今回は日本のBtoBマーケティングが世界に追いつくキーファクターの一つであるCMO(Chief Marketing Officer)の話をしたいと思います。

 昨年の夏に訪問した米国企業のCMOと話をしていた時に、彼からこんな質問を受けました。

「日本企業のCMOも我々と同じように毎週セラピストに通っていますか?」
「えっ?……」

 米国の、特にBtoB企業のCMOに対するROMI(マーケティングROI)のプレッシャーはすごいものです。特にMAが普及したことでマーケティング活動のかなりの部分が数値的に可視化できるようになり、それに連動するようにCMOの平均在任期間はどんどん短くなっています。数年前からは平均在任期間が2年を切ったという話もあるくらいです。この質問の主も例に漏れずにマーケティングROIのプレッシャーであえいでおり、この質問になったのですが、私は答えに窮しました。日本の現状をそのまま話せば呆れられてしまう、という小さな愛国心が頭をもたげたのです。すると勘違いした相手の方からこう重ねてきました。

「日本人は精神的に強いからセラピストは必要ないのですよね?」

 私は、勘違いさせてしまったことを詫びた上で正直にこう話しました。

「多くの日本企業にはCMOはいないのです」
「えっ、では誰がマーケティング部門をマネジメントしているのですか?」
「そのマーケティング部門が存在しない企業が多いのです」
「大企業でもですか?」
「東京証券取引所に上場している企業の半分以上は未だCMOがいないと思います」

 彼は予想外の答えに戸惑いながら質問を続けました。

「では、日本のBtoB企業はどうやって売り上げをつくっているのですか?」
「汗と足と根性です……」
「…………」

 実は、米国のマーケティング関係者と話しているとこの手の話題になることは珍しくありません。一番多い質問は、

「なぜ日本の大企業にはCMOがいないのですか?」

 というもので、私の答えはいつも同じです。

「必要無かったのです、数年前までは……」

 もちろん、肩書きとしてのCMOなら、チーフオフィサー制を採用していない企業ではいなくて当たり前です。CMO(Chief Marketing Officer)はチーフオフィサー制、つまり制度的に最高経営責任者をCEO、最高財務責任者をCFOと呼称する企業の中で、最高マーケティング責任者を示す役職だからです。しかし、CMOを広義で「マーケティング活動を統括する責任者」という意味で解釈するなら、「いない」ことは大きな問題であり、海外企業と海外市場や国内市場で戦う場合に大きなハンディキャップになります。

 チーフオフィサー制を採用している企業では、CEO(Chief Executive Officer)は企業が向かう方向を指し示し、経営全般を統括します。CFO(Chief Financial Officer)は企業の燃料としての財務を主管します。そしてCMOは狙う市場とそこへのアプローチを見ます。現代の企業経営では、この3つのポストがしっかり機能しなければ、よほど特殊要因がない限り、企業が成長を維持することはできません。

 実は日本はその「特殊要因」を持った国でした。本当にマーケティング部門もCMOも必要なく成長できた稀有な国なのです。

 日本は70年前の敗戦により国家インフラの大半を失い、7000万人を超える国民が、家も、着る物も、食べる物もない状況になりました。日本人はこれ以上ない危機感と持ち前の勤勉さで猛烈に働き、食べる物を、着る物を、そして住む家を獲得していきました。さらに高度経済成長のもとで家電をそろえ、3~4年おきに車を買い替え、子どもを大学に通わせました。その巨大な国内需要が日本企業を支える市場になりました。市場が拡大する中ではマーケティングは重要ではありません。良いものを作れば売れたのです。

 一方、海外市場でもマーケティングが必要のない特殊環境がありました。「為替」です。米国は太平洋戦争で日本をコテンパンに叩きのめしました。主要都市は爆撃によって焦土と化し、国家インフラは破壊され、核兵器を2発も落とされました。常識で考えれば少なくとも数十年は再起できないダメージであり、歴史を見れば、叩きのめされて二度と立ち直れなかった国家も多いのです。そこで米国は日本円の為替レートを1ドル360円で固定しました。少しでも復興を後押ししようと考えたのかもしれません。

 しかし、日本は世界史上唯一、全盛期の米国と太平洋を挟んで一騎打ちを演じた国で、その工業力は当時でも世界のトップレベルです。その底力を発揮し、欧米の予想に反して急速に復興する中で海外市場に対して「1ドル360円」という為替のメリットは極めて有利に働きました。世界最高レベルの製品が非常に安い価格で輸出できたのです。

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