写真1●携帯端末向けマルチメディア放送の答申内容について説明する電波監理審議会会長の東京大学名誉教授の原島博氏
写真1●携帯端末向けマルチメディア放送の答申内容について説明する電波監理審議会会長の東京大学名誉教授の原島博氏
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図1●比較審査項目に沿った両者の評価 資料を基に本誌作成
図1●比較審査項目に沿った両者の評価 資料を基に本誌作成
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 総務省による案が示されず電波監理審議会が判断するという異例の形で比較審査が進められた、V-High帯を利用する全国向け「携帯端末向けマルチメディア放送」の開設計画の認定作業。NTTドコモ系のマルチメディア放送(mmbi)とKDDI系のメディアフロージャパン企画(MediaFLO)の2者が、1枠を巡って激しい争いを繰り広げる中、電波監理審議会は2010年9月8日、NTTドコモ系のmmbiを適当とする答申を打ち出した(関連記事1関連記事2)。

 3度にわたる長時間の公開ヒアリングのほか、非公開のヒアリングや民主党議連によるヒアリングが開催されるなど選定が難航した今回の審査。2者の明暗を分けたものは何だったのか。

 総務省は今回の基地局の開設計画の指針を打ち出したのと同時に、1枠に2者以上が申請した場合の比較審査項目も示している(発表資料)。比較審査項目として、「早期に受信を可能とする整備計画を有していること」「受信設備を全国に普及させる内容がより充実していること」「委託放送業務の円滑な運営の取り組みに関する計画の内容がより充実していること」などを記載している。ポイントはmmbiが採用するISDB-Tmm、MediaFLOが採用するMediaFLOといった両社の技術方式の優劣は問わない点だ。比較審査の基準は、事業計画自体の優劣を判断する形になっている。

 電波監理審議会は9月8日の審議会終了後、上記の比較審査項目に沿った詳細な評価結果を20ページの資料として公表した。比較審査の項目に沿って、どちらの陣営が優位かを示す資料だ。各評価は審議会の委員会が書き込んだという。各項目ごとの評価を書き出すと図1のようになる。

 両者に差が付いたのは4項目。まず「委託放送業務の円滑な運営の取り組みの計画の内容」については、主に委託放送事業者への料金設定に該当する。mmbiはMediaFLOよりも基地局数を大幅に少ない計画を打ち出したことから、委託放送事業者への料金水準をMediaFLOよりも約2/5~1/2程度に抑えた。「それによってこの項目についてはmmbiを優位と判断した」(電波監理審議会会長の東京大学名誉教授の原島博氏、写真1)。

 続いて差が付いたのは「基地局の整備能力」だ。「mmbiは基地局の設置場所の確保について詳細な現地調査を終えており確実性が高いと判断。一方、MediaFLOはブースター障害に対する取り組みが優れていた。両者それぞれの強みがあったが、総合的に見てmmbiのほうがやや優位と判断した。

 「受託放送を開始・運営するための財務基礎」については、増資についてより確実な根拠に基づく調達を計画し、単年度黒字時期が3年目とMediaFLOよりも2年早い計画を示したmmbiが優位とした。この点について原島会長は、「マルチメディア放送という事業は、今後柔軟な経営が必要になる局面が訪れると思う。その中で余裕のある財務基盤があることは重要」と加える。

 「設備の設置・運用を行うための技術的能力」の項目は、走行試験を得た結果を参考にシミュレーションに反映したMediaFLOがやや優位と判断した。

 以上を総合して、「mmbiのほうが比較審査基準への適合が高い」(原島会長)というのが今回の答申の理由である。MediaFLOの865局という基地局数に対し、大幅に少ない125局で全国カバーという計画を打ち出し、委託放送事業者の参入コストを抑える事業計画を出したmmbiの作戦勝ちと言えるだろう。

 電波監理審議会は8月17日に今回のような総務省から案が示されない形で諮問され(関連記事)、以後3回にわたって長時間の審査を進めてきた。原島会長は「委員も十分理解して審議できた。委員の間で意見の大きな相違は無かった」と話す。

 比較審査という枠内では、判断を中立的な立場である電波監理審議会に委ねた今回の審査のプロセスの透明性は高かったと言える。しかし3度にわたる長時間の公開ヒアリングにおいて、mmbiとMediaFLOは、両者のシミュレーションの精度について疑問を示すほど踏み込んだ議論を繰り広げた(関連記事)。比較審査項目の範囲を超えて、両者の計画の妥当性を第三者が判断する必要があるのではと思わせたほどだ。こうなると比較審査の項目、またその枠組み自体が適切だったのか、再考する余地があるかもしれない。

 NTTドコモ陣営のmmbiが受託放送(ハード)事業者に認定される形となった全国向け携帯端末向けマルチメディア放送。9月9日にも原口総務大臣によって正式に認定される予定だ。もっとも今回の認定は、新たなメディアのインフラの 担い手が決まっただけで、今後は実際にサービスを展開する委託放送(ソフト)事業参入に向けた議論が始まる。mmbi陣営のNTTドコモの山田隆持社長とMediaFLO陣営のKDDIの小野寺正社長兼会長は、いずれもヒアリングなどで「甘くない事業」と話すなど(関連記事)、マルチメディア放送自体、ビジネスリスクが高いというのが共通認識になっている。新たなメディアとして成功させるためには、魅力的なアイデアを持った新たなプレーヤーを参入しやすくするといった、今後の受託事業と委託事業との間の枠組み作りがきわめて重要になる。