10月17日,NTT東西地域会社がDSL(digital subscriber line)回線の接続約款変更を総務省に認可申請した(関連記事)。これは,ADSLなどの各種DSL方式を二つのグループに分け,他の方式に影響を与えてしまう方式の回線を接続する場合の料金を値上げしようというものだ。今回はちょっとこの問題について考えてみたい。

 今年の夏以降,12メガADSLサービスの提供を巡りADSL事業者間でもめているのはご存じの通り。ここでは詳しく書かないが,ADSLサービス「Yahoo!BB」を提供するソフトバンク・グループの12メガADSL技術「Annex A.ex」(後にAnnex A(12M)に改称)がほかのADSLに悪影響を与えるかどうかを巡って議論が白熱。情報通信技術委員会(TTC)が進めていたスペクトル管理標準「JJ-100.01」の改訂作業も頓挫し,再開のめどは立っていない。企業が個人を営業妨害で提訴するという事態にまで発展し,騒ぎはまだまだ収拾しそうにない(本文末の「関連記事」を参照)。

 そんな中で発表されたのが,NTT東西によるDSL回線の接続約款変更の申請だったのである。

約款変更で何がどう変わるのか?

 NTT東西が申請した接続約款の変更は,これら12メガADSLを取り巻く騒動を背景に出てきたものと考えて差し支えないだろう。そこでまず,ADSLサービスの接続料について簡単に押さえておこう。

 ほとんどのADSL事業者は,NTT東西が敷設した電話線を利用してサービスを提供している。NTT局にADSL設備を設置し,そこに電話回線をつなぎ込んでユーザー宅までの通信路として使うわけだ。つまりADSL事業者はNTTの回線設備を借りているので,その料金を支払う決まりになっている。これが接続料だ。

 これまでは,どんなDSL方式で回線を使っても接続料は同じだった。それを今回,NTT東西は接続約款を変更して,伝送技術の違いで接続料に差をつけようとしている。その基準として使うのがTTCのスペクトル管理標準である(関連記事)。つまり,TTCの定めたスペクトル管理標準を基に,回線の利用に制限のない第1グループ(1G)と,回線利用に制限を加えた第2グループ(2G)に分けようという考えである。

 そして2Gの方式を利用する場合は,他の回線への影響を避けるため,1回線でカッド(通常は2回線,合計4本の銅線で構成する単位)を占有するように変更して接続料を値上げし,1Gの接続料は据え置く。両者の差額は月額899円。つまり,2Gの方式を使うと現状の月額利用料(173円/月)が約900円値上がりすることになる。そのほか,同じカッド内に1Gの方式を使っている回線があったら,ほかのカッドに回線を移さなければならず,その工事費もかかる。

 2Gの料金が上がるのは,本来2本分の電話線として使えるカッドを独占して使うため。こうすれば,たとえその伝送方式がノイズを出すにしても,最も影響を受けやすい同一カッド内の電話線は使われていないので問題にならないというわけだ。

方式を問わないことを逆手にとれば・・・

 NTT東西の判断基準はあくまでもTTCのスペクトル管理標準にある。リリースには,「1G/2Gの分類が未確定の伝送方式については,確定するまでの間,事業者の申し出に基づき,協議により暫定的に分類を仮設定して運用する」とある。つまり,12メガADSLの各方式は各ADSL事業者とNTT東西の協議の結果“暫定的”に決まる。

 これを受けて,BBテクノロジーとアッカ・ネットワークスの2社はいち早く「我が社の12メガADSL方式は1G」と発表した。その狙いは明らか。「より高速なサービスでも月額料金が900円も値上がりしては使ってもらえない」という危機感があるからだ。

 ユーザーにとって料金は,事業者を選択する上で大きな要件。同じ12メガのADSLサービスを契約するなら,わざわざ値上がりするかもしれないサービスは選ばないだろう。料金競争が激しいADSL市場で競い合う事業者としては当然といえるかもしれない。

 でも,ちょっと待った。TTCのスペクトル管理標準の改訂作業で紛糾する原因になったノイズの問題はないのだろうか。特に,BBテクノロジーのAnnex A(12M)とアッカのC.xは,下り方向の通信に上り方向と同じ低い周波数帯域の電気信号を使うことで,高速化し,さらに長距離伝送できるようになっている。周波数帯域が重なる部分がノイズとなって隣接する電話線のADSL通信に影響を及ぼすかもしれないというのがポイントだったはずだ。

 これに対してアッカは,TTCのスペクトル管理標準の改訂作業で,C.xの周波数成分が電話や他のADSLに影響を与えないように,信号の出力レベルを抑えるなどの対策をとったという。出力レベルを落とすということは,遠くまで伝送できなくなるということ。つまり,「ほかのDSL回線に影響を与えないようにする(=1Gに入れて安い料金で提供する)」ということを優先させると,「NTT局から離れたユーザーにもサービスを提供する」という12メガADSLのメリットを犠牲にしなければならなくなるのだ。

 ここで発想を逆転させてみよう。2Gは,1Gに入れられなかった方式すべてが入るグループ。つまり,どんな方式でもかまわないわけだ。ここで仮に,1Gに入れることは最初からあきらめて,徹底的に長距離伝送にチューンしたDSL方式を開発したらどうだろう。ReachDSLのように長距離向け専用の技術もあるが,速度的にちょっと見劣りする。できるだけ高速で伝送距離も延長するといった工夫により,近くの回線に与える影響が大きくなっても,2GならNTT局から離れたユーザー向けにサービスを提供することも可能なはずだ。

 2Gの方式を使うとなると,回線の収容替えのために約2万円の工事費がかかり,月額料金も900円程度割高になってしまう。方式の違いによるコスト差が料金に表れるかもしれない。それでも,距離の制限でこれまでまったく利用できなかったユーザー,特に「FTTHサービスなんて数年後でも期待できない」という地域のユーザーにとっては魅力あるサービスになるのではないだろうか。

 こうしたユーザーを救う長距離向けのDSLサービスに関して,各ADSL事業者からはまだ何も聞こえてこない。「どこか1社くらい,NTT局から離れたユーザーにターゲットを絞ったDSLサービスを提供する事業者が出てきてもいいのに」と思うのは,筆者の考えが甘いのだろうか。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)


【おまけ】でも気になる,「12メガADSLは本当に1G?」

 NTT東西が総務省に提出した約款変更がそのまま通ると仮定すると,各社の12メガADSLの方式は1Gになるのか2Gになるのか,そこが一番気になっている読者も多いと思うので,最後にその点を簡単にまとめておく。

 NTT東西が申請した約款変更が認可されてから,TTCのスペクトル管理標準が改訂されて12メガADSLの各方式がグループ分けされるまでの間は,各社の主張がそのまま暫定的な分類になりそう。各社とも「自社の方式は1G」と主張すると思われるので,ユーザーの利用料が値上がりすることはないだろう。

 もし約款変更時に「我が社の12メガADSL技術は2G」と主張してきた事業者がいたら,その技術を利用している回線の収容替えが必要になるが,その工事費はNTTの負担になる。当然ながらその後の月額料金は899円値上げになるだろう。

 TTCのスペクトル管理標準が改訂され,各社の12メガADSL伝送方式が盛り込まれれば,NTT東西が暫定的に決めたグループ分けに代わってTTC標準の基準に従い1Gと2Gが分類される。

 ここで問題となるのは,暫定的に1Gになっていた12メガADSL方式がTTCのスペクトル管理標準の改訂で2Gに分類されてしまった場合。ここでも回線の収容替えが必要になるが,1回線当たり約2万円の工事費はADSL事業者側の負担になる。

 もちろん,今回NTT東西が提出した接続約款変更の申請がそのまま認可されるとは限らない。NTT東西の約款変更に関して,総務省は11月20日までの期間を設け,パブリック・コメントを募っている。12月中旬に開催される総務省情報通信審議会で,決まることになりそうだ。