「経営とIT」サイト 編集長
谷島 宣之
「経営とIT」サイト 編集長 谷島 宣之

 新年早々に掲載する原稿を書くのは結構難しい。年初であるから、暗い話を書くわけにはいかないし、といって2008年がどういう年になるか、正直言ってよく分からない。年末年初に「どういう年になりますかねえ」と取材先から尋ねられることが時折あるが困ってしまう。あるユーザー企業の開発プロジェクトがどうなるかとか、ベンダーが喧伝している新しい技術は受け入れられるか、といった個別具体的な案件なら答えられるものもあるが、2008年全体を通してどうかと聞かれると首をひねらざるを得ない。

 その一方、「経営とIT」サイトの編集長を名乗っている以上、ITpro恒例の新年企画「編集長の眼」には登場したい、という気持ちもある。経営とITサイトは「経営とIT新潮流」と、「EnterprisePlatform」という二つのサイトから構成されており、ITproと「日経ビジネスオンライン」、そして「日経コンピュータ」をはじめとする雑誌群の記者の協力によって作られている。

 編集部を横断するプロジェクトであって、専門の編集部は存在しないのだが、2006年の途中から「編集長がいないのはおかしい」と勝手に考え、この名称を使い出した。1年前、2007年の「編集長の眼」については、こちらからITpro編集部に頼み込んでコラムを書かせてもらった。

 実は、2008年の展望について言うと、経営とITサイトに協力してくれた記者達と「Enterprise談話室」という連続対談を2007年11月~12月に実施し、その中で触れてしまった。

 取り上げたテーマは、「IT関連人材とIT製品の西暦2007年問題」、「グリーンIT(環境問題とIT)」、「chinaにおけるソフト開発」、「Web版オフィス・ソフト」などであった。さらに「討論・SOXは病原菌か福音か」と題した対談で、内部統制報告制度の功罪を議論した。

 これらは皆、2008年以降もITの世界を賑わせるテーマであろうが、同じことを本稿で繰り返す訳にはいかない。考えあぐねた末、1年前の「編集長の眼」には何を書いたのだろうと思い、2007年1月3日付で公開された「X世代よ、マッチを擦れ!」を読み直した。「X世代」とはいわゆる“Generation X”を指す。ITリサーチ大手の米ガートナーは、2007年を展望するレポートにおいて、「1963年から1978年に生まれたGeneration Xの中から一番できる人を選び、挑戦的なプロジェクトを任せるべきだ」と主張した。このことを拙稿で取り上げた。

 ガートナーは、1946年から始まったベビーブームで生まれた世代が引退し、IT部門は知恵とリーダーシップを失うが、これはチャンスでもある、ベテランというだけで必要以上に昇進してしまった人、新しいことに取り組めない人を一掃できるからだ、と解説し、“Create an IT Generation Succession Plan”と提言している。その具体策が、X世代に挑戦をさせる、ということであった。

 1963年から1978年生まれの人達は、2008年において、30歳から45歳となる。残念なことに筆者はこの年齢層から外れてしまったが、かといって引退する年ではない。気を取り直し、「30歳から45歳が活躍する方法」を考え、2008年展望コラムに代えたいと思う。

最大の課題は「自分で発案すること」

 「30歳から45歳が活躍する」といっても漠然としているから、「ITを使う挑戦的なプロジェクトを開始する」ためにはどうしたらよいかを検討する。ユーザー企業の情報システム部門において、今まで取り組んだことのない開発案件に最新技術を使って取り組む、あるいはIT企業において、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)事業の中核となるソフトを先行投資をして自社開発する、といった例を思い浮かべて頂きたい。

 今回は「プロジェクトを開始する」所までを考える。開始したプロジェクトのマネジメントも大変難しいことだが、とにかく「30歳から45歳」に任せてもらわないと話が始まらない。開始までに絞ると、課題は大きく2点に集約できる。挑戦するに値する案件をどうやって発案するか、その案件を任せてもらうにはどうするか、である。

 何と言っても難しいのは、挑戦すべき案件を考え出すことだ。2008年に一体何をしたらよいのか。内部統制もグリーンITもセキュリティもBCP(事業継続計画)作成も結構であるし、うまくやれるのであればchinaでソフトを開発してもいいし、Web版オフィス・ソフトを使っても差し支えないと思うが、そうした諸々の取り組みの前に、ITを使って何をするのか、を熟考しなければならない。年頭こそ、その絶好の時期である。

 年明け早々、身もふたも無い話になるが、大して挑戦的ではないシステム、さほど経営に貢献しないシステムであるなら、内部統制もセキュリティ対策もBCPも、そこそこにやっておけばよい。一連の守りの施策は、一歩間違うと暴走しかねないくらい果敢な攻めの施策とのバランスをとるために実施すべきであって、挑戦も攻めも無いのなら、守る物もさして無いと言える。

 突然だが私事を書く。幸いにも「30歳から45歳」の間に、新規プロジェクトを担当する機会に恵まれたが、成功には至らなかった。反省点は色々あるが、要するに、「やるべきこと」を見出せなかった。自分のやりたいことがあると思っていたにも関わらず、実際にプロジェクトの計画を立ててみると、やりたいことは案外不明確であって、しっかりした形ある計画にまとめるのが非常に難しかった。

 ITproの読者の方が書き込む意見の中には、評論家的・挑発的・冷笑的なものがある。好意を持って、そうした意見の行間を読むと、「自分にやらせてもらえれば、こんなことにはならない」「若手に任せないことが問題」という自負が感じられる。その気概は尊重すべきものだが、だからといって実際に「では、やってみて」と言われた時、魅力ある、やるべきことを起草できるかどうかは、気概とは別の話である。

アイデア出しとIT業務は矛盾するか

 新しいアイデアを出すためのヒントや発想法については沢山の本が出ているし、セミナーなどもある。ただ、勉強したからと言って、いい案が出るものでもない。突拍子もないことをなかなか思いつかない慎重な性格の方は、社内外にいる想像力が豊かな人と組んで企画を練ったほうが早いだろう。

 自分の失敗を棚に上げて書き続けると、IT関連の仕事には自由奔放な発想を許さない側面があり、しかもその縛りはかなりきつい。システムを止めてはならないし、バグは少ないほうがよい。プロジェクトマネジメントや品質管理や内部統制やセキュリティ対策やBCPが求められる所以である。納期までに仕上げなければいけないプロジェクトの渦中にあって、「こんなことをしたい」と熱っぽく夢を語る人は、たしなめられるか、排除される。

 プロジェクトを成功裏に終了させるために、きっちりした仕事が欠かせないし、だからこそプロジェクトマネジメントが重要になる。ただ、それらの活動は実施するに相応しい挑戦的なプロジェクトがあってこそ意味を持つ。思い切り自由に発想して斬新なアイデアを出すこと、しかもそのアイデア所定の制約の中で実現すること、矛盾しかねない二点の同時達成が求められる。

上司を動かし、案を通す

 次に二番目の課題を考えたい。素晴らしく挑戦的かつ魅力的な計画をまとめられたとして、それを承認してもらえるかどうか、そして「30歳から45歳」に任せてもらえるかどうかである。この課題を解くには、自由な発想とも、きっちりものを作るのとも、また違った力が必要になる。上司を動かす力、いわゆるポリティカル・スキルである。

 読者の周囲に「上司に強い人」がいるのではないか。ゴマをすっている訳ではないのに、その先輩や同期の言うことなら、上司があっさり承認する。実際には、その人なりに色々と考え、発言し、行動しているに違いない。

 挑戦的な案件を承認してもらうには、こうした同僚と組んでしまうほうが早い。ポリティカル・スキルに関連する書籍もまた沢山出版されており、後からでもこのスキルを身に付けられることになっているが、当然時間がかかるし、うまくやれる保証はない。かのピーター・ドラッカー氏が書いているように、自分の強みをさらに発揮することに専念したほうがよい。弱みは克服できない、だから弱みなのである。

 アイデアのある人と、上司に強い人を探そう、という話になってしまったかもしれないが、成功したプロジェクトの事例を読んでいると、ここぞという所で大きな貢献をする人物が登場することが多い。運良く巡り合った例もあれば、プロジェクトに参画したメンバーが意識的に探して見つけた場合もある。あまりにも当たり前だが、結局は人次第なのである。

 運も実力の内というものの、プロジェクトに参画できる機会がそうそうあるわけではないから、運任せの人選では心もとない。必要な人をうまく見つけ出し、社内外のスポンサーや上司との間を取り持ち、プロジェクトを成功させる環境を整えてくれる「プロデューサー」の役目を果す人が求められる。またまた人探しになってしまうが、プロデューサーに向いている人材も必ず周囲にいるはずである。一つの探し方として、内部統制やセキュリティ、管理といった言葉がまったく似合わない人を見つけてはどうだろうか。

 「アイデアを出す」とか「上司や組織をうまく使う」といったテーマは、経営とITサイトで2008年に力を入れようとしているものの一つである。カタカナを乱発してしまうと、インキュベーションやイノベーションのマネジメント(管理ではない)、プロデューサー、スポンサーシップ、に関する情報やヒントを発信していきたい。30歳から45歳の読者の方、そして29歳以下あるいは46歳以上の読者の方も読んで頂き、2008年を「やりがいのあるプロジェクトを自ら作って挑戦する」年にして欲しい。