CD消滅への第一歩――。米Apple Computerが開始したオンライン音楽配信ビジネスは,そんな予感を抱かせるほど強い「手ごたえ」と衝撃を関係業界に与えた。Wired Newsによれば,AppleのiTunes Music Storeは初日(4月28日)だけで推定20万曲を売り上げたという。これはMusicNetやPressplayなど先行する音楽配信サービス全体が,半年かけて売り上げた曲数の半分に匹敵する。初めてオンライン音楽が,「商売」らしい商売になったのである。

5月6日追記:米Apple Computerは米国時間5月5日,「サービスを開始してから最初の1週間で,100万曲以上を販売した」と発表した(関連記事)。

 90年代のITブームが華やかなりしころ,「中抜き(中間業者の排除)」ということが盛んに言われたが,ブームが過ぎ去った今ごろになって,ようやくその実例が現れた。今後急速に普及して行くであろう音楽配信サービスは,技術などに特に関心の無い一般庶民が,初めて「世の中,何かが変わりつつある」というのを実感する契機となるだろう。少なくとも米国では,今から2年以内にCDのシェアは音楽メディア全体の50%を割るような気がする。下手すると本当に消滅してしまうかもしれない。

 「今ごろ何を言っているのか。Webや電子メールだけでも,相当,世の中を変えたはずだ」というご意見もあろう。しかし長年親しんできたCDという「モノ(物体としてのメディア)」が社会から消え去るというのは,それとは比較にならないくらい,強い印象を与えるはずだ。

「モノ」が消え去れば,音楽ビジネスのすべては変わる

 「モノ」は,古い世の中を支配してきた,あらゆるシガラミの象徴である。「モノ」としての「手ごたえ」があったからこそ,原価数十セントの円盤に,「14ドル」以上もの高価格をつけることができた(言うまでもなく,日本ではもっと高い)。レコード会社のみならず,製造工場から流通,販売まで様々な中間業界を支えてきたのは,「モノ」としての音楽商品である。これが無くなれば,音楽業界は急激にstreamline化(合理化)する。いや,単に合理化で無駄を消すというだけでなく,音楽ビジネスのすべてが変わってしまうだろう。

 その変化が怖いから,これまでレコード会社は,オンライン・ビジネスに二の足を踏んできたのである。PressplayにしてもMusicNetにしても,「本当は,こんなことしたくないんだけど,世の中がそっちに動いているから仕方ない」というレコード会社の本音が透けて見える。いずれのサービスも,利用者がサービスを抜けたら,HDにダウンロードした音楽が聴けなくなったり,あるいは空のCDへの焼付けを制限したりと,とにかく「音楽CD」の売り上げが落ちないように苦慮している。

 彼らにしてみれば,本音はインターネットなんか無いほうがよくて,今のままCDを売って行きたいのである。このように「向こう岸」に渡るのが怖ければ,渡れないのは当然だ。

 他業界から参入したアップルは,あっさりと渡ってしまった。一曲の価格は99セント。CDへの焼付けは10枚まで,異なるコンピュータには3台までと,一応の制限はあるが,まあ,ここまでやれば誰も文句はつけないだろう。ダウンロードした音楽は,永久に所有して聴くことができる。事実上,CDに載った音楽を買うのをやめて,直接オンラインで曲を買うのと同じである。だれでも納得の行く売り方だから,買い手がつくのは当然だ。

 それに1曲「99セント」という価格は,そのうちもっと安くなるはずだ(それは,「アップルのサービスが」という意味ではなく,もっと一般的な意味で)。この値段は,現在のCDアルバムの販売価格を曲数で割った値に過ぎない。オンライン販売では,CDの製造・流通コストなど不要になるのだから,本来はもっと安くなるべきだ。せいぜい30から40セントというのが適正価格ではなかろうか。

市場規模が拡大すれば,単価が低くてもビジネスは十分に成立する

 そして,その値段でも十分にビジネスは成立するはずだ。音楽商品の市場規模が急激に拡大するからである。例えば,これもまた昔の話だが,ITブームのころには,「インターネットを使えば世界市場にリーチできる」と言われたものだ。今時こんなことを話す人はなくなったが,音楽商品に関しては,十分にその可能性はある。特に欧米系のポップ・ソングは,初めて国境を超えるオンライン商品になるかもしれない。

 もちろん,そこに至るまでには当然,部外者には想像もつかないほどに強い,レコード業界のシガラミと抵抗が存在するだろう。例えば,「外国の音楽」CDを売る日本のレコード会社の立場に立ってみよう。消費者が急にオンラインで外国の音楽を買い始めたら,彼らは困ってしまうだろう。(日本ではまだ,iTunes Music Storeは使えない)。

 Steve Jobsが米レコード会社の重役を口説いて,人気アーティストの曲をオンラインに乗せたのと同じ説得作業を,日本でもだれかがやる必要はある。しかし変化は時間の問題である。一旦良いサービスが生まれ,その存在が知れわたれば,障害を克服して広まって行くはずだ。

 現在のところ,iTunes Music StoreはMac上でしか使えない。Windowsを搭載したPCで使えるようになるのは,今年末まで待たねばならない。逆に言えば,それまでは一種のテスト期間である。パソコン市場におけるMacのシェアはわずか3%。だからこそ,レコード会社は大事な音楽商品を,Appleのサービスに提供することを承諾したのだ。ここで様子を見て,「うまく行きそうだ」と判断したら,自分たちで真似をするつもりなのだ。もちろん,そのころには1曲当たりの適正価格も含め,最も妥当なビジネス・モデルが見え始めているだろう。

違法コピーは割に合わなくなる

 音楽業界にとって残る懸念材料は,GroksterやStreamCastといったファイル交換市場に出回る,音楽商品の違法コピー(海賊版)である。つい先日,米地方裁は「彼らを法的に取り締まることはできない」との判決を下した。当然ながらレコード業界は控訴するが,上級審の行方は予断を許さない。また判決のいかんによらず,こうしたブラック・マーケットは今後とも,決して消えることはないだろう。アップルやレコード会社らがオンライン販売した音楽ファイルが,ブラック・マーケットに出回ることは想像に難くない。

 しかし,実際のところ,それは大した問題ではなくなる。現在,ファイル交換市場を多用しているのは金欠病の学生が多いが,1曲数十セントで買えるようになれば,彼らの多くは合法的なサービスに流れるだろう。

 その理由は例によって,経済の基本原則Opportunity Cost(労働と対価)の問題である。ファイル交換ソフトを使って,違法という危険を冒して楽曲ファイルを血眼で探して,一体どの程度の得になるというのか。そんな数十円のはした金をケチるより,海賊版をあさる時間と労力を,勉強や仕事など建設的な目的に費やした方が,結果的には,よっぽど大きな得になるのである。

 こういうことは言われなくてもだんだん分かってくるはずだ。それでも違法コピーをあさるのは,毎月何百曲も聴くような音楽ジャンキーか,あるいは,そもそも海賊版探しが好きな人であろう。いずれにしても,ごく限られた人たちである。音楽業界の人たちは,こういうことはあまり気にせず,どんどん未来に向かって進んでほしいと思う。