写真上 N900iLを社内で使うユーザー

 「営業が行くと必ず話を聞いてもらえる」(ユニアデックスのネットワーク戦略営業本部・高橋周一部長)。PBX販売会社やシステム・インテグレータは,企業ユーザーのモバイル・セントレックスに対する関心の高さを実感している。モバイル・セントレックスは個人のツールとして広く普及した携帯電話を,会社の内線通話端末としても利用できる仕組み。携帯電話を肌身離さず持ち歩くことに慣れたユーザーに,大きなインパクトをもたらす。しかも,内線通話にかかるコストは定額または無料にできる。

 登場間もないモバイル・セントレックスだが,将来の導入を視野に入れる企業ユーザーが相次いでいる。ネットワンのソリューション開発本部ソリューション推進部第4チーム村本裕二氏は「要求仕様には必ずと言っていいほど“今後モバイル・セントレックスと連携できる仕組みを組み込むこと”という項目が入ってくる」と証言する。

 ここまで企業ユーザーの関心が高まったのも,「長らく待たされたことが影響しているのではないか」(NECシステム建設のSI&サービス事業本部事業企画室・平勝文ソリューションマーケティング部長)と見るベンダーもある。中でもNTTドコモの無線LAN/FOMAデュアル端末「N900iL」が注目を集めた(写真上)。N900iLの発売は,当初の2004年4月から6月,9月と相次いで延期され,予定から半年以上も遅れた11月にようやく登場した。

ベンダーにも大きな商機を生み出す

 NTTドコモのN900iLに注目が集まったのは,売り手を担うPBX販売会社とシステム・インテグレータといったベンダーの思惑とも密接に関係している。モバイル・セントレックス・サービスは,NTTドコモ,KDDI,ボーダフォンの携帯電話事業者3社がそれぞれ提供している。このうち,NTTドコモのモバイル・セントレックスが唯一,ベンダーにとって大きな商機を生み出す可能性を秘めている。

 NTTドコモの方式は,内線通話のインフラとして無線LANを利用する。この無線LANの内線網は,企業ユーザーが構築・運用する必要がある。内線通話を制御するSIP(session initiation protocol)サーバーも,設置・運用していかなければならない(写真下)。こうしたシステムの運用・構築の手間をベンダーが一手に引き受けることで,システム構築サービスの事業として展開できる。


写真下 企業内に設置された無線LAN機器

 加えて,「導入後のビジネス・チャンスの広がりに期待できる」(大塚商会の企業通信システム営業部販売1課・高井良英課長)。モバイル・セントレックスと言っても基本的な仕組みは固定電話を使う「IPセントレックス」と同じ。このため,モバイル・セントレックスの受注でひとたび企業ユーザーの懐に入り込めれば,固定電話のIP化を提案しやすくなる。

 また,音声系ネットワークで無線LANを使うため,データ系ネットワークにも無線LANを導入するように提案できる。複数の拠点でモバイル・セントレックスを展開したい要望が出てくれば,データ系を含めたWANの再構築を受注できる可能性も出てくる。NTTドコモのモバイル・セントレックスは,音声データをIP化して端末間の通話を実現する。行く行くは既存の業務システムとの連携を売り込むことも可能だ。

 一方,KDDIとボーダフォンの方式は,携帯電話事業者設備の一部を内線網として使う手法。企業ユーザーから見れば,事業者に内線網の構築と運用を任せることで,かかる手間を省けるというメリットがある。ただし,KDDIもボーダフォンはユーザー企業への直接販売をメインに据えている。ベンダーから見ると,ビジネス上の旨みはゼロに等しい。

ノウハウの蓄積とサポート体制の構築が急務

 モバイル・セントレックスの市場拡大は,ビジネス・チャンスの広がりをもたらす半面,ベンダー間の競争激化をも引き起こす。これまで電話系はPBX販売会社,情報系はシステム・インテグレータとすみ分けができていた。モバイル・セントレックスは,これら二つの間にあった垣根を取っ払ってしまうからだ。

 さらに,固定系の通信事業者が新たな競争相手として加わってきた。NTTPCコミュニケーションズとフュージョン・コミュニケーションズの2社が,自社のIPセントレックス・サービスを使ってモバイル・セントレックスを実現できるメニューを追加している。

 三つ巴の競争で生き残るには,PBX販売会社は従来の電話技術だけでなく,IPを主体としたネットワーク構築や運用ノウハウを蓄積する必要に迫られる。システム・インテグレータは,既存の電話システムのノウハウを蓄積しなければ,企業ユーザーの要求に沿った提案が難しくなる。

 大手PBXメーカーの中には,グループ各社の資産を持ち寄ることで体制の強化に乗り出したところもある。日立製作所は2005年1月,日立コミュニケーションテクノロジー(日立COM)と日立インフォメーションテクノロジー(日立IT)の3社共同で「CommuniMaxセンタ」を開設した。狙いは,各社の人員と製品,技術を持ち寄ることでIP電話向けソリューションを開発すること。開発したソリューションは相互で共有。同時に,日立COMと日立ITの販売会社へのサポート強化に生かしていく。

 ベンダー各社は企業ユーザーの関心を引き出しながら,その関心を実際のビジネスに結び付けようと動き始めている。

(加藤 慶信=日経コミュニケーション

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(1)PASSAGE DUPLE唯一の端末「N900iL」が抱える“秘密”
(2)インテグレータがこぞって「N900iL」を自社で使う理由
(3)「モバイル・セントレックスの提案には食い付きが良い」
(4)“N900iLブーム”で見直し迫られる携帯端末メーカー
(5)「OFFICE WISE」に新方式?KDDIがドコモへの対抗策