1月29日,日本で「Microsoft Windows Media 9シリーズ」最終版のリリースが始まった。これは米Microsoftのデジタル・メディア・プラットフォーム「Windows Media Player 9 Series」の日本語版。米国では今年1月7日にリリースされたものだ(関連記事)。

 Microsoft社はこのWindows Media 9 Seriesで,Windowsを中核としたデジタル・メディアの世界を築こうとしている。1月8日にも,CES(Consumer Electronics Show:消費者向け電子機器の展示会)の開幕に先立ち,同社会長兼Chief Software ArchitectのBill Gates氏がパソコンを中心に据えたデジタル・エンターテインメントの世界を描いてみせた。

■「ブロードバンド時代の中心はパソコンに非ず」

 ところが今年のCESでは,Gates氏の描く世界に異を唱えた人物がいる。ソニーの社長兼COOである安藤国威氏である。CESの基調講演に立った同氏は「これからはテレビ復権の時代。ブロードバンド時代となった今,家庭の中心となるのはパソコンではなくテレビ」と述べたのだ(関連記事)。

 このことは米国のメディアでも取り上げられた。ソニーのこうした構想は同社の家電ネットワーク化戦略と似ているというのだ。それは,すべてのソニー製品をネットワークでつなぐというもの。あらゆるソニー製機器で,音楽や映画といったソニーのエンターテインメント・コンテンツにアクセスするという世界だ(掲載記事)。

 パソコン界の巨人であるMicrosoft社は,パソコンを家庭のあらゆる機器と連携させることで,AV家電の世界へと触手を伸ばす。ソニーは,AV家電をネットワーク・ベースのデジタル家電へと移行させている。両社は出身も文化も違う。これまでは主な活動の場も異なっていた。しかしここに来てその接点がはっきりと表れてきた――。デジタル・メディアの市場である。

■Windows Media 9 Seriesを使ったデジタル・メディア戦略

 Microsoft社は今回,発表したWindows Media 9 Seriesでデジタル・メディア戦略を大きく推し進める。最近では,その圧縮伸長フォーマットの有料化を発表した。そのライセンス使用料を「MPEG-2」や「MPEG-4」に比べて低く抑えることで,Windows Media 9 Seriesの普及を狙っている。また,日本においては,NTT東日本と協力してIPv6とWindows Media 9 Seriesを利用したストリーミング配信を実施している(関連記事)。

 Microsoft社はWindows Media 9 Seriesとともに,「Windows Movie Maker 2(WMM2)」もリリースしている(関連記事)。これは,デジタル・ビデオ・カメラで撮影した映像をWindows XP搭載パソコン上で編集できるビデオ編集ソフト。HighMAT(High-performance Media Access Technology)形式に対応しており,編集後はCD-RWメディアにHighMAT形式で保存できる。

 ちなみにHighMATは,米Microsoftと松下電器産業が共同開発した音声,画像,動画ファイルのフォーマットである。デジタル・コンテンツをさまざまな消費者電子機器で再生できるようにしようという仕様だ(関連記事)。

■“Wintel”のオーディオ機器も開発中

 Microsoft社が進めているデジタル・メディア戦略はWindows Media 9 Seriesだけではない。年明け早々に米Intelが明らかにしたポータブル・メディア・プレーヤ(PVP)向けにソフトウエア環境「Media2Go」も提供する。

 PVPとは持ち運びが容易な小型機器で,オーディオやビデオなどのデジタル・コンテンツを記録・再生できる。はIntel社が独自で開発を進めていたのだが,これにMicrosoft社が加わって,今,ハードウエア参照設計を共同開発している。

 そのPVPのプラットフォームが「Windows CE .NET」をベースとするMedia2Goというわけである。PVPには,パソコンやビデオ・カメラとUSB 2.0で接続することで,さまざまなメディアをPVPに転送できるという機能が備わるという(関連記事)。

■ソニー,ケンウッド,パイオニア,シャープが提携

 一方,“テレビ復権の時代”を掲げたソニーの動きはどうか。1月23日,ソニー,ケンウッド,パイオニア,シャープの4社が共同でインターネットを介した音楽配信の事業を検討する企画会社「エニーミュージック企画」を設立すると発表した(掲載記事)。

 この新会社で,4社はインターネットからオーディオ機器に“直接”音楽を配信するサービスの事業を検討する。この“直接”というのはパソコンを介さないという意味である。そのサービス名は「any music」。このany musicは関連サービスを提供する総合ネットワーク・サービスや共通プラットフォームの名称にもなる。

 any musicには強力なバックアップがついている。オンキヨー,デノン,日本ビクター,ヤマハといったオーディオ機器メーカー,NECエレクトロニクス,日立製作所,富士通,三菱電機といった半導体メーカーの賛同を得ているのだ。今後はレコード会社にも参加してもらい,サービス内容を共同で検討した上で,今秋にもサービスを始めるという。このサービス開始時期に合わせて各社が一斉に対応機器を発売するという計画である。Wintelのオーディオ機器と真っ向からぶつかり合う。

■著作権管理技術でぶつかり合うソニーとMicrosoft

 こうした機器面だけでなく,もっと重要な部分でも,Microsoft社とソニーはぶつかり合う。デジタル著作権管理(DRM)技術である。

 デジタル・コンテンツの違法コピーが社会問題となっている現在,コンテンツ提供者に安心して,コンテンツのネットワーク配信に参加してもらうためには,DRMが欠かせない。そして,DRMは許可されたものと,許可されないものを厳しく区別する。異なるものは排除する仕組みであるので,すなわち囲い込みの手段となる。

 Windows Media 9 Seriesでは,「Windows Media DRM 9 Series」がそれである。対するソニーは,any musicで同社の「OpenMG X」を用いる。それぞれの方式を採用する企業がどれだけ増えるか,その方式を用いたコンテンツがどれだけ流通するのかを両社は競うことになる。

 ところが,Microsoft社のDRM技術を巡っては,今後,ソニーとMicrosoft社のあいだで一悶着あるかもしれない。ソニーの米国子会社が,Microsoftと係争中の米InterTrust TechnologiesをオランダのRoyal Philips Electronicsなどとともに買収するからだ。

 InterTrust社はDRM関連の特許を多数持っている。Microsoft社とのあいだで,2001年4月からDRM技術に関する特許係争を展開している。Windows Media Playerなどが,InterTrust社の保有する特許を侵害しているとして提訴しており,Microsoft社のDRM技術を含むすべての製品の販売差し止めを求めているのだ。両社間の一連の特許侵害訴訟の対象となる特許は合計11件,訴えの件数は144件になっている(関連記事)。

■目指す方向が異なる2つのプラットフォーム

 このようにMicrosoft社のデジタル・メディア戦略はWindows Media 9 SeriesとWindowsを中心としたものである。あくまでも同社のパソコン関連技術からは逸脱しない。PVPしかり,Windows Media 9 Seriesしかり,HighMATしかりである。一方,ソニーは「あらゆる機器がパソコンを介すことなく,直接ネットワークにつながる消費者家電の世界」を目指している。

 つまり目指す方向が異なる2つのプラットフォームが,音楽やビデオなどのデジタル・メディア市場を奪い合うのだ。デジタル・メディア戦略とは,つまるところプラットフォームの拡販戦略である。どちらが早く自社のプラットフォームで業界を囲い込むかで勝負は決まる。

 それを一番よく知っているのが両社だと思う。パソコンOS市場では誰もWindowsにかなわないことをMicrosoft社は知っている。そのMicrosoft社は家庭用ゲーム機市場でPlayStationにかなわないことを思い知らされた。ソニーだってVTRで苦汁をなめている。適切な競争は技術革新を生み出す。果たして,両社の競争は私たちのどのような果実をもたらしてくれるのか。両社はまだ,スタートしたばかりである。

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