ブロードバンドの本命,FTTHの料金値下げが一気に進むかもしれない--。このような可能性を秘めた議論が2008年2月18日現在,総務省の接続委員会で進んでいる。光ファイバの1分岐貸しだ。ソフトバンクの試算によると,1分岐貸しが実現すれば,現在月額8216円かかっている1ユーザー当たりのコストを月額617円に抑えられるという。

接続委員会=事業者間の相互接続に関する制度などについて議論する会合。正確には,総務省の諮問機関である情報通信審議会電気通信事業部会の接続委員会。学識経験者などで構成する

1分岐貸し=通信事業者がNTT東西地域会社から光ファイバを借りる際に,1ユーザー(分岐)単位で借りられるようにすること。戸建て向けのFTTHは現在,「シェアドアクセス」と呼ぶ方式で,1心の光ファイバを複数ユーザーで共有する仕組みが主流となっている。他事業者がこれを借りる場合,1ユーザー分しか必要なくても最低8ユーザー(分岐)単位で借りなければならない(関連記事

月額8216円=ソフトバンクの試算による。局外スプリッタは1分岐だけ,局内スプリッタは4分岐をすべて利用した場合を想定。宅内配線と宅内装置のコストを含む

 もっとも,これは通信事業者がNTT東西地域会社から光ファイバを借りる際に払う料金の話。光ファイバの“仕入れ値”に相当するもので,ユーザー料金が月額617円に下がるわけではない。ソフトバンクは仕入れ値が月額617円になった場合のユーザー料金までは提示していない。それでも,ADSL並みの料金でFTTHが利用できるようになると考えて差し支えないだろう。

 この月額617円の妥当性は別途検証が必要としても,ソフトバンクが主張するように光ファイバの設備を共用して1分岐単位の貸し出し形態に変更すれば,仕入れ値は確実に安くなる。仕入れ値が安くなれば事業者間のサービス競争が進み,ひいてはサービスの多様化や料金の低廉化につながる。事業者だけでなく,ユーザーにとっても目の離せない議論である。

月額617円の妥当性=ソフトバンクは月額617円の算定根拠として,「光ファイバの減価償却期間は30年間」,「保全費はリバース・オークションなどの導入を見込んで30%削減」,「設備調達は技術革新や大量調達を見込み,調達価格を30%削減」などを挙げている。これらの妥当性は別途検証が必要だろう

 ただ,これまでの議論を見ていると,現状が劇的に変わるような結論は期待できそうにない。1分岐貸しはNTT東西地域会社だけでなく電力系事業者やCATV事業者も反対しており,それを押し切ってまで強要する根拠が乏しいからだ。

根拠が乏しい=ソフトバンクやKDDIはNTT東西の「シェア独占」を理由に1分岐貸しを強く求めている。実際,総務省の調査によると,FTTH市場におけるNTT東西のシェアは70.5%(2007年9月末時点)で,新規契約者に占めるシェアは80%以上に及ぶ。総務省は「NTT東西の7割超のシェアは市場支配力を行使し得る状況にあり,公正な競争環境の整備が不可欠」と認識しているものの,NTT東西の投資インセンティブをそぐような強引な方針は打ち出せないでいる。NTT東西の光ファイバは第1種指定電気通信設備として規制の対象になっているが,接続委員会の議論では「設備の共用まで強いるのは困難」という意見が出ている。この点については後述する

設備の共用による実現は困難

 一口に「1分岐貸し」といっても,接続委員会で議論している1分岐貸しの実現方法は2つの形態がある。(1)NTT東西を含めた全事業者で設備を共用する方法と,(2)各事業者が設備を専有する方法だ。ソフトバンクが主張する1分岐貸しは前者の共用型である。

 しかし,NTT東西は設備を共用すると新サービスの提供やサービス品質に支障が出るとして,かたくなに拒否している。2007年11月にはNTT東日本が異例の会見を開き,「光ファイバは設備事業者の生命線。我々にとって最大のサービスで,唯一の差別化材料でもある。1分岐単位の貸し出しは全く受け入れられない」(渡邊大樹取締役経営企画部長)とわざわざ主張したほどだ(関連記事)。

 ソフトバンクも負けじと応戦する。2008年1月にNTT東西の反論に対する説明会を開き,新サービスの提供やサービス品質への影響は問題ないと主張している(関連記事)。両者の主張は全く相容れず,完全に平行線をたどっている。

 こうした場外の攻防をよそに,接続委員会の議論では「設備の共用は困難」とする雰囲気が漂っている。新サービスの提供やサービス品質の問題は事業者間でルールを模索する余地があるとしても,「NTT東西が設備を変更しにくくなるのは問題」,「NTT東西の将来を制約することにならないか」,「NTT東西の経営の自由を奪ってまで強要するのは難しいのではないか」など,難色を示す意見が出ている。

一転して専有型が有力候補に

 そこで浮上してきたのが専有型だ。設備の共用が問題であれば,設備を専有したままで料金だけを1分岐単位に設定すればよい。つまり,8分岐分をまとめて借りる点は現在と同じだが,実際に使用している分岐数分だけの利用料を払うというものだ。

 NTT東西はこれについても「他事業者が設備を効率的に利用するインセンティブが働かなくなる」として反論している。しかし,総務省がこの意見をくみとった折衷案を出したことで風向きが変わってきた。その折衷案とは,他事業者に設備の効率的な利用を促すため,1分岐目の料金を高くするというものだ。2分岐目以降は,(1)残りの額を均等割りにする,または(2)利用数に応じて傾斜配分する。

 この方法であれば,多くのユーザーを収容するほど1ユーザー当たりのコストが低くなるので,他事業者が設備を効率的に利用するインセンティブが働く。接続委員会の議論でも「これなら設備の利用効率を無視した使い方を防げる」,「よく工夫してある」と評価が高く,有力候補になっている。

 ただ,課題も残る。最大の問題は,1分岐目の料金水準をどの程度に設定するかだ。高くすると,本来の目的である「仕入れ値の低廉化による事業者間のサービス競争の促進」は期待できない。逆に安くすると,前述した設備の利用効率の問題が出てくる。中間をとってもサービス競争は進まない可能性が高く,NTT東西,ソフトバンク,KDDIの各事業者に不満が残るだけだろう。

各事業者に不満が残る=冒頭で触れたように,1分岐貸しには電力系事業者やCATV事業者も強く反対している。1分岐貸しの実現でNTT東西の光ファイバが借りやすくなれば,安価なFTTHサービスが増えることになるからだ。「対抗値下げの余力はなく,早晩市場退出を余儀なくされる」と危機感を抱く事業者は多い(関連記事

当事者を交えて本格的な議論を

 これまでの議論をまとめると,こうなる。現在は報告書案に対するパブリック・コメントを募集しており,寄せられた意見をもとに再度議論する予定だ。もちろん,今後の議論次第では方向性が一気に変わる可能性もある。だが,時間はない。1分岐貸しはNGN(次世代ネットワーク)の接続ルールの一部として議論が進んでおり,3月中に結論を出す必要がある。“どんでん返し”の可能性は低いと見られる。

 個人的には中途半端な結論を出すよりは,1分岐貸しの議論だけを切り離してじっくり検討しても良いのではないかと思う。ソフトバンクは共用型の1分岐貸しが実現しなかったとしても,今後も継続して主張していくとしている。NTT東西が利用している設備を調達し,サービス品質に影響が出ないかどうかを検証する実証実験も新たに始めた。ここはやはり,NTT東西,他事業者,専門家,学識経験者を交えて本格的に議論すべきではないか。その結果,技術面や運用面で設備の共用が不可能という結論であれば,他事業者も納得して諦めるしかない。

じっくり検討しても良い=FTTH市場におけるNTT東西のシェア独占に歯止めをかけたい他事業者にとって,議論の長期化は避けたいところではある。ただ,議論が先送りになるよりはマシだろう

新たに始めた=ソフトバンク・グループは以前にもKDDIやイー・アクセスなどと共同で実証実験を実施しており,優先制御や帯域制御を実施すればサービス品質の問題はクリアできるという結果を2007年9月に公表している(関連記事1関連記事2)。ただ,NTT東西が実際のFTTHサービスで使っている機器と異なる仕様の機器で実験したため,今度はNTT東日本の許可を得て実機を使った検証を始めている

 光ファイバの1分岐貸し議論は,今に始まったことではない。ソフトバンクやKDDI,イー・アクセスなどが数年前から主張してきたことだ。いい加減,白黒をはっきり付けてほしい。