみのメールを送ったとする。すると葬儀社の広告が出てくるというわけか,ゾッとする」(ミシガン州立大学のRich Wiggins氏,出典は同上)

 これに対してGoogle社では,「人間がメールの内容を読むことはなく,すべてコンピュータで処理する。メール内容や,個人を特定できる情報を広告主に提供することもない」(Google社のGmail説明ページ)と説明している。「(そんな懸念は)クレイジーだ。我々は,ユーザーの電子メールによって作られるすべての情報を,その電子メールそのものととらえている。もしこれに問題の可能性があるのなら,我々は必ず調査する」(Google社共同創設者のLarry Page氏,掲載記事

■なぜ検索会社がメール・サービスなのか?

 Gmailにはもう1つ,他社のサービスと異なる大きな特徴がある。それはユーザーがメールの振り分けをする必要がないこと。同社の発表資料によれば,すべてのメールはその会話の内容によって自動的に分類される。各メールに対する返信メールもすべて関連づけて表示できるという。もちろん,同社の検索技術も使って,ユーザーが迅速に目的のメールを探せるようにもする(発表資料)。

 ここで同社のGmailの開発意図について考えてみたい。なぜ検索会社のGoogle社がメール・サービスを始めるのだろうか? その答えは,前述の説明文を見ると分かる。

 「GmailはGoogle社の検索技術を使って,メールを探せるようにする。つまりユーザーはフォルダを作ったり分類する必要がない。それ以外の機能も検索技術を使って実現している。電子メールの効率が検索によって高められるのだ。当社が電子メール・サービスを提供するのは自然な流れ」(Google社)

 同社はさらにこうも言っている。「Google社の使命は世界の情報を整理し,それをあまねく利用/アクセスできるようにすること。電子メールには多くの人の貴重な情報が入っている。しかしそれを取り出すのは困難。我々がその手助けをできると思う」。

 つまり,Gmailは同社の検索技術をふんだんに使ったサービス。広告表示も,メールの自動分類も,そしてスパム・フィルタ機能も同社の一連の技術なくしては実現しない。検索という同社の基本技術を応用した結果,「検索ベースのWebメール」(同社)という非常に便利なサービスが生まれたと言っている。

 Google社はここ最近,矢継ぎ早に新サービスを発表している。指定した地域の情報を検索できる「Google Local」(関連記事),自分の関心事にあわせた検索結果が得られる「Personalized Web Search」,また同社トップ・ページで商品検索サイト「Froogle」の提供も開始した(関連記事)。

 これらはいずれも同社の基本技術を応用したもの。そしてGmailもこれに漏れることなく同じ延長線上にあるというわけである。ちなみに,米メディアの情報によると,Gmailでユーザー1人当たりに1Gバイトの保存容量を提供するのにかかる運用コストは2ドル以下(掲載記事)。これをまかなうために広告を導入するというわけである。こうしたビジネス手法も既存サービスと同じである。

■Googleの目的と社会的責任

 Google社は年内にも,早ければ数カ月以内にも,IPO(新規株式公開)するのではないかと言われ,注目されている(その時価総額はITバブル崩壊後最大になると言われている)。そうした中,同社は,次々にサービスを増やすことでサイトをポータル化し,IPOの準備をしていると見る人が多い。ライバルである米Yahoo!や米MicrosoftのMSNからユーザーを奪い取る戦略ではないかと考えられているのだ。

 しかし筆者にはどうしても,それが同社の本来の目的でないような気がする。同社は生粋の頭脳集団。そんな集団が自分たちが考える素晴らしいアイディアを具現化して楽しんでいるという姿が浮かぶ。筆者にはこれが最大の目的なのではないかという気がする。The Wall Street JournalのEric Schmidt氏によれば,「Google社は多くの選択肢を探求しているが,特にすぐにでもIPOする必要はない」ようである(掲載記事)。また先ごろ米WebSideStoryが発表したGoogle社のシェアは40.91%。Yahoo!,MSNとの差をますます広げている。広告ビジネスも好調で,昨年の売上高も10億ドルと言われている。

 Googleサービスのユーザー数が増えれば増えるほど,同社の社会的責任も増してくる。ここ最近は,「ユダヤ人」で検索すると,反ユダヤ主義のサイトがトップに出てしまい,これが大きな論争となっているという問題が報じられた(掲載記事)。また,Google社が定期的に検索ランキングの数式を変更するため,小さな商店が一夜にしてランキングから消滅してしまうという問題などがあるという。個人の生活がGoogle社によっていとも簡単に左右されてしまうという現実がある(掲載記事)。

 しかしGoogle社はこうしたことには関与しない姿勢を貫いている。同社の回答は,「我々は検索結果を手作業で変更しない。我々は特定の人や団体のためにサービスを提供しているのではない。ユーザーのために提供しているのだ」(Larry Page氏)。これは確かに正論と思う。しかし,ここにきてGoogle社はその社会的影響力についてじっくり考える時期にきたのではないだろうか。業界トップゆえの責任と言ってもよいかもしれない。Google社はもうそこまでに大きく育った。Gmailのプライバシ問題についても,ユーザーの声をじっくり聞いて,よい解決策を見つけてほしい。

◎関連情報
米BellSouthが米Googleの検索と広告サービス採用,地域電話会社で初
米Google,保存容量1Gバイトの無料インターネット・メール・サービス「Gmail」
「米国ユーザーの検索エンジン利用,米Googleが引き続き優勢でリードを広げる」
米Google,ユーザーの関心事項に合わせた検索結果や更新情報を提供する新機能
米Yahoo!,欧州比較ショッピング・サービスのKelkoo社を買収
米Google,地域の情報を検索できる新サービス「Google Local」を開始
地図/旅行情報サイト「Yahoo! Maps」でより詳しい地域情報を提供
「競争が激化する検索市場,米MSと米Yahoo!の攻勢で米Googleの将来にかげり」
米Yahoo!,独自の検索技術「Yahoo! Search Technology」を導入
米MicrosoftがGoogle対抗のWebブラウザ用ツールバーを公開
米Yahoo!,検索技術の研究部門「Yahoo! Research Labs」を設立
Gates氏,「外部企業に検索サービスを頼っていたことが間違いだった」
米Amazonの全文検索は“デジタル万引き”と同じ?  賛否両論が渦巻く
米Overture,米MSNとの有料広告検索サービスの契約を米国と英国で延長
米AOL,米Googleとの提携延長と検索サービス「AOL Search」の機能強化
米Yahoo!の米Overture買収で得するのは米Google?
Google対抗策を打ち出した,検索結果のオークション会社
企業の広告戦略は検索サイトで? 気になる“検索エンジン・マーケティング”