最近,ピア・ツー・ピアという言葉を耳にする機会が増えてきた。米Intelは「インターネットの革命」などとおだてるし,米Sun Microsystemsも4月には新しいフレームワーク「Jxta(Juxtaposeという説もある)」を発表するという。

 いささか旧聞に属するが,ピア・ツー・ピアに関心が集まったのは米Napsterが始めた音楽コンテンツ交換サービスのおかげだろう。このサービスのすごいところは,音楽コンテンツを格納したサーバーというのが“陽(explicit)”に存在しない点にある。

 個々のユーザーが個人的に格納しておいたコンテンツが自動的にNapster社のサーバに登録される。ユーザーは登録した情報を参照して,欲しいコンテンツをその会員のコンピュータからダウンロードする。

 このモデルのすごいところは,草の根でコンテンツが広がっていくところにある。もちろん重複もあるだろう。だがそんなことを気にする必要がない。言わば,コンテンツのオープンソース化がNapsterのサービスなのである。

 そう考えれば,同社が著作権法違反に問われるのも必然である。オープンソースの考え方と著作権の考え方は相容れないものだからだ。コンテンツを格納したサーバーを持たないから,Napster社は著作権法に抵触しないと考えたのだろうが,現実は甘くなかった。新聞や雑誌で大きく扱われたように,米国では著作権法違反のために,Napstar社による音楽コンテンツの交換には禁止命令が下された。

技術的な目新しさはない

 本題はこれからである。しかし,ピア・ツー・ピアは本当に“革命”なのだろうか。新たなコンテンツ配信モデルを提案したという点では,革命と言ってよいのかもしれない。しかし技術的には目新しいものではない。

 例えば,インターネットの代名詞でもあるWWWを考えてみよう。URLを指定すると,DNSサーバにURLを問い合わせ,対応するIPアドレスが返される。そして,WWWブラウザがIPアドレスのサーバーにリクエストを発行する。つまり,WWWサーバーとWWWブラウザという双方の「ピア」が,直接通信しているのである。これはピア・ツー・ピアの動作モデルそのものだと言ってよい。

 ピア・ツー・ピアという発想自体,新しいものではない。例えばWindowsやMacintoshのネットワークで,個々のクライアント・パソコンが共有フォルダを持つというのもピア・ツー・ピアである。

 ただしピア・ツー・ピアの定義はさまざまだ。WWWでは基本的に常にDNSを介する必要があるため,ピア・ツー・ピアではないという意見もある。NapsterやICQといったソフトはDNSを介さない。また原理的には,参照するサーバーが存在するNapsterも字義からするとピア・ツー・ピアではない,という意見すらある。

数のスケールが桁違い

 ではなぜ,ピア・ツー・ピア技術が注目を集めているのか。それはインターネットにつながっているクライアントすべてが連携するような,巨大な超並列システムを実現し得る可能性を秘めているからだ。

 仮に1000万台のマシンがつながっていて,その平均スペックが500MHz動作のCPUと1Gバイトのハード・ディスク装置を装備していたと考えてみよう。このときインターネット全体の仮想的なシステムにおける動作周波数は500M×1000万=500万GHzに到達する。ストレージは1000万Gバイトだ。

 これらがすべて連携する,などというのは絵空事にすぎない。しかし潜在的な可能性を秘めているという点では,これまでのサーバー・ベースのシステムには遠く及ばないレベルにある。

 例えばSETI@homeは,その分量を使って大量のデータを分析しようというものだ。ちなみにSETIとは,Search for Extraterrestrial Intelligenceの略で,地球外知的生命体を探索するプロジェクトである。微弱な電波などから知的な痕跡を見つけるために,大量のデータを分析しなければならない。SETI@homeは見かけ上スクリーン・セーバーだが,セーバーとして動作している間にSETIのためのデータ分析を実行する。セーバとして動作している間は,ユーザがコンピュータを使っていないからだ。

 ピア・ツー・ピアのサービスが普及するか否かは,当然のことだが,どれだけ魅力あるコンテンツやサービスを提供できるかにかかっている。SETIのようなアカデミックで有益なものであれば,ユーザーが受け入れてくれる可能性がある。そうでなければ,ユーザーを引きつける何かが必要だ。

 最初の芯ができてしまえば,ピア・ツー・ピアなのでコンテンツは参加したユーザーが増やしてくれる。そして一定以上のユーザーをひきつけてしまえば,あとは自動的にユーザー層が拡大していく。

 その好例がNapsterのサービスである。ある程度データベースができてしまえば,そこにロックインが始まる。いいコンテンツが集まっていれば,そこに誰もが参加するようになり,さらにコンテンツが集まる。チャットであればメンバーがコンテンツそのものだし,GnutellaやNapsterでは音楽データだった。

 だからこそ音楽配信を事業化したいレコード会社からすればNapsterは目の上のたんこぶだったわけだし,米America Onlineに対してチャット・システム(インスタント・メッセージング)のプロトコルを公開するように米Microsoftなどが求めていたのも必然だったわけだ。

(北郷 達郎=日経バイト副編集長兼編集委員)