写真上 ユーザー企業に設置する
OFFICE WISE用の設備

 「始めに断っておきますが,今はまだ具体的な話を言える段階じゃありませんよ」。KDDI本社ビルのある会議室。ソファに座るが早いか,法人向け携帯電話サービス部門の担当者は警戒心もあらわに切り出した。取材の焦点は「KDDIが今夏にもau携帯電話と無線LANの一体型端末を投入する」という情報の真偽を確かめることである。

 これまでKDDIは無線LAN対応携帯電話機について「技術開発を進めているのは確かだが,音質を確保するための無線規格自体がまだ未成熟。発売は時期尚早だ」とひた隠しにしてきた。だが記者は,端末の開発計画を知る立場にあったKDDI関係者や通信機器メーカー,au携帯電話のユーザー企業から情報を入手。そのどれもが「端末の発売時期は5月から6月」で一致していた。さらに,ある無線LAN機器メーカーは「2004年春ころには,KDDIがメーカーに出した端末の要求仕様を入手した」と証言。1年以上前から商用端末の開発に着手していたことも分かった。

 この端末は,携帯電話としても企業の内線電話システムの子機としても使える製品。発売されれば,NTTドコモの無線LAN対応FOMA「N900iL」と真っ向からぶつかることになる。周辺取材で得た数々の証言や,KDDI自身が端末の開発については認めていることを踏まえると,早ければ今夏,遅くとも年内には商用化する可能性が高い。

 ただしKDDIはすでに2004年11月末,無線LANではなく携帯電話の通信方式をそのまま使って内線電話を実現するサービス「OFFICE WISE」を商用化済み。ラインアップがN900iLの1機種に限られるNTTドコモに対抗して,市販のau携帯電話機からそのまま内線電話をかけられるというメリットをアピールしてきた。それがなぜ今になって,NTTドコモが先行している無線LAN方式を採用するのか--。

ユーザー企業は「導入のハードルが高すぎる」と嘆息

 KDDIがもともとOFFICE WISEを企業向けの主力サービスに据えていたのは確かだ。同社は2004年6月初めには,11月末に始めるOFFICE WISEの詳細なサービス内容を発表。何でも商用化直前までひた隠しにするのが通例の携帯電話業界において,サービス開始の6カ月近くも前に具体的な料金を含めた情報を明らかにするのは珍しい。このこと一つとってみても,KDDIの同サービスに対する力の入れようがうかがわれた。

 ところがふたを開けてみると,導入先として名乗りを上げた企業は日立コミュニケーションテクノロジー(日立COM)の1社だけ。本格的な導入事例が相次ぎ,大阪ガスのように5000台規模での採用を表明した企業さえ登場しているN900iLと比べると,いかにも寂しい。

 記者はモバイル・セントレックスの取材の過程で,OFFICE WISEに対する意見をユーザー企業に聞いた。代表的な意見は「利用したくても契約条件が厳しく,初期導入費用も高くて手が出ない」というもの。実際にOFFICE WISE採用を計画中のある企業は「導入費を大幅に引き下げてもらうよう,KDDIと交渉の最中だ」と明かしてくれた。

 問題の契約条件とはまず,au携帯電話を1000回線以上契約する必要があること。導入費としては,携帯電話の契約回線数が1000台の場合で,1000万~5000万円程度の工事費用がかかる。携帯電話同士の内線通話を実現するために,KDDIがユーザー企業のオフィス・ビルに携帯電話設備(写真)やアンテナを設置する必要があるからだ。


写真下 「ウィルコム定額プラン」
に対応した音声通話用PHS端末

 KDDIもOFFICE WISE導入のハードルが高い点は認識している。4月には,契約回線を「300回線から」に緩和した新メニューを追加。このメニューでは,工事費用を300回線で約1000万円に引き下げている。ただし新メニューの提供エリアは当面,東京都千代田区大手町など一部に限られる。今のところ,社員が数人から数十人の中小企業が利用したり,地方の営業拠点から段階的に導入するといった手法はとれないわけだ。

SIなどが販売手がけるN900iLを追撃する

 KDDIは日立COMに続くOFFICE WISEの次のユーザーについて「2005年度以降の採用を目指して,多数の企業と商談を進めている」(冒頭の法人向け携帯電話サービス担当者)と説明する。だがその間にも,NTTドコモのN900iLを推奨するシステム・インテグレータ(SI)やPBXメーカーが続出している。端末と無線LAN機器,呼制御サーバーを組み合わせて,自社のIP電話システムやソリューションの一部として販売できるからだ。この点は,au携帯電話の通信設備を使うため直販中心のOFFICE WISEとは大きく異なる。

 特に2005年に入ってからは,N900iLを利用した中小オフィス向けのIP電話ソリューションが相次いで登場した。数人程度のオフィスでも導入できることから,ユーザー企業の関心も高まっている。

 KDDIが用意する無線LAN対応のau携帯電話機は,このようにじわじわと広がり始めたN900iL採用の動きに待ったをかけるための秘策と言える。KDDIのOFFICE WISEではカバーできなかった中小オフィス市場には無線LAN対応端末を用意。300回線以上のオフィスにはOFFICE WISEを提供することで,ユーザー企業の様々なニーズに対処する狙いだ。

 携帯電話機を内線子機としても使えるようにするサービスでは,ラインアップ拡充を図るKDDIだけでなくボーダフォンの「Vodafone Mobile Office」もある。さらに5月には,ウィルコム(旧DDIポケット)が月2900円で同社PHS間の電話がかけ放題になる「ウィルコム定額プラン」を投入する(写真下)。NTTドコモがモバイル・セントレックスで先行する中,他社もサービス面の強化を図っている。

 

【緊急連載 モバイル・セントレックスの理想と現実】特集ページはこちらをご覧下さい。

【緊急連載 モバイル・セントレックスの理想と現実】記事一覧
(1)PASSAGE DUPLE唯一の端末「N900iL」が抱える“秘密”
(2)インテグレータがこぞって「N900iL」を自社で使う理由
(3)「モバイル・セントレックスの提案には食い付きが良い」
(4)“N900iLブーム”で見直し迫られる携帯端末メーカー
(5)「OFFICE WISE」に新方式?KDDIがドコモへの対抗策