IP電話が従来の電話を押しのける日が近づいてきた。米国では今月,地域電話会社の大手Qwest Communications(関連記事),ケーブル事業者大手のTime Warner Cable,さらには長距離通信トップのAT&T(関連記事)らが次々とIP電話ビジネスを本格化。地域電話会社の中では最大手のVerisonも2004年にはIP電話を開始することが確実視されている。

 これまで中小の通信業者によって徐々に市場を拡大してきたIP電話サービス。ここにきて各業界の大手が進出してきたことで,一気に主流になる兆しが出てきた。

日米両国で大手がIP電話に参入

 IP電話の普及度では,現在のところ日本が米国の先を行っているようだ。矢野経済研究所が2003年6月に発表した値では,日本には300万人あまりのIP電話加入者がいる。その多くは個人ユーザーと見られる。10月にはNTT東西が企業向けのIP電話サービスを開始(関連記事)するなどの動きもあり,その後さらに加入件数は増えているだろう。

 これに対し米国では企業ユーザーの数は26万くらい(In-Stat/MDR社による)で,個人ユーザーの数は20万人以下(TeleGeography社による)という調査結果がある。しかし,他にも「IP電話の利用者数は100万人」とか「200万人」とかいろいろな説があり,ハッキリ言って正確な数字はよく分からない。

 感触としては日本よりも,普及は若干遅れているのではなかろうか。ただ1億~2億以上の人口を抱える日米両国においては,いずれの数字を採用したところで,IP電話はようやく普及の途についた段階と言って差し支えなかろう。

 特筆すべき点は,期を同じくして日米両国で大手通信業者がIP電話に参入してきた点だ。特に米国ではAT&T,日本ではNTT東西の参入である。AT&Tの場合,企業ユーザーのみならず個人ユーザー,すなわち一般家庭も対象とするので,インパクトはより一層大きくなる。同社は交換機など,従来の電話サービスへの設備投資をストップしており,データ系通信へと完全にビジネスを切り替えつつある。これは同社が将来の電話サービスをIP方式に定めたことを意味する。

規制強化の動きなどの懸案材料もあるが,普及は時間の問題

 現在のIP電話がいくつかの欠点を抱えていることは周知の事実だ。例えば「停電に弱い」「911(日本では119)の緊急通報ができない」などがそれである。しかし通話品質では従来の電話と大差なくなり,しかもコストは破壊的に下落する(AT&Tの個人ユーザー向けIP電話では,1分当たり1セントを切ると見られている)となれば,一つ二つの欠点を理由に昔の電話に固執することはナンセンスに思えてくる。そうした技術的障害は遅かれ早かれ克服されるはずだ。

 米国では技術的な問題以外にも,地域電話会社がIP電話を規制しようとする動きがあって,これが普及を妨げる懸念材料となっている(関連記事)。すなわちIP電話が安いのは,低コストのパケット交換方式を採用しているという技術的要因以外に,アクセス・チャージ(異なる通信業者間で支払われる接続料金)などいくつかの規制を免除されてきた,という別の要因があった。

 これまでIP電話サービスを提供してきたのが比較的零細な新興企業ということもあって,地域電話会社はこれを大目に見てきたところがあった。しかし,ここに来て自らの市場が明らかに侵食され,堪忍袋の緒が切れた地域電話会社は「IP電話事業者にも我々と同じ規制を適用せよ」と訴え始めたのだ。

 米国の通信産業を管轄する政府機関はFCC(連邦通信委員会)だが,現委員長のMichael Powel氏はIP電話の規制に消極的だ。また冒頭で紹介したように,地域電話会社の中でも,業界1位のVerizonと4位のQwestがIP電話への参入を決めたことで,今後風当たりは徐々に弱まって行くだろう(地域電話会社はこれまでIP電話に最も激しく反対してきた)。

 結局,電話サービスがIP方式に切り替わるのは必然の流れだ。問題はそれまでに,どれほどの時間がかかるか,また,その切り替えをいかに円滑に進めるかである。行政も含め,通信業界の手腕が問われることになろう。