写真1 USNEの無料インターネット放送「GyaO」
写真1 USNEの無料インターネット放送「GyaO」
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写真2 現行の定額料金制に疑問を投げかけるIIJの鈴木幸一社長 撮影:乾 芳江
写真2 現行の定額料金制に疑問を投げかけるIIJの鈴木幸一社長 撮影:乾 芳江
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 2006年に入って,これまでのインターネットの接続ルールを揺るがす問題が急浮上してきた。“インフラただ乗り論”である。

 インフラただ乗り論とは,インターネット上でビジネスを展開するサービス事業者も設備コストを負担すべきという考え方。例えば,映像配信などを提供する事業者に“ネットワーク利用料”なるものを新たに課すといった方法が考えられる。

 米国では2005年秋ころから,ベライゾン・コミュニケーションズやSBCコミュニケーションズといった通信事業者が,検索サイト大手のグーグルやIP電話事業者のボネージなどを相手に,ネットワーク利用料を支払うべきだと主張し始めている。

 日本では,USENの無料インターネット放送「GyaO」(写真1)がやり玉に上がっている。国内で真っ先に口を開いたのは,NTTコミュニケーションズの和才博美社長だ。和才社長は報道関係者が集まる新年の会合で,「GyaOは我々が構築したインフラに“ただ乗り”している。許される行為ではない」と強烈に批判した。

 さらにNTT持ち株会社の和田紀夫社長は1月18日の定例会見で,インフラへのただ乗りを理由に無償のIP電話ソフト「Skype」を糾弾。Skypeが映像を扱い始めたことを指摘し,「ネットワーク設備の拡充に関して強い危機感を持っている」(和田社長)と訴えた。和田社長は1月の定例会見だけでなく,総務省の懇談会などで発言する際などでも,繰り返し同様の主張を展開している。

USENの「GyaO」が“ただ乗り論”噴出のきっかけ

 インフラただ乗り論が急浮上してきた背景には,GyaOのトラフィック急増がある。GyaOは,2005年4月のサービス開始以来,急速に登録者数を伸ばしている。2006年2月22日時点で720万を超えた。登録者数の増加に呼応して,送出トラフィックもうなぎ登りであり,「月に2Gビット/秒ずつ増えている」(二木均・最高技術責任者)という。

 トラフィックが伸び始めた昨年10~11月ころから,インターネット接続事業者(プロバイダ)の関係者の間ではGyaOのトラフィック急増の話題でもちきりだったという。単にトラフィックが増えただけでなく,増え方の異常さがプロバイダ各社の危機感をあおった。通常のサービスでは徐々にトラフィックが増えるのに対して,「GyaOのトラフィックは突然,一気に跳ね上がった」(NTTコムの谷島隆彦・IPテクノロジー部担当課長)からだ。

 さらに,「GyaOはユニキャストでストリーミング配信するため,ネットワークに大きな負荷がかかる」(KDDI技術企画本部の中野尚ネットワーク計画部長)という点も,関係者の危機感に拍車をかけた。

GyaOだけじゃないトラフィック急増の要因

 だが,ただ乗り論を考えたときに,GyaOはあくまで一例にすぎない。“世界一安い”ブロードバンド料金と,NTTグループが一丸となって推進するFTTH(fiber to the home)サービスの強化は,トラフィック増を強力に後押しする。100メガをうたう高速サービスを利用するユーザーが増えれば増えるほど,GyaOを超える膨大なトラフィックを生み出す新サービスが間違いなく登場してくるだろう。

 インターネット・トラフィックの増加ペースは加速する一方だ。インターネットイニシアティブ(IIJ)の三膳孝通・取締役戦略企画部部長は,「2000年ころまでは10年で10倍のペースだったが,今はわずか半年で1.5倍。今のペースでも10年たてば3000倍にも膨れあがる計算だ。FTTHの伸びを考えれば,今後もトラフィック増が止まることはない」と状況を説明する。

 トラフィック増で悲鳴を上げているのはプロバイダだ。ユーザーが消費するネットワーク帯域は増え続け,インフラの維持コストは跳ね上がる。それでも,料金値上げや従量制への移行は出来ない状況にある。

 プロバイダ間の値下げ競争は一段落した感があるが,それでも「料金の安さが最大のプロバイダ選択基準であることに変わりはない」(朝日ネットの溝上聡司・執行役員サービス開発部部長)。料金値上げを断行したり定額料金をやめることがあれば,ユーザーはたちまち他社に流れてしまう。

 IIJの鈴木幸一社長は,「日本のインターネットは低料金を最優先してきた。ブロードバンドが本当に使われ始めたときに,インフラにいくらコストがかかるのかを理解せず,安価な料金を設定してしまった」と指摘する(写真2)。

 各社とも利ざやが小さくなってきたインターネット接続事業に頼った収益構造からの脱却を狙うが,そう簡単ではない。

ただ乗り問題に総務省も動き出した

 こうした状況の中,ついに総務省も“インフラただ乗り論”に乗り出してきた。通信サービスのIP化に向けた制度を議論する「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」が舞台となる。

 懇談会は既に4回の会合を開催しており,NTTの在り方などを巡って激論が交わされている。ただ乗り論に関する発言も出始めており,2月1日に開かれた第3回の懇談会では,NTTの和田社長が持論を展開。また,ソフトウエア開発会社ACCESSの荒川亨社長も「インフラが進化しないとユーザーにより良いサービスを提供できない。インフラへのただ乗りは排除すべき」とコメントしている。

 総務省が2005年12月に公開した懇談会の検討アジェンダにも,「通信網増強のためのコスト負担の在り方」が議題として盛り込まれた。総務省では,NTTグループなどが主張する事業者間のコスト負担の不公平さだけではなく,ユーザー間の不公平さも視野に入れる。これは定額料金の下,一部のヘビーユーザーのための設備コストを利用者全体で負担するのは不公平という考え方があるからだ。

 懇談会では今後,ただ乗り論を起点に日本のブロードバンドの根本的な課題も洗い出される可能性が高い。議論の行方に注目したい。