写真上 ユニアデックスが社内に
導入した無線LANアクセス・ポイント

 「N900iLを使った内線電話システムにも,多機能電話機と同じ機能が必要だろうか?」――ある通信事業者は,携帯電話を内線電話としても使える「モバイル・セントレックス」のシステム構築を踏まえこんな疑問にぶつかったという。

 NTTドコモのFOMA/無線LAN端末「N900iL」を使う内線電話システムでは,内線の音声通話は無線LANで実現する(写真上)。このため,無線LANインフラに音声を乗せることの難しさに話題が集まりがちだ。しかし実際に内線電話システムを作る上では,これ以外にも重要な課題がある。特に実用面で重要になるのが,システムとして提供する「内線電話の機能」。この機能をしっかりと固めておかないと,システムの導入後にユーザーから厳しい指摘を受けることにもなりかねない。

 例えばN900iLは従来型の多機能電話に比べて,あきらかにボタンの数が減り,サイズも小さくなっている。今まで携帯電話と多機能電話を併用していた職場が,N900iLを使った内線電話システムに移行して電話機を一本化すると,使い勝手や操作性の点でユーザーが困惑する場合があるのだ。システム導入に際しては,従来のPBX(構内交換機)の機能の中で,何が必要で何が不要かを見極めておく必要がある。

 実用面での課題は,実際にシステムを利用してみないと分からない場合が多い。こうした事情から,まずは自社内で検証しようとするメーカーやシステム・インテグレータが続々と登場している。NECや沖電気工業など大手メーカーが自社導入を進めているだけでなく,アイコムはN900iLを約90台導入した内線システムを複数の拠点に展開。ユニアデックスも約600台のN900iLをまず2拠点で活用している。

 この2社の事例は大きく二つの面で共通していることがある。(1)できるだけ標準の機能を利用して内線電話システムを構築し,(2)その機能を補う狙いから内線電話システムとN900iLから利用するアプリケーションと連携している--点だ。

「標準」のSIPを使って相互接続性を高める

 内線機能を作る上で欠かせないのがSIP(session initiation protocol)と呼ぶプロトコルである。内線電話機能は,SIPで標準に定められた仕様をベースに記述されている例が多い。ただしN900iLは端末としてSIPを独自に拡張した機能も備えている。「オフィスで最低限必要なPBX機能は,標準のSIPだけでは実現できない」(NEC)ためだ。独自拡張の機能は,NECのSIPサーバー「SV7000」が元々備えていたもの。この機能をN900iLにも独自仕様として盛り込んでいる。N900iLを唯一の端末とするNTTドコモのモバイル・セントレックス・システム「PASSAGE DUPLE」の初期ユーザーに,SV7000を採用したユーザーが多かったのは,この独自拡張機能を使って内線機能を実現しているからだ。

 拡張機能には,3者通話やコール・パーク(保留通話を他の電話からピックアップできる機能),識別リンギング(内線,外線の鳴り分け表示)などが挙げられる。こうした拡張の仕様は,NTTドコモとの契約により各SIPサーバーを開発するメーカーに有償で公開される。そのため,現在は独自拡張を必要とするユーザーは,NEC製以外のSIPサーバーも選択できるようになった。

 N900iLは独自拡張を使うモードだけではなく,標準規格の範囲内のSIPを実装したモードも備えている。標準規格の範囲内だと,PBXの高度な機能の実現はできないが,他の固定IP電話機などとの相互接続性,相互運用性が高くなる利点がある。

 アイコムやユニアデックスが重視したのが,標準規格のSIPだった。保留や転送といった内線電話の基本的な機能は標準仕様の範囲内でも実現できる。アイコムでは拡張機能を避けることで,N900iLに加えて固定IP電話機や無線IP電話機などが混在したときにも,一台のSIPサーバーで運用できるようにしている。実際,アイコムの社内では約20台の自社製の無線IP電話機「VP-43」と,90台のN900iLとを混在させて相互の電話の転送なども実現している。

 ユニアデックスでも同様の理由から,拡張機能を使わない選択をした。「ひとり1台の電話を携帯するなら,標準SIPの機能でも十分。ビジネススタイルさえ変われば,今までのPBXでできた機能の70から80%はいらなくなる」(ユニアデックス)との考えを実践している。

少なくなった内線機能をアプリケーションとの連動で補う


写真下 N900iLを利用する
アイコムの営業担当者

 さらにN900iLを使って利用できるアプリケーションを活用して,“いらなくなった70から80%の機能”を補うことも可能になる。アイコムでは,「保留・転送機能は個人に電話がかかるようになればあまり使われない」といった状況を想定。在席状況を表す「プレゼンス」と,電話の転送設定の組み合わせたシステムを社内で運用している(写真下)。

 例えば内線をかける場合,電話をかける前に相手が不在かどうか分かれば,電話をかけるのをやめて電子メールでの連絡に切り替えるといった運用が可能になる。アイコムではこれをさらに進めて,電話をかける前に相手のプレゼンスを確認しなくてもいい仕組みを作り上げた。

 具体的には,あるユーザーが「不在」と設定していたとする。そのユーザーに内線電話があった場合,サーバー側で不在情報を元に,その電話を指定した電話番号に転送できるようにした。N900iLを使うユーザーは,この転送先電話番号に携帯電話の番号を入力したり,部門代表の電話を入力するなどして転送先を自由に変更できる。さらに同社では,N900iL以外の端末からプレゼンス情報が更新・閲覧されることも想定。WLANブラウザやPC側のWebブラウザから自分のプレゼンスを変更できるようにした。

 ユニアデックスでも,4月以降プレゼンスを活用する予定だ。ただし,3月時点でも既に無条件転送のためのアプリケーションや,オンライン電話帳を活用してブラウザ画面から所定の相手に電話発信ができる「クリック・ツー・ダイヤル」を活用している。さらに無条件転送を設定することで,例えばすべての自分あての着信を無条件にFOMA側へ転送するといった設定が可能となる。

 ただし,こうしたプレゼンスは自己申告制。適切に運用しないとせっかくの転送設定などの機能が生かされない。そこで,各社が次の段階として考えているのが,プレゼンスの自動更新だ。例えば,無線LANアクセス・ポイントへの接続状況から割り出した位置情報の利用や,入退館/入退室システムと連動したプレゼンスの自動更新を考えている。

(大谷 晃司=日経コミュニケーション

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