私には、今の日本のBtoBマーケティングの状況は、明治維新の日本ととても似ているように見えています。新しい技術や兵器、それをベースにした戦い方のナレッジが勝敗を左右する決定的な要因になった時代に、それを取り入れた集団と、取り入れることを拒んだ集団の明暗がはっきり分かれたからです。

 歴史は繰り返す、とはよく言われる言葉ですが、150年前の日本と現代を対比させて考察してみましょう。

 徳川幕府が鎖国令を出して以降の260年間、大半の日本人は世界の科学技術、兵器やその運用を中心にした戦略・戦術の発展を知る術がありませんでした。幕府は「世界を覗く窓」として長崎の出島に限定したオランダとの交易だけを残しましたが、そのオランダがイングランドとの英蘭戦争の敗戦で欧州世界の中ですっかり没落してしまったことにも気付かないくらい情報に疎く、東の果てで孤立していたのです。

 そうして、大名も武士も町人も農民も、世界の情勢や発展など気にしないで、国内のことだけを見ていれば良かった時代が十数代も続いたのです。

 日本のBtoBも、戦後の復興の過程で1億人の国民が生み出す旺盛な消費を背景にした国内市場と、為替メリットに支えられて伸び続ける海外市場のお陰で、マーケティングなどしなくてもどんどん成長できる時代が戦後50年以上続きました。法人営業の世界で売り上げをつくるのは営業の足と汗であり、熱心な訪問こそが数字をつくる王道だったのです。

 この時代、企業内でマーケティングを学ぶ者は「変わり者」であり、「理屈屋」であり、欧米型のマーケティングなどは「現場を知らない人間が語る机上の空論」と片付けられていました。海外まで行って経営やマーケティングを学んできても、自分の会社では身につけた知識を活用するチャンスはないと諦めた人たちが、外資系企業やコンサルティングファームに流出し、日本企業の社内には相変わらず「足と汗派」が根を張っていました。

 幕末の頃に撮影された幕府方の侍の写真を見ると、戦国時代から伝わる先祖伝来の甲冑に陣羽織をまとい、持っているのは戦国時代に織田信長が敵を殲滅(せんめつ)したのと同じタイプの火縄銃でした。

 彼らは怠け者でも、愚か者でも、臆病者でもなく、それどころか、平安時代から続く武家の伝統を大切にしながらも、謙虚で情け深く、さらに高い教養を身につけた尊敬すべき人たちでした。侍は幼少から剣、槍、弓などを修行し、同時に素読を通して哲学や兵法を学んでいました。

 素晴らしいのですが時代錯誤なのです。当時多くの藩で採用されていた古典的な兵法は、「敵の遠くに在りては弓にて、近づかば槍、刀で合戦に及ぶべし」というものでした。人柄も素晴らしく、同時代の世界を見渡しても高い教養を備えた人たちが、自分たちが先祖伝来大切にしてきた方法で主君や藩を守れると信じていたのです。

 日本が鎖国している間に、欧州ではフランス革命によってブルボン王家が倒れ、その混乱の中からナポレオンが台頭しました。ナポレオンは、傭兵を中心に組織され王家の私兵だったそれまでの軍隊の概念を覆し、徴兵制を土台にしたフランス軍を組織し、砲兵を要とした師団に編成し、それを信頼する元帥に指揮させることで欧州を席捲する軍事国家を創り上げました。

 北のオランダから南のイタリア、スペインまでを勢力下に収め、無敵を誇ったナポレオンがワーテルローの戦いで敗れると、欧州ではプロイセンが台頭しました。ナポレオンとの長い戦いの経験から戦略・戦術、指揮命令、将校の教育などを徹底的に研究し、近代陸軍の父と言われるモルトケ率いる参謀本部を中心として再構築されたプロイセン軍は、普仏戦争でナポレオン三世率いるフランス軍に勝利し、やがてドイツを統一したのです。

 現代のBtoBマーケティングでもナポレオンの登場と同じレベルの変革が起きました。欧米に元々存在したマーケティングのフレームワークや、それらをベースに発展したダイレクトマーケティングなどが、1980年代にデジタルテクノロジーと出会ったことで化学反応を起こし、デジタルマーケティングへと急速に進化したのです。

 それまで「地域の中での売上構成比」だったシェアの概念が、個人や世帯の生涯価値(LTV:ライフタイムバリュー)へと変化し、それを獲得するツールとしてCRM(Customer Relationship Management)が発生しました。BtoBの世界でも営業案件を可視化して受注決定率を引き上げ、製造原価を適正化する目的でSFA(Sales Force Automation)が普及し始めました。

 そして1990年代になってインターネットの出現でこの流れは一気に加速します。大量のメールを配信するメール配信ツールや、Webをダイナミックに生成するCMS(Contents Management System)、キャンペーンを管理するためのキャンペーンマネジメントシステムなどが次々とリリースされ、1999年に初めてのMA(Marketing Automation)ベンダーとしてEloquaが産声を上げたのです。しかしこうした海外の動きはほとんど日本のマーケティングに影響を与えませんでした。興味本位にCRMやSFAを導入する企業はあっても、それが欧米のように経営戦略に組み込まれ、実運用に乗ることはなかったのです。

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