家庭のパソコンを遊ばせておくのはもったいない。余った計算パワーをインターネット経由で集めて,大規模な科学計算などに向けて貸し出すサービスが,米国で流行している。80年代に大学や研究所などで始まった,いわゆる分散コンピューティングが,一般社会に広まったと言えるだろう。

 ホーム・パソコン版の分散コンピューティングを始めたのは,カリフォルニア州バークレイにあるSearch for Extraterrestrial Intelligenceだ。組織名からお分かりの通り,宇宙人を探している科学団体である。

 インターネットで有志を募って,その人たちの家に置かれたパソコンの計算パワーを貸してもらう。「チリも積もれば山となる」というわけで,集まった計算パワーで宇宙から届く微弱な電波を解析し,宇宙人からのメッセージを探している。

 ほとんど冗談のようなアイデアから始まったプロジェクトだが,これをビジネスに応用しようとする会社が次々と登場している。たとえば,サンディエゴに拠点を置くEntropia,ノースカロライナ州のPorivo Technologies,テキサス州のUnited Devices社などだ。

 彼らのビジネスは,インターネット経由でパソコンの計算パワーをかき集め,これを企業や大学,研究所などに,比較的安い値段で貸し出すことだ。研究機関のなかには,自前のスーパーコンピュータを持たないところがある。これまでは,他の研究所やコンピュータ・センターなどに高いお金を払って,スーパーコンピュータを貸してもらっていた。

 こうした研究機関などに対し,スーパーコンピュータよりもぐっと安い値段で,同等の計算パワーを提供するのが,Entropia社などが始めたビジネスである。料金は,1カ月に1万ドル~2万ドルくらいに設定されている。スーパーコンピューターの価格は数千万ドルから数億ドルもするから,買おうと思っても,(少なくとも宇宙人探索団体のような組織には)なかなか手が出ない。リース料金にしても月額10万ドル以上はかかる。Entropia社などのサービスは,かなりお得だ。

 Entropia社などの業者は,計算パワーを貸してくれた人たちに少額の謝礼を払っている。この金額は,月額10~1000ドルと幅がある。もっとも貸す方はどちらかというと,お金目当てというより,慈善事業へのボランティアとしてとらえているようだ。

 計算パワーを借りる研究機関というのは,たとえばAIDS治療や遺伝子解析などの研究に携わる機関で,非営利団体が多い。間接的ながら,こうした団体に計算パワーを貸す一般市民の方は,「自分のパソコンを遊ばせておくよりは,科学の発展のために使ってもらおう」というのが,主な動機である。従って支払われるお金は,「代金」ではなく「謝礼」となる。

 ただ,そうは言っても人間のやること。世知辛い世の中では,綺麗事だけで済むものではない。事業が大きくなると,これに計算パワーを貸す一般市民の方でも,「もっとお金を」と注文をつけるようになってきた。

 United States社では,計算パワーを貸してくれた人のなから抽選で数名に1000ドルを支払うそうだ。1カ月1000ドルは謝礼にしては多過ぎるように思えるが,さっそく大学生ら大挙して参加し始めたという。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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