新聞記事でもテレビでも,もちろんインターネット上のメディアでも,携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)の話題が多く取り上げられている。電話番号を変えずに,契約している携帯電話事業者を変えられる新しいサービスが,いよいよ10月24日に始まった。

 携帯電話の電話番号は,これまで事業者ごとに割り当てられた番号が決まっていた。A社で契約した電話番号はB社の携帯電話では使えなかったのだ。事業者を変えないで使い続けるユーザーには何の不便もないが,いざ事業者を変えようと思うと電話番号が必ず変わる---これが従来の携帯電話番号の常識だった。

 これが10月24日に一変した。番号ポータビリティは,A社で使っていた電話番号をB社やC社でも使えるようにする制度だ。契約する事業者を変更しても,同じ番号を“持ち運ぶ”ことができることから,番号の“ポータビリティ”という呼び名がついた。ユーザーは電話番号が変わるデメリットなしに,自由に契約する携帯電話事業者を変更できるようになったわけだ。

転出時手数料は2100円で横並び

 番号ポータビリティは,世界を見回すと必ずしも新しいものではない。シンガポールを皮切りに多くの国で番号ポータビリティが導入されている。国内でも番号ポータビリティのメリットを享受できるようにと,総務省で専門の研究会が始まったのが今から3年前の2003年11月。その後,検討が進められ2005年11月には,「2006年11月1日までに番号ポータビリティ制度を開始する」ことが決まった(関連記事:「それは2年前から動き出した」,制度発動までの軌跡を追う)。

 そして今年の8月9日,NTTドコモ,KDDI,ボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)の3社は,番号ポータビリティを10月24日に開始することを正式に発表した。KDDIは同時に,番号ポータビリティを使って他社に移行するユーザーが支払う「転出時手数料」を2100円とすることも発表した(関連記事:携帯番号ポータビリティは10月24日開始,auは他社への移行で手数料2100円)。その後NTTドコモ,旧ボーダフォンも,KDDIと横並びの料金を発表。具体的な手続きや料金がすべて明らかになった(関連記事:10月24日に始まる携帯電話の番号ポータビリティ,3社の手数料はほぼ横並び,データ移行サービスも準備)。

 番号ポータビリティを使って他社に移行するユーザーが負担する費用は,転出時手数料2100円と,新しく契約する携帯電話の契約事務手数料(約3000円)。5000円前後の費用を負担すれば,電話番号を引き継いで事業者を変えられるわけだ。このほかに,携帯電話端末も変える必要があり,端末代金が別途かかる。

激戦時代に向けて新端末や新サービスを続々投入

 番号ポータビリティが始まることで,携帯電話事業者は新しい顧客を獲得する可能性を得る半面,これまで“電話番号”により囲い込まれていた顧客の流出の危機にも直面する。コンシューマ向けの市場が非常に大きい国内の現状では,新規獲得のための「攻め」と流出を防ぐための「守り」の両面で,端末のラインアップやサービスの魅力が大きな戦力になる。各社は10月24日をにらみ,2006年秋冬モデルの端末を続々と発表,その規模は過去の例を見ないほど大きなものとなった。

 先陣を切ったのはKDDI。au携帯電話の秋冬モデル12機種を8月28日に発表した(関連記事:KDDIがau秋冬モデルを発表,マルチキャストによるサービスも開始)。秋冬モデルの投入に合わせて,「EZチャンネルプラス」「EZニュースフラッシュ」「au My Page」「EZテレビ電話」など8種類のサービスも新たに始める。さらに,12月には通信速度を上りと下りの両方とも高速化させた「EV-DO Rev.A」のサービスも開始予定で,対応端末を2機種用意した。Rev.Aでは下り最大3.1M,上り最大1.8Mビット/秒の高速データ通信が可能となった。

 10月1日にボーダフォンから社名を変更したソフトバンクモバイルは,社名変更の直前にあたる9月28日に新端末・サービスを発表した(関連記事:ボーダフォンからソフトバンクモバイルへ,新端末・サービス続々登場)。KDDIの12機種に対抗し,13機種の秋冬モデルを投入する力の入れよう。サービス面ではYahoo! JAPANのサービスを携帯電話向けにカスタマイズしたポータルサイト「Yahoo!ケータイ」の提供や,下り最大3.6Mビット/秒のHSDPAサービスの開始などを発表した。番号ポータビリティ開始前日の10月23日には,通話料もメール代も0円で使える新プランなど,料金面での施策も追加した。

 秋冬モデル最後発となったNTTドコモは,満を持して10月12日に秋冬モデル14機種を発表した(関連記事:NTTドコモの秋冬モデル「これまでで最も自信がある」と夏野執行役員)。秋冬モデルは,後から発表する事業者になるに従って1機種ずつ新機種のラインアップが多いという結果となった。ワンセグやHSDPAに対応する機種を複数用意したほか,タワーレコード・グループのナップスタージャパンの音楽配信サービス「ナップスター」には5機種が対応。プログラム容量を従来の10倍に拡張した「メガiアプリ」にも11機種が対応し,ゲームなどの描画性能が大幅に上がっている。

 各事業者の秋冬モデル新端末は,すでに発売されているものから年明けの発売のものまでさまざまで,発表した台数を比較することにはあまり意味はない。とはいえ,1シーズンに40機種近い端末が発表されたこと自体が前代未聞。番号ポータビリティの開始による顧客争奪戦が,端末の選択肢を増やす効果として表れたことは間違いない。

サービスやソリューションを拡充し法人市場でも競争激化

 番号ポータビリティの開始に向けて,変化が起こったもう一つの戦場が法人市場である。法人は一括契約による割引効果が高いため,番号ポータビリティ開始による移行が大きく表れる可能性がある。

 KDDIとNTTドコモは,7月から8月にかけて,携帯電話端末など無線端末を使って企業の内線電話システムを構築する「モバイル・セントレックス」に新しいサービスやソリューションを追加した(関連記事:KDDIのN900iL対抗機投入にドコモが応戦,秋以降に競争激化)。

 KDDIは7月に,無線LANと携帯電話のデュアル端末「E02SA」などを使って無線LANによる内線電話を実現する「OFFICE FREEDOM」を発表。NTTドコモが2004年に同様のデュアル端末「FOMA N900iL」を使って先行した,無線LAN内線ソリューション「PASSAGE DUPLE」に追随した形だ。さらに月額約1万円の定額料金により,登録したau携帯電話相互の通話が話し放題になる「ビジネス通話定額」を11月に開始する。

 NTTドコモは,8月に「OFFICEED」と「ビジネスmopera IPセントレックス」の2つのサービスを発表した。OFFICEEDは,携帯電話の基地局設備を使って,登録した携帯電話間の通話が定額料金で使い放題になるサービス。KDDIが「OFFICE WISE」の名称で提供しているものと同種のサービスである。ビジネスmopera IPセントレックスは,FOMA N900iLなどのデュアル端末で無線LANによる内線電話システムを構築する際に,IP-PBX機能をNTTドコモのネットワーク機能として提供する。さらに,10月12日の端末発表ではデュアル端末の新機種として「FOMA N902iL」の市場投入を表明し,モバイル・セントレックスの推進にさらに力を入れる。

 ソフトバンクモバイルも,ノキア製のデュアル端末を発表しており,モバイル・セントレックス市場に本格参入が見込まれる。

番号を“持ち運べる”ことの波及効果

 番号ポータビリティは,電話番号を変えずに事業者を乗り換えられる仕組み。ただし,すでにユーザーは携帯電話を「電話」としてだけ使っているわけではない。多くのユーザーは通話と同様にメールを活用しているし,ゲームや音楽などさまざまなコンテンツを蓄積して楽しむエンターテインメント端末としての性格も色濃くなっている。番号ポータビリティが始まっても,メール・アドレスや多くのコンテンツなどは事業者が変わると引き継げない。番号ポータビリティが一気に事業者間の流動性を高めるとは言い難い要因がここにある。

 とはいえ,番号ポータビリティの開始はユーザーに多くのメリットを与えそうだ。継続的な制度である番号ポータビリティによって,個人市場,法人市場を問わず,サービスや端末などに大ヒットが出れば事業者間の勢力図が短期間に塗り替えられる可能性が出てきたからだ。事業者は手をこまねいているわけにはいかず,充実したサービスや機能,新しい端末をリーズナブルに提供することで競争力を保とうとしている。番号ポータビリティは,実際に契約事業者を変えるか変えないかにかかわらず,事業者間の競争がこれまで以上に進むことでユーザーに大きなメリットがある制度と言えるだろう。