ここ数年、BtoB企業のデマンドジェネレーションや、そのためのツールであるマーケティングオートメーション(MA)のことを話したり書いたりすることが多いのですが、私のキャリアで関わったソリューションはSFA(Sales Force Automation)とCRM(Customer Relationship Management)が最も多いのです。そう話すとよく、
「欧米の企業はどうやってSFAを運用に乗せているのですか?」
という質問をいただきます。この質問自体、日本企業にとってSFAを運用に乗せることがいかに難しいかを物語っていますが、その難しい原因の一つが米国のような「アメとムチが使えない」ことだと私は考えています。逆説的に言えば、米国企業がSFAを運用に乗せている理由は「アメとムチ」がしっかり噛み合って機能しているからなのです。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」とは孫子の言葉です。今回は米国企業のSFA運用について説明しましょう。
米国でセールスをしている人の多くは、コミッション制と呼ばれる給与体系です。売らなければ受け取る給与は非常に小額の固定給か、「ゼロ」なのです。その代わり、売ればその分だけインセンティブが入りますから、月によっては上司や経営幹部より高い報酬を受け取るセールスも珍しくありません。米国でエンタープライズ向けのデータ分析ツールを販売しているセールスマンと話したことがありますが、「昨年は大型案件が決まったので年収は8000万円だったよ」とさらりと話してくれたのを覚えています。聞き間違えかと思って聞き直してしまいました。米国企業はそのインセンティブを「アメ」として運用ルールに織り込んでいるのです。
では、もしセールスが自分の持っている商談をSFAに案件登録しないとします。SFAで案件コードを持たない商談がクロージングすると、そのセールスは本来受け取るインセンティブを企業によっては20%しか受け取ることができません。つまりマネジャーから見ればそれは存在しなかった案件ですから「棚ぼた受注」と解釈されます。努力の結果としての受注ではない上に、ルールを破って納品工程に迷惑をかけたペナルティーも加わってインセンティブを80%も減額されるのです。これが「ムチ」です。
よく米国企業のムチは「解雇」では?と質問されますが、もし売れなかったら報酬はゼロというフルコミッション契約が多いので解雇する必要すらないのです。
さらに厳しい企業になると案件コードを持っていない商談には社内リソースをいっさい使えないという場合もあります。エンジニアの同行、施設見学、接待交際費の申請、社内の会議室の使用などができないのです。つまり存在しない案件には社内リソースは使わせない、という企業の意思を明確にしています。
このくらい厳しく徹底すると、さすがに営業も自分の商談を必ず登録するようになります。私が15年前に訪問した米国企業で驚いたことは、社内に安易に案件登録をさせないように門番(ゲートキーパー)を置いていることでした。この門番は案件コードの発番権限を持っていますが、条件を満たしていない商談にはコードを発番しないのです。
この案件コードを発行する条件に使われるのが「BANT」です。
(1)Budget(予算:予算は確保されているのか?)
(2)Authority(決裁権:会っている人は決裁権を持っているのか?)
(3)Needs(必要性:個人的興味ではなく、組織としてニーズはあるのか?)
(4)Timeframe(導入時期:発注の時期は明確に決まっているのか?)
この4つの設問が埋まらない商談には案件コードを発行しない、というルールを決めてしまえば、担当営業はこの4条件の確認を最優先します。もし案件コードを発行してもらう前に受注が決まってしまうとインセンティブが大幅に減額されるからです。
ちなみに私は、日本ではこの「BANT」の使い方、確認するフェーズは米国とは違うと考えているので、クライアントにそうアドバイスをしています。意思決定のプロセスが米国のトップダウンとは真逆のボトムアップである日本では、商談で最終決裁者に会う必要はないからです。
この先は日経クロステック Active会員の登録が必要です