2月20日から1週間にわたって,通信業界を取り巻く環境変化を制度の面から解説してきた(携帯電話の免許,固定・携帯が融合するFMCの電話番号,光ファイバの開放義務,インターネットの接続ルール)。電力やガスなどと同様に「規制産業」である通信業界は,その監督官庁である総務省の政策で事業が大きく左右されるからだ。最終回となる今回は,通信そのものの在り方を問う竹中平蔵総務大臣や総務省の懇談会での議論を中心に検証していく。
「事実上の再々編」に乗り出すNTT
まずは日本の通信そのものと言えるNTT(日本電信電話)の歴史を簡単に振り返りたい。NTTは1985年に日本電信電話公社の民営化で誕生した。その後,88年にNTTデータ通信(現在NTTデータ),92年にNTT移動通信網(同NTTドコモ)を分離している。99年には,NTT東西地域会社,NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の3社に分割・再編された。新しく設立したNTT持ち株会社がグループ各社を傘下に収める体制ができあがった。このうちNTT持ち株会社と東西NTTは,いわゆる「NTT法」で厳しく規制される特別会社。事業計画や料金設定などで総務省の承認が必要とされている。
そして99年の再編から5年ほどたった2005年11月初旬,NTTグループは中期経営戦略を発表(関連記事1)。これが現在の議論の“発火点”となった。インターネット接続や「050」番号のIP電話など上位レイヤーのサービス,法人向けの営業・ソリューション部隊をNTTコムに集約すると宣言。グループ会社間の重複事業を解消する事業再編を実施することを明らかにしたのだ。同時に東西NTTとNTTドコモが共同で次世代網を構築していくことも表明した。
これを通信業界では「事実上の再々編」と見る向きが少なくなく,KDDIなどの競合事業者が猛反発した(関連記事2)。KDDIの小野寺正社長は「NTTによる脱法行為」とまで厳しく指摘している(関連記事3)。
竹中大臣の就任でNTTと総務省に警戒感
NTTの大胆な事業戦略発表と前後して,2005年10月末に竹中大臣が就任した。竹中大臣の就任には,NTTの幹部だけでなく総務省の幹部陣も平静ではいられなかった。竹中大臣は首相直轄のIT戦略会議や本部のメンバーだった2000年以降,NTTの再分割に何度も言及しているからだ。通信業界は竹中大臣の就任に蜂の巣をつついたようになった。関係者の予感は的中する。当初はNHK(日本放送協会)に対する発言が目立っていたが,「この時代に通信と放送を別々に取り上げることはないだろう」と,大臣直轄の私的懇談会「通信と放送の在り方に関する懇談会」(以下,竹中懇談会)を立ち上げた(関連記事4)。「二つめのN」であるNTTにも直球で切り込んでいく姿勢を示した。
竹中大臣は2006年1月,本誌のインタビューに「インターネットは全国で見られるのに,なぜ放送番組は全国で同じものが見られないのか。素朴な問題意識から出発して,最後は国民全体がメリットを得られる方向に向かっていきたい」と懇談会の趣旨を説明する(写真1)。
NTTグループについて竹中大臣は次のように語る。「99年に持ち株会社制による大幅な組織再編を実施した。だがそれは旧来の電話網を前提にした考え方に基づいたものだった。IP網になれば距離による区別自体に意味がなくなるはずだが,実際には距離による区別になっている」と,現在の「県内は東西NTT,それ以外はNTTコム」との体制を見直す意向を示した。
次第に輪郭が見えてくる「竹中懇談会」
竹中懇談会が「NTTと通信の在るべき姿」を議論したのは2月21日。懇談会後には座長の松原聡東洋大学教授が,「NTTの組織の抜本的な見直しが必要だ」と断言(関連記事5)。NTT法の改正に踏み込む考えを明らかにした(写真2)。さらに松原座長は「NTTが今のままでいいという構成員は皆無だった」と発言。NTT持ち株会社が抱える研究所は,「これまでの技術開発の在り方は見直しが要る。研究開発は外部に出すべきだ」とNTTにとっては厳しい言葉を浴びせ続けた。この会見を受けて,翌日22日に「竹中懇談会がNTT解体視野」と一部報道があった。その日に都内で講演した松原座長は「誤解が生じている。大胆な改革が必要だが,NTTの解体を目指すものではない」と説明した(関連記事6)。
こうした竹中大臣や松原座長の発言,そして総務省が2005年10月に立ち上げたIP化に向けた制度を議論する会合「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」(以下,IP懇談会)での議論から,NTTの今後の姿,ひいては日本の通信を占う三つのキーワードが見えてくる。
それは,「電話網のIP化とFMCの推進」,「ブロードバンドの普及・促進」,そして「通信と放送の融合と地上デジタル放送の推進」である。
固定や携帯の区分けは消滅
NTTグループの改革で最大のトピックが,NTT法で縛られ営業を県域に制限されている東西NTTの扱いだ。IP全盛の時代にそぐわなくなっている。IP電話で,既に電話料金も全国一律料金が当たり前になりつつある。竹中大臣も松原座長も,現在の県域に閉じた東西NTTの体制には否定的な考えを示している。松原座長は22日の講演で,「持ち株会社を廃止して,現在の東西NTT,NTTドコモ,NTTコミュニケーションズをそれぞれ(資本分離した)個別の会社にすればいいというものでもない。県内と県外,固定と携帯に分けることがFMCの時代に意味があるのか」と具体像をチラリと見せる。
しかし,東西NTT,NTTドコモ,NTTコムの再統合というのは考えづらい。それは「通信産業の売り上げの3分の2はやはりNTT。巨大でとてつもなく大きな存在感を持ったまま存在している。今後の競争政策の中でこのままでいいのだろうかという疑問を,皆さんが持っておられると思う」という竹中大臣の言葉からしてもそうだ。
固定や携帯といった区分も,FMCの普及の妨げとなるのであれば見直される可能性がある。
例えば,固定系の東西NTTやNTTコムへ無線系サービスの免許を付与するといったことが考えられる。もしくは免許の付与すら必要がないかもしれない。設備を持たない事業者がネットワークを借りることで携帯電話事業に乗り出すMVNO(仮想移動通信事業者)の普及に,総務省が本腰を入れ始めたからだ。このMVNOのルールが整備されれば,固定系の事業者も移動系のサービスに進出しやすくなる(関連記事7)。
光インフラの設備競争が本格化
第2のキーワード「ブロードバンドの普及・促進」では,光ファイバを中心とした回線インフラで新たな施策が採られる可能性がある。松原座長は,IP懇談会にソフトバンクが提案した「ユニバーサル回線会社」と「月額690円の光ファイバ」構想に,「明快な問題提起であり,相当魅力的だ」と一定の評価を与える。ソフトバンクは東西NTTからアクセス回線部門を分離。それを通信事業者各社で出資して運営していくことを提案(関連記事8)。その結果,1ユーザーに月額690円で光ファイバ回線を提供できると主張している。これに対して松原座長は「1企業の計算をそのまま信じることはできないので,別途詳細な試算をした」。別の試算では「1000円から800円の間になるとの数字がはじき出されている」とソフトバンクの提案に大きな興味を示している(写真3)。一方で異見も唱えた。「光ファイバを建設するような独占的な特殊会社は作らない。1社が独占で敷設していくことには効率性などの問題があるだろう。懇談会ではこの形を採らないこととした」(松原座長,写真4)。
一連の発言から,光インフラの整備で一つの方向性が読み取れる。まずは東西NTTからのみ回線事業を切り出すことへの否定。しかし,NTTとそれ以外での独占,つまり複占については否定していない。例えば,電力会社や系列の通信事業者から光ファイバの回線事業を切り出す。そしてNTT系の回線会社と競わせれば,インフラの設備競争が促進される可能性がある。
通信行政に詳しくIP懇談会の委員を努める甲南大学の佐藤治正経済学部教授は「メタル線の開放でADSLが全盛となった。今回の光回線インフラの議論はその時の状況に似ている。仮にソフトバンク案の倍でも1500円弱。これで日本全国津々浦々で光やFTTHが利用できるようになれば意義あることではないか」と指摘する。
ここで第3のキーワードである「通信と放送の融合と地上デジタル放送の推進」が絡んでくる。地上波のアナログ放送は2011年に停波し,デジタル放送に切り替わる。この際に重要となるのが,放送波の配信インフラとしての光ファイバだ。
松原座長は「地上放送は大変化が起きており,伝送路が多様化する。IP通信で見れば全国に送信が可能なのに,わざわざ区域制限することに意味があるのか。根本的に見直す」として,地上デジタル放送のIP再送信に本腰を入れる考えだ。現在の県域やブロックごとに閉じた地上放送の送信・営業体制が大きく揺さぶられる。
100年目にして初の大改革が通信に訪れる
ここまでの議論からしても,NTTを中心とした通信事業者に極めて大きな転機が訪れているのは確かだろう。竹中懇談会の結果は,経済財政諮問会議の「骨太の方針」に盛り込み,政府の「重要政策」として位置付けられる見通しだ。過去には「郵政民営化の検討」,「国債発行30兆円以下」,「不良債権処理の抜本的解決」といったアジェンダが骨太の方針に盛り込まれ,強力に推進されてきた。総務省も直轄の大臣が決定し,政府の方針となれば政策を粛々と実行していくことになるだろう。IT政策の側面から,総務省,経済産業省,文部科学省それぞれのIT・著作権関連部局の「融合」もささやかれている。
竹中大臣や松原座長のNTTを中心とした通信改革が実行されれば,電話の登場以来100年間続いた固定電話ベースの通信制度や事業者の在り方が大きく変わる。果たしてこの“大改革”は成功するのか。それとも絵に描いた餅で終わるのか。NTT,KDDIやソフトバンクなど他事業者,竹中大臣,総務省の攻防は緊迫の度を増している。
いずれにしても,竹中改革で通信インフラの安全性や安定性が揺らいでしまってはならない。事業者の競争促進が,利用者の生活や事業を脅かすのであれば本末転倒だ。ユーザーにとっての明らかなメリットを実現してほしい。