米国で「IP電話サービス」を州政府などの規制下に置こうとする動きが広まっている。これまでIP電話は「通常の固定電話のような基本的通信サービスの範囲外にある」と解釈され,連邦政府下のFCC(連邦通信委員会)や州政府による規制の対象外となっていた。

 ところが今年8月,ミシガン州の公共サービス委員会(Public Utilities Commission)が従来の解釈を覆し,「これからはIP電話業者にも,普通の電話業者と同じ規制を適用する」と発表。手始めに,同州のIP電話業者に対し,「911番の緊急通報(日本の119番通報に相当)サービスを維持するための資金を支払え」と命じた。これまでIP電話業者は,こうした支払いを免除されてきた。

 ミシガン州に続いてウイスコンシン州,さらに9月30日にはカリフォルニア州で,同じくIP電話業者に電話業者と同じ規制を適用する行政命令が下された。もちろんIP電話業者は州政府のこうした動きに反発し,命令取り消しを求めて裁判所に訴える構えだ。しかし巨大州のカリフォルニアに飛び火したことで,同様の動きは今後,他の多くの州にも一挙に広がりそうだ。

 既にアラバマ,イリノイ,コロラド,ペンシルベニア,オハイオ州などが,IP電話業者への規制を検討中と言われる。これがさらに勢いを増せば,最終的には連邦政府(FCC)でさえ,IP電話の規制案に着手するだろう。

“普通の電話”と差がなくなってきたIP電話

 冒頭で述べたように,これまでの米国では通話サービスだけが規制対象となり,IP電話は「データ系サービス」として完全に自由化されていた。これによってIP電話業者は,例えば「アクセス・チャージ(業者間の接続料金)」の支払い,あるいは緊急通報やユニバーサル・サービスを維持するための基金拠出を免除されるなど,様々な恩恵を享受できた。IP電話料金の安さは,経済的なパケット交換方式の採用という技術的理由だけでなく,こうした制度的な優遇措置のおかげでもあった。

 米国でIP電話が普及の途についた90年代には,こうした保護政策が周辺業界から大目に見られていた。当時のIP電話業界は新興の零細業者が大半を占め,サービスの品質面でも,通話が途切れたり雑音が入ったりと,とても従来の電話サービスの脅威になるとは思えなかったからだ。長距離・地域電話会社の双方とも,IP電話を見下していた分だけ,あまり口うるさいことを言わなかったのだろう。

 ところが,ここ数年でそうした状況が一変した。IP電話の通話品質は劇的に改善し,今や固定電話と大差ない。この結果,米国では割安IP電話の利用者は230万人に達し,中には従来の固定電話をやめて,完全にIP電話に切り替える人も出てきた。地域電話会社は,このようにIP電話の“脅威”が顕在化してきたため,州政府に働きかけてこれを規制対象に含ませたのである。「普通の電話と同じなら,俺たちと同じ規制を適用すべきだ」というのが,地域電話会社の主張である。

欧州や日本への影響に注目

 現在はいまだ,政府とIP電話業者の綱引き状態にあり,大勢が決したわけではない。しかし本来,自由主義を標榜してきた米国が逆に規制に向かう動きは,欧州や日本など先進諸外国にも少なからぬ影響を及ぼすだろう。

 EUはこれまで,基本的に米国と同じ姿勢を取ってきた。すなわちIP電話は「EUの電話通信規定に適用するほど高度なサービスではない」と判断され,規制の対象外とされてきた。しかし今や,この「高度なサービスではない」という前提が崩れた以上,米国と同じ方向に向かってもおかしくはない。

 折りしも,改正電気通信事業法が7月17日に成立し,2004年にも施行される見込みである日本へは,どのような影響があるだろうか(関連記事「電気通信事業法」の用語解説)。 これまでは,「今後はサービス主体の規制政策に切り替え,とりわけインターネットは自由化せよ」という主張が,一部有識者の間で叫ばれていた。しかし手本とすべき米国が,逆にIP電話の規制に向かうようだと,こうした主張に水を差しかねない。カリフォルニア州に続く他州の動きに,日本からも目が離せなくなってきた。