米Sun Microsystems社はJava普及へ向け,常識はずれの積極策を打ち出した。従来のJavaの得意分野である大規模企業システムや携帯電話はもとより,小規模企業システム,デスクトップ,オープンソース・コミュニティ支援,そしてコンシューマ市場に進出するとの内容だ。新規市場開拓と言えば聞こえがいいが,従来のSunの守備範囲を大きく逸脱しているとも言える。どこまで本気なのだろうか?

 この戦略は,2003年6月,米サンフランシスコ市で開催した開発者会議JavaOne2003で明らかになった(関連記事)。正直に告白するなら,記者は今回のJavaOneに参加するまでは,現在のSunのJava戦略にはあまり高い関心を持っていなかった。Java技術の需要を支えている企業システム構築向けのソフトウエア(開発ツールやアプリケーション・サーバーなど)ではSunは3番手以下のベンダーでしかなく,影響力は小さいと考えていたからだ。

 また,Sunはここ数年のJavaOneで「Java技術はSunのものではなく標準化機関JCP(Java Community Process)のもの」とのメッセージを繰り返し送り続けてきた。これは耳あたりがいい言葉だが,Sun自身の役割や責任が減少しているのではないか,という疑問も出てくる。

 さらに言えば,Java技術の普及も,そろそろ成長曲線が鈍ってきたのではないか,とも思っていた。企業システム構築分野ではJ2EE[用語解説] が普及。携帯電話ではJava搭載が当たり前。しかしデスクトップ市場では存在感がなく,小規模なシステム構築では,Java以外の技術に比べた優位性が見えにくい。小規模なWebアプリケーションで良いのならVisual Studio.NETやPHPの方が,J2EEをフルに使うよりも手早く作ることができるのではないか?

 実は,こうした見方をくつがえす戦略をSunは過去1年の間に実行していた。日本にいては気が付かなかったが,それがJavaOneに参加して見えてきた。ただし,この戦略にはまだ未完成,あるいは未発表の部分があると記者は考えている。以下,まずSunの新戦略の内容とインパクトを説明し,次に欠けている要素を指摘する。

Sun新戦略の内容:新規分野の攻略に向け大量のアイデアを一挙投入

 Sunの新戦略を一口で説明するのは難しい。大量のアイデアが同時に登場し,そのすべてが関係しあっている。ただし,本質的には技術的に難易度が高い要素は含んでおらず,短いスローガンによって表現されている。内容は技術やマーケティングの仕事ではなく,経営レベルの戦略だ。記者なりにサマリーすると,次のようになる。

●Sunの戦略のサマリー(関連記事
(1)Javaという標準技術のブランドを所有することの影響力を行使して市場を活性化させ,それを自社ビジネスの成長に結びつける。
(2)Java普及をさらに進め,Javaブランドを武器にコンシューマ市場にも参入する。

 戦略(1)の具体策は,以下のようになる。カッコ(「」)内は,今回のJavaOneでSunが打ち出したスローガンやキーワードである。

●「Ease of Development(開発の容易さ)」の追求(関連記事)。言語仕様ではGenericsやメタデータによるコーディングの簡素化。APIでは,JSF(JavaServer Faces,JSR-127)によるWeb層の簡易開発。EJB3.0によるEJBデプロイの簡素化。

●「コーポレート・デベロッパ(小規模な企業システムの開発者)」を積極的に狙う。複雑・大規模なシステム構築向け機能だけでなく,高生産性ツールを重視する。

●Project RAVEをJavaOneでプレビュー(関連記事)。JSF(JavaServer Faces)に基づく簡易型ビジュアル開発ツールで,高度なJavaの知識を持たない開発者でもWebアプリケーションを高い生産性で開発できる。2003年秋にはベータ版が登場する予定。オープンソース・プロジェクトNetBeans.orgの資産の上に構築した開発ツールだが,現状のSun ONE Studioとは別系列の製品としてSunから販売する予定。

●それとは別に,スクリプト言語とJavaの連携の標準仕様JSR-223を開発する(関連記事)。PHPベンダーのZend Technologies社,それにColdFusionの開発元であるMacromediaが参加。ASP.NETやPythonなど人気があるスクリプト言語もターゲットとなる見込み。これも「コーポレート」に対するJava普及策といえる。

●以上の結果として,今後2年間で,「Java開発者を1000万人にする」(関連記事)。根拠は,現状のJava開発者が約300万人と見積もられており,その成長がいぜん急激であること。そして,「コーポレート・デベロッパ」の人数が,世界中で1000万人と見積もられていることである。

 これらの策をSunが実行できると信じる根拠はあるのだろうか。

 Sunは,ハイエンドUNIXサーバーでは一流の製品を持っているが,開発ツールやアプリケーション・サーバーの市場シェアでは3番手以下の地位に甘んじている。だが,今回,SunはJavaブランドをうまく使うことで,シェア上位のベンダーに影響力を与える方法を発見したようだ。

 例えば,今回のJavaOneで発表したビジュアル開発ツールProject RAVE。これは新たな標準Java APIであるJSF(JavaServer Faces)に基づくGUIビルダーを前面に出した開発ツールである。Webアプリケーション分野でのVisual Studio .NET対抗ともいうべきツールだ。SunはこのProject RAVEを製品として出荷する予定だが,JavaOneと同時期に,Borland,Oracle,それにIBMも,JSFをサポートしたツールをプレビューしている。

 このProject RAVEのインパクトは,単にSunから出てきたソフト製品と考えるだけでは分からない。Sunがこのツールを早い段階にプレビューすることで,より市場シェアが上位のベンダーに影響を与える点が重要なのだ。

 各社とも,「Sunより早期に製品化しよう」,あるいは「Sunより優れた機能を提供しよう」と考えるはずだ。結果として開発ツール分野の進化のピッチは上がり,市場は活性化する。結果として,JSFの普及も進む。

 JSFは新たなAPIであり,これを使うとWebアプリケーションの作り方が変わる。常識的には,開発者に広まるまでには一定の時間がかかると考えるのが普通だ。だが,各社のビジュアル開発ツールが採用するとなれば話は別だ。新たにJSFからJava開発者の道に入る開発者も出てくるだろう。

 この「Sunより強い会社を巻き込む」,そして「標準を武器とする」戦略は,今後のSunの戦略の新たなパターンとなりそうだ。

Javaでコンシューマ市場を狙う

 一方,先にサマリーした戦略(2)は,Sunにとってまったくの新規市場を開拓するための戦略である。その具体策は次のようになる。

●DellとHPが全PCへのJVM(Java仮想マシン)標準搭載を決めた(関連記事)。DellとHPを合わせたシェアは大きく,インパクトは大きい。富士通,日立製作所など,日本のPCベンダーにも働きかけているという。結果,PC上で,1997年当時のままバージョンが上がっていないMicrosoft製のJava環境ではなく,最新のデスクトップJava環境が動くようになる公算は高い。

●コンシューマ市場でのJavaの認知を高めるため,TVコマーシャルを含む大規模広告キャンペーンを展開する。合わせて,Javaのロゴも一新した。

●オープンソース・コミュニティに対しては,オープンソース・プロジェクトを自由にホスティングできる開発者サイトjava.netを提供(関連記事)。この上にはJavaによるデスクトップ・アプリケーションの開発ノウハウを蓄積するJavaDesktopサイトも設置されている。

 これらの戦略が連携すれば,開発者の増大→アプリケーションの増大→利用者の増大,という好循環が生まれるはず,とSunは主張する。

 だが,この新戦略の中にも欠落している部分があると記者は考えている。

なお残る「死角」とは

 Sunの新戦略に欠けている部分は何なのか。記者が見るところ,次の要素がある。

●小規模システム構築向け「ブループリント」は登場するのか?

 J2EE上のシステム開発では,J2EE Blueprintsという「お手本」がある。J2EEでどのようにシステムを開発するかのノウハウをまとめた文書で,サンプル・アプリケーションも付属する。

 Sunが新たに狙うターゲットである「コーポレート(小規模企業システム)」向けにJavaを普及させるうえでは,新たな「ブループリント」が必要だと考える。JSFやProject RAVEの利用技術や,J2EEの他の要素技術との整合性をどのように取るのか。またスクリプト言語との連携機能(JSR-223)をどう位置づけるのか。これらの課題に対する模範解答となるものだ。

 大勢の小規模システム開発者にJava技術が普及したとしても,システム構築の「作法」が一緒に普及しなければ,失敗事例を量産することにつながりかねない。

●デスクトップ向けの簡易型ツールはまだ出ないのか?

 もう一つの疑問は「Ease of Development」が本当に達成されたかということだ。

 Project RAVEは,JavaServer Facesコンポーネント群を用いたGUIビルダーを持っている。だが,現状ではWebアプリケーションだけがターゲット。では,スタンドアロンJavaアプリケーションの上の開発環境は,もっと良くならないのか。

 これに対する答えは,JSF(JavaServer Faces)の進化の方向にかかっている。JSFは,HTMLコンポーネントをあたかもJavaBeans[用語解説]コンポーネントであるかのように扱えるAPIである。そうであれば,あと少しの技術的な工夫で,Swingコンポーネント(JavaのGUI部品)を使うプログラムと,JSFコンポーネントを扱うプログラムを,共通のやり方で開発できるのではないか。これは,元々のJSFの構想には含まれていた概念である。

 これは,Javaの今後の方向性を考える上でも重要なポイントだ。一本のアプリケーションが,あるときにはWebアプリケーション,ある時にはデスクトップPC上のJavaクライアント,ある時には携帯電話上のJavaアプリ,と姿を変えていく。MVC(Model-View-Controller)のViewの部分を取り替える,と言い換えれば分かりやすい。このようなスタイルの開発が当たり前となれば,Sunがいう「One Java」という言葉も真実味を帯びてくる。

 その意味では,JSFもProject RAVEも,まだ出発点に立ったばかりといえる。

●Sunにコンシューマ市場が取れるのか?

 Sunは,携帯電話や,デスクトップPCへのJava搭載をきっかけにコンシューマ市場に進出すると宣言した。本当にUNIXサーバーの会社にコンシューマ市場が取れるのだろうか?
 ヒントは,携帯電話のJavaと,デスクトップJavaで「何をするのか」にある。携帯電話の「着メロ」は音楽業界にとって大きなビジネスとなっている。また,Appleが始めた音楽配信ビジネスへの関心も高まっている(関連記事1関連記事2)。

 実際,JavaOne4日目の基調講演に続いて開催されたパネル・ディスカッションでは,携帯電話メーカーやキャリアの人間に混り,音楽業界からWarner Music GroupのMichael Nash上席副社長(Internet Strategy and Business Development)が出席。パネルでは「着メロ」市場だけでなく,DRM(デジタル著作権管理)や,P2P(ピア・ツー・ピア),超流通(スーパー・ディストリビューション)などの話題に言及した。

 音楽を始め,コンテンツの知的所有権をビジネスとするメディア業界は,デジタル産業(PC,ソフトウエア,インターネット)とのいい付き合い方をなかなか見つけられないでいる。問題は技術というより,値付け,そして会社間の相互不信だ。MicrosoftではなくAppleが先に音楽配信ビジネスで成果を出したのは,Appleのシェアが十分に小さく,音楽業界として組みやすい相手だったからとの観測がある。

 では,Java技術はどうか。音楽業界から見て,現時点でデスクトップOS市場をほぼ独占するMicrosoftと,ようやくデスクトップ市場に進出しようとするSunのどちらが「組みやすい」相手だろうか?

 こう考えれば,Sunという会社の「弱さ」は,実は「強み」でもあることが分かる。

●「2正面作戦」を遂行できるのか?

 Sunは,企業システム向けのJavaビジネス拡大策と,コンシューマ向けJava普及策の「2正面作戦」を遂行しようとしている,というのが記者の見方である。それぞれ,キャッシュも人材も必要だ。この大きなリスクにSunは耐えられるのか?

 この質問を言い換えれば,「2種類の戦略を同時に遂行する意味は何なのか」ということだ。ヒントが「One Java」というスローガンである。現状のJava技術の開発者は,企業システム開発者と,携帯電話向けソフト開発者に,事実上2分されている。この2つのJava環境がデスクトップも加えて一つになり,一つの大きなコミュニティとなることが,このスローガンの意味するところだ。

 そして,以上の戦略の隠された狙いは,コンシューマ市場という高い目標を設定することでSunという会社自身をフル回転させることではないか,と記者は考えている。その結果,Sunのコア・ビジネスであるサーバー・ビジネスが増大すれば,Sunの業績に貢献することになる。例えばコンシューマ向けコンテンツ配信ビジネスが拡大すればサーバー需要は増大する,という具体的な効果も得られる。

 結局,Sunは最大のリターンを得るために最大のリスクを冒す戦略を取っている,というのが記者の見方だ。それを遂行できるかどうかは,戦略,キャッシュ,人材,技術と複数の要素が関係する。Sunによれば,同社は4000人のソフトウエア事業部社員と,「55億ドルのキャッシュ」(McNearly氏)を持っている。それを有効に回転させることができる,と同社は考えているのだ。

●特定の人材に依存しているのでは?

 ベンチャー企業に特有のリスク要因として「人材」がある。特定の人物に会社の業務が寄りかかっている場合に,その人物が病気になったり退職したりすると事業に支障をきたす,という奴である。

 Sunの新戦略は,ソフトウエア部門の執行副社長Jonathan Schwaltz氏(関連記事)の頭脳から出てきた部分が大きい。氏は現在36歳。マッキンゼー出身。ソフトウエア・ベンチャーLighthouse DesignのCEO(最高経営責任者)を経て,1996年に買収によりSunに参加した。氏はSunではM&A戦略などを担当してきており,昨年から現職にある。

 JavaOne2003では,Schwaltz氏は基調講演での出番が毎日あった。「出ずっぱり」といっていい。自分の持ち時間だけでなく,Rich Green氏,それに会長兼社長兼CEOのScott McNealy氏の基調講演にまで登場する。氏がScott氏の「片腕」であることが,誰の目にも明らかだった。

 Schwaltz氏の語りは,他のSunの役員に比べ,2~3倍の密度がある。しかも,難解かつ切れがいいレトリックを使いこなす。明らかに頭がいい。この一人の人物に,Sunの新戦略の行方がかかっているのだ。

 JavaOneで出会ったSunの古株社員で,Sun Laboratories副社長兼フェローであるJim Mitchell氏は,記者の質問に「Sunの戦略が変わったって? みんなJonathanのアイデアだ。彼はいい奴だ!」と語った。なお,Jonathan Schwaltz氏本人は,記者陣の対して「戦略が大きく変わったとの見方には同意するが,それは皆がフル回転でボートを漕いだ結果だ」と語っている。

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 以上,Sunの新戦略の分析と,残された「死角」について述べてきた。かなり長い記事になったが,まだすべての情報を分析できたわけではない。記者としては,今後も新動向の取材と分析を続ける必要があると思っている。

(星 暁雄=日経BP Javaプロジェクト)