2003年5月13日,電話局から各家庭まで引かれた加入者回線を使う場合の「スペクトル管理標準」問題に一応の決着がついた。2002年12月から10回にわたり総務省の情報通信審議会管轄下で開催されたDSL作業班の議論を踏まえた報告書「DSLスペクトル管理の基本的要件(案)」が公開されたのだ。情報通信審議会ではこの報告書に対する意見(パブリック・コメント)を6月2日まで募集し,それを踏まえて答申を出す。

 この問題はIT Proでもニュースで紹介してきたし,筆者も過去2回にわたって「記者の眼」で書いてきた(2002年7月22日の「過熱するADSLの高速化競争,もっと冷静になって見てみよう」,2002年11月20日の「なぜ長距離DSLサービスが登場しないのか?」)。その問題が一応の決着を見たという。そこで,今回は総括という意味で記事をまとめてみたいと考えた。

 しかし,報告書を読んでみても具体的なイメージがわかない。いったい何がどう決まったのか。10回にわたるDSL作業班を経て事業者間でどういう合意に至ったのか。読み取るのはなかなか難しい。そこで今回は,関係者から話を聞き,「結局,なにがどうなったのか」を確認し,その内容を自分なりに考えてみたいと思う。

 今日はまず,各社の12メガADSL方式がどういう分類になったのか,結論から先に見ていこう。明日(5月23日)は,ADSL事業者間で合意に達した背景や,この問題をユーザーの視点から考えるとどうなるか,をまとめることにする。

すべての12メガADSL方式は制限なく使えることに

 2001年11月に情報通信技術委員会(TTC)が標準化した「JJ-100.01 メタリック加入者伝送システムのスペクトル管理 第1.0版」では,制約を受けずにどの加入者回線でも使える第1グループと,使ううえで回線収容の位地や距離制限といった条件で制約を受ける第2グループに分類していた。今回公開された新しい案ではそれを4種類のクラスに分けるように変えた。つまり,(1)利用制限がなく干渉からの保護基準を定める(つまり保護される)「クラスA」,(2)利用制限はないが干渉から保護されない「クラスB」,(3)利用制限はあるが干渉からの保護判定基準を定める「クラスA'」,(4)利用制限があり干渉からも保護されない「クラスC」――である(関連記事)。

 クラスAにはTTCのスペクトル標準で第1グループに分類された,電話やISDN,1.5メガおよび8メガの各ADSL方式が入る。問題の12メガADSLでは,東西のNTT地域会社やイー・アクセス,さらにソフトバンクBBが現在提供中の方式はすべてクラスAに分類された。アッカ・ネットワークが提供中の12メガ方式C.xでは,切り替えて使う4種類の方式のうち3種類がクラスA,1種類がクラスBに決まった。つまり,どの方式にも利用制限はつかなかったわけである。ちなみに,長距離方式であるReachDSL V2もクラスBに分類された。

本当にYahoo!BBの方式には干渉の問題がないのか?

 しかし,この問題はそもそも,2002年7月にソフトバンク・グループが提供を始めた12メガADSL方式「Annex.A(OL)」(当時の名称はAnnex.A.ex)が,TTCのスペクトル管理標準に照らし合わせてみると,利用制限のかからない第1グループの基準を満たさない可能性が高いという話が出てきたのが発端だったはず(関連記事)。

 そうした状況下,ソフトバンク・グループはTTCの場でAnnex.A(OL)の検討をすることなく12Mビット/秒のサービス・メニューを始めてしまった(関連記事)。これに,ほかのADSL事業者が噛み付いた。イー・アクセスの小畑至弘CTOが「Annex.A.exは,ほかのADSL方式に対して,ISDNと同等の干渉値に抑えたC.xと比べて約3倍の影響を与える可能性がある」という趣旨の発言をしたことを記憶している読者もいるだろう(関連記事)。

 それが今回の報告書では,Annex.A(OL)は利用上制約を受けないクラスAに分類された。ということは,今回の結果で,Annex.A(OL)の潔白は証明されたのだろうか? いやいや,事はそう単純ではない。

 ある伝送方式のやりとりが他の伝送方式の通信に干渉するかどうかを確認するには二つの方法がある。それは,(1)実際の利用環境で影響が出ているのかいないのかを調べる方法と,(2)現実に近いモデルを想定して計算式に当てはめて干渉の影響を調べる方法――である。DSL作業班では,この二つの方法でAnnex.A(OL)の影響を調べた。

実際の利用回線では影響が見られなかったが・・・

 (1)は,DSL作業班の場で参考資料として提出された資料で確認できる。DSL作業班では,各ADSL事業者が実際のユーザー回線で,上り回線速度が200kビット/秒以下もしくは平均値の50%以下の速度の回線をピックアップして,同一カッド内にある通信方式を調べたりしている。

 調査を実施したADSL事業者は,アッカ・ネットワークス,イー・アクセス,NTT東日本,ソフトバンクBB――の4社。調査した回線数は,神奈川県および千葉県の電話局6局,合計約28万回線である。その結果,各社のADSLサービスがどんなADSL方式と同一カッド内にあっても,顕著な影響は見られなかったという。ソフトバンク側はこの結果をもって,「Annex.A(OL)はほかのADSLに干渉していない」(ソフトバンクBB・接続企画本部長の宮本正男氏)という姿勢を崩さない。

 しかし,ある特定の回線2本を対象に,いろいろとADSLの方式を変えて調べたフィールド実験では,Annex.A(OL)がほかのADSL方式に影響を与えるという現象が見られた。NTT東日本は提出資料の中で,「ISDNとAnnex.A(OL)方式は,干渉源として影響が大きい」と指摘している。これに対してソフトバンクBBは,「回線数が極めて少ない状況で,結論をどうこう言えない」(宮本本部長)という見解を示している。

 つまり(1)の方法では,実際に干渉があるかないかは,明確に白黒がつけられたわけではない。全く影響を与えていないかもしれないし,200kビット/秒といった極端な速度に落ちていなくても何らかの影響を受けているかもしれない。

計算式のモデルを現実に則して変更

 では(2)の方法はどうか。こちらは,各方式のパラメータを決められた計算式に入れて机上で計算するというもの。もともとTTCの標準で採用されているやり方で,「フィールドで利用して問題が発生する前に,おおよその影響を算出して,影響があると思われる方式には制限をつける」というスペクトル管理の本質となる方法といえる。

 ただし,TTCの計算方法に対してソフトバンク・グループは「現実的ではない」と非難していた。具体的には,TTC標準では「0.4mm径の紙絶縁の銅線ケーブルが同一カッド内を含む24回線に囲まれた場合」をモデルに干渉の影響を計算することになっていたが,「こんな状況は99%ありえない」というわけだ。

 そこで今回の報告書では,計算式のベースとなるモデルを「0.4mm径のプラスチック絶縁の銅線ケーブルが同一カッド内を含む5回線に囲まれた場合」と変更している。そのうえで,この条件で各社の12メガADSL方式が1.5メガ/8メガのADSLなどにどの程度の干渉を与えるのか,計算値を出した。

計算値だけだと「クロ」

 しかし,モデルを変更してもソフトバンク側が意図した結果にはならなかった。新しいモデルでも,Annex.A(OL)が大きく干渉を及ぼすケースがあったのである。「そもそも24回線だろうが5回線だろうが,紙だろうがプラスチックだろうが,同じカッドに入っている方式の影響がもっとも大きくなるので,実態にはほとんど差が出ないことは分かっていた」(NTT東日本の成宮部長)

 報告書に記載されている計算結果を見ると,G.992.1 Annex.C(DBM),つまりAnnex.C方式の8メガADSLの上り方向に対して,Annex.A(OL)はISDNよりも大きな干渉を与えるという計算結果になっている。具体的に数値を挙げると,距離5.0kmのケースで,ISDNが干渉するとAnnex.Cの上り回線速度は352kビット/秒に落ちるが,Annex.A(OL)が干渉源の場合だと128kビット/秒まで落ちるという。両者を比べるとほぼ3倍。前述した「最悪でISDNの約3倍」という言葉通りの結果が見られる。

 報告書では,この計算式による計算値を基準に新しいADSL方式のクラスを決めることになっている。今後登場する新しいADSL方式のパラメータを計算式に当てはめ,その結果を,クラスAに分類されたISDNなどの方式と比較する。そして,もっとも干渉を与えるクラスA方式(多くの場合ISDN)よりも干渉値が小さければ,クラスAに分類されるという決まりである。干渉値より大きい場合は,何らかの措置をとらない限りクラスAに分類されない。

 つまり,Annex.A(OL)を今後登場するADSL方式と仮定すると,「アッカが採用したC.xのように,出力制限をかけるか,ある距離以上の場合は方式を変えるといった措置を取らないとクラスAには入れられない」(NTT東日本・技術部長の成宮憲一氏)という(注:ソフトバンクBBの主張は一部異なる)。

 ここで,ちょっと思い出したのがソフトバンク・グループが12メガADSLサービスを始めるときに同社の孫正義社長が説明した「カメレオン・モデム」。電話回線の状況に応じて,Annex.A(OL)やAnnex.Aの8メガ,Annex.Cの8メガを切り替えられるというADSLモデムだ。

 このモデムが現在使われているなら,一定距離以上の場合にAnnex.Cの8メガ方式などに切り替えることで,この条件をクリアできそう。ただし,ソフトバンクによると,現在このモデムは一切使われていないという。出力制限に関しても「できないと聞いている」(NTT東日本の成宮部長)。つまり,なにも措置をとっていないということだ。

 しかし,Annex.A(OL)はそれでもクラスAに分類された。それはなぜか。ここで登場するのが「緩和値」(デルタ)と呼ばれる値である。

緩和値「デルタ」の正体

 緩和値とは,実際の利用状況やその方式を採用することによるメリットを考慮に入れた緩和の範囲。計算上得られた干渉値が基準値をクリアするように履かせる「ゲタ」のイメージである。つまり,ソフトバンクBBの12メガADSLサービスが採用したAnnex.A(OL)にはデルタを大きめに与えて,クラスAに入れようということである。

 このデルタには二つの種類があるという。それは,(1)現在問題になっている未確認方式(今回の報告書で分類された各社の12メガ方式およびReachDSL)に当てはめるデルタと,(2)今後新しく登場する方式で考慮されるデルタ――である。

 (1)は,実際の利用環境を反映させて決められる。「すでに導入されてしまったことを考慮して,情状酌量されるイメージ」(NTT東日本の成宮部長),「影響がないと出ている実測値と計算値のギャップを埋めるもの」(ソフトバンクBBの宮本本部長)と,事業者間で認識に多少の違いはあるが,事業者間の合意に基づいて決められるものである。

 (2)は,新しい伝送方式がユーザーに与えるメリットを考慮に入れて決められる。新方式のパラメータを計算式に入れて干渉値を計算した結果,既存のクラスAの方式と比較して若干悪い値が出ても,その方式を実用化することでユーザーが得られるメリットが大きければ,目をつぶってクラスAに入れよう,という考えである。

 (1)にしろ(2)にしろ,具体的なデルタの値は,基準値(クラスAの中でもっとも干渉が大きい方式の計算値)と計算値の差になる。

 今回,各ADSL事業者はAnnex.A(OL)をクラスAに分類することに合意した。イー・アクセス・組織管理本部長の庄司勇木氏は経緯を振り返って,「技術的な白黒をはっきりと付けたいという気持ちはあった。ただ,Annex.A(OL)をクラスAにしないと収拾がつかない状況だった」と語った。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)