米IBMが今月2日,“Grid Computing”のビジネス化に着手すると発表した。聞きなれない言葉だが,“Power Grid(電力供給網)”に由来する呼称だという。現代社会では電力は必要に応じて供給され,消費者は使った分だけ料金を支払えばよい。これと同じようにコンピューティング・パワーも,ネットワークから必要なだけ供給され,利用者はその使用料を払う。「これからは,そういう時代になる」とIBM社は見ているのだ。

 6月の本コラムで,インターネット経由でパソコンのCPUパワーをかき集めるプロジェクト(「チリも積もれば・・・,家庭のパソコンの計算パワーをネットでかき集めるビジネスが流行」)を紹介したが,これもGrid Computingの一種と位置付けられるだろう。

 ちなみに同記事のなかで,最初にこれを始めたのは「宇宙人との交信にチャレンジするSETIという団体だ」と紹介した。直後に読者の方から投書があり,「暗号解読を手がけるdistributed.netという団体が,SETIよりも先に(Distributed Computingを)始めている」という指摘を受けた。実際そのようだ。さらに調査を進めると,この類のプロジェクトを手がけている団体は他にもいくつか存在しており,草の根レベルのGrid Computingは相当進んでいることに改めて気づいた次第だ。。

 Grid Computingは広範囲なネットワーク上で,コンピューティング・パワーのみならず,ファイルやアプリケーションまでも多数の利用者が共有できるという非常に包括的な概念である。研究開発の歴史がいつまで遡るれるかについては様々な見解がある。ある人によると,1960年代に書かれたJ.C.R. Licklider著「Man-Machine Symbiosis(人とマシンの共生)」という論文に,最初のアイディアが提示されているという。当時の要素技術ではとても実現不可能だったが,実用化に向けて研究開発が続けられた。

 考えようによっては,インターネットもWWWも全てこの延長線上に乗っていると見ることもできる。ちなみにLicklider氏は,1960年代初頭にDARPA(Defense Advanced Research Project Agency)でインターネットの基礎研究で指揮を執った。長いあいだ世間的には無名だったが,最近になって情報化社会の礎を築いた人として再評価されている。

 Grid Computingの主な研究開発プロジェクトはこれまで,米国エネルギー省やNASAなど,政府の研究開発機関が中心になって進めてきた。彼らが開発したネットワーク・プロトコルは“Globus”と呼ばれ,フリー・ソフトとしてインターネットで公開されている。Grid Computingの草の根プロジェクトは,このGlobusプロトコルを土台にして進められている。

 しかしここにきてGrid Computingの開発の方向は企業ビジネスに向かいつつある。既に米マイクロソフトはGlobusプロジェクトへの支援を打ち出しており,日本のソフトバンクはGrid Computingを手がける新興企業United Devicesに投資している。他にも製薬会社のファイザーや航空機・軍需メーカーのボーイングをはじめ世界各国,様々な業界の巨大企業がGrid Computingの実験を始めた。いずれも,大規模な科学シミュレーションへの応用を主眼に置く。

 IBM社がGrid Computingへ参入するのは,ここに次世代の巨大市場を予感するから だ。既に英国とオランダの政府がIBMに対し,科学研究のためのGrid Computing Systemを発注したという(「米IBM,英政府のネット・プロジェクト「National Grid」でインフラ構築を受注」)。同社は手始めに約40億ドルを投資して,50台のサーバーから成る実験ネットワークを構築する。

 Grid Computingを実現する上で最大の課題は,セキュリティをどう保証するかにある。インターネットのようなグローバル・ネットワーク上でコンピューティング資源を共有するとなると,犯罪者が付け入る隙がそこかしこに出かねない。途方もない規模のプロジェクトであるだけに,そこでのセキュリティ確保は至難の技となるだろう。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)

1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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